一難去って、また一難。
そう。
期末試験である。
二年の一学期を締め括るべくやって来る期末試験は、クラス全体は疎か、学年全体、延いては学校全体をどんよりと、かつ緊迫した空気感に作り替えていた。
「おはよ〜〜〜」
「「おはよう」」
空気どころか、まだ梅雨真っ只中で、外の天気までどんよりとしている中。
俺と金井はクラスメイトと、朝の挨拶を交わす。
体育祭明けから、俺達は教室内でも傍に居ることが増えた。
教室でも、二人で話せるようになってきたのだ。
正確には、話せる環境を、クラスメイトが作ってくれるようになった。
あの体育祭での不躾な視線が、かなり皆効いた様で。
休み時間の度に俺が囲まれることも無くなり、金井と話しても、ざわつきや視線を感じることが無くなった。
と言ってもまだ、昼休み程自由に話せる訳では無いが。
直接的ではないとはいえ、見守られている感や、聞き耳を立てられている感はやはりあるから。
けれど、それでも十分、進歩だった。
金井の傍に居られるのは嬉しい。
金井の傍は、やはり落ち着く。
昼休み、俺と金井はいつも通りの踊り場でお弁当を食べる。
更に俺は単語帳を膝に開いて、睨み付けていた。
「希」
「あ」
名前を呼ばれたので口を開く。
要件は梅干しだろうと思っていたら、やっぱり梅干しだった。
口に入れられた梅干しを齧りながら、唸る。
「英語が絶望的」
「はは」
こちとら必死なのに、金井は朗らかに笑うから睨む。
「余裕だなぁ?」
「余裕かも」
「けっ」
コイツは全教科、あまり苦では無いらしい。
腹立たしいのでお弁当に入っていた焼売の、グリーンピースだけを渡してやる。
けれど嬉しそうに笑って食べるから、仕方なくちゃんと焼売本体も渡した。
「勉強会、する?」
焼売を丁寧に食べた金井が言う。
俺は即頷く。
この際、付け焼き刃でも一夜漬けでもなんでも良い。
とにかく詰め込む時間が必要だった。
今朝、赤点は夏休み中に補講があると聞かされたからだ。
夏休み中のあのクソ暑い時期に、わざわざ登校して補講、なんて地獄は、絶対に回避したい。
俺は燃えていた。
金井は相変わらず、楽しそうに笑っていた。
勉強会は図書室で行うことにした。
いつもの踊り場でも良かったけれど、教科書やノートを広げたくて、案を出し合った結果、図書室に決まった。
図書室では自習をしてる人が多いから、声を出して話せはしないけれど、指差しや、スマホのメモで意思疎通をする。
金井も金井でノートを纏めていて、放課後、こうして一緒に過ごすのは初めてで楽しい。
欲を言えば二人で居たかったが、二人だとまた触れたくなるので、人目のある図書室は正解だったかもしれない。
程良い緊張感の中自習を進めて、図書室の鍵締めがある時間ギリギリまで一緒に粘った。
帰りはもうすぐ暗くなるし、時間的に車の量が増えるからと、金井も一緒にバスへ乗る。
雨の日もそうだが、こうした安全性を優先したバイクの乗り方をする金井を、俺は尊敬していた。
金井はバスに乗って早々寝始めて、コイツさてはいつも家に帰った途端寝てるな?と思う。
本当によく寝る金井は、一学期でまた一センチ背が伸びたらしい。俺を置いて行くな、ってふざけて言うと、金井は何故か照れていた。なんでも、ドラマチックで良かったらしい。金井のツボは謎である。
俺も今日は頭を沢山使って疲れた。
だから寝ようかな、と思ったけれど、窓の外を見るフリをして、金井を見る。
金井の寝顔はマイナスイオンが出ていると思う。
完全に気が抜けていて、無防備でかわいい。
ふと、もっと小さな頃の姿を見てみたいと思う。
きっと変わらない寝顔をしているんじゃないだろうかとも。
そして十年後も、きっと、この無防備な顔をしているんだろう。
その姿まで、傍で見ていられたらいいなと思う。
そうして、気が付けば俺も眠っていた。
駅に着くと、また金井に起こされる。
直ぐ寝るくせに、直ぐ起きるからいつも不思議に思う。
バスを降りるとほんのり暗くなっていて、少し肌寒さもあった。
「もう遅いし送らなくていいぞ」
「遅いから、送る」
駅でそのまま別れようとしたが、じっ、と見られて、仕方なく折れる。
こういう時の金井は、頑固だから。
でも、と歩きながら言う。
「金井が俺を心配してくれる様に、俺も金井が心配なんだぞ」
そしたら金井は少し驚いた顔をした後、優しい顔をする。
それでも送らせて、と、聞こえてきそうな顔だった。
並んで歩いて帰って、やがていつもの橋に差し掛かる。
金井の言った通りもう辺りは薄暗くて、車通りが多くて、確かにバイクは少し危ないかもしれないと思った。
「ここで、襲われた時」
「うん」
「絶対一人にしちゃだめだと思った」
「……」
先程の話の続きか、と思う。
襲われたというのは、元彼の、転校のきっかけとなったあの時のことだろう。
思い返せば、大分前のことの様に感じるが、まだ先月の出来事である。
俺の代わりに怒り、飛びかかって行った金井の後ろ姿を思い出す。
金井と付き合ってからの日々は濃い。
内容は勿論だけれど、俺の感情の起伏という点でも、濃かった。
『僕』がどうやって感情を抑えていたのか、もう思い出せない程に、金井と居る俺は、怒りも、悲しみも、喜びも、全て曝け出している。
「俺が居なかったせいで何かあったら、俺は俺を一生許せない。希を送るのは俺の為でもある」
真っ直ぐな目で、真っ直ぐな声で、真っ直ぐなことを言うから、笑う。
「ありがとう」
「うん」
「代わりに金井も、無事家に着いたらちゃんと言えよ」
そしたら連絡がない時、何かあったのだと、すぐに気付いてやれるから。
言うと、金井は擽ったそうに目元を緩めて頷く。
こうして、二人のルールができていくのも心地良い。
家に着くと、いつもは直ぐ俺を家に入らせる金井が、今日は黙っているのでじっと見る。
「どうした」
聞いても、依然黙ったままで。
暫くそのまま見ていると、金井はカバンを探って、何かを差し出してくる。
見るとそれは、白い、封筒で。
「入って」
「え、いや、なんだよこれ」
「後で、後で見て」
「はぁあ〜?」
気になるだろうが、とその場で開くと、あ!と金井の声がする。
でも知るものか、もう貰ったからには俺のものだ。
そして中身を確認すると、半分に折られた紙が入っていて。
開くとそこには、丁寧に書かれた、金井の文字。
「手紙?」
「……そう、今日……一ヶ月、だから」
一ヶ月。
なにが、と思って、目を開く。
まさか。
付き合って一ヶ月、ってことか……!?
急ぎ手紙の内容を見る。
手を伸ばして文面を隠そうとしていた金井の手は、握って抑え込む。
それでも抵抗するから指を絡めると、固まって、大人しくなった。
『希へ。今日で付き合って一ヶ月です、変わらず傍に居てくれてありがとう。体育祭一緒に出られて嬉しかった。また来年も頑張ろう。大好きです』
……顔が、熱い。
まさかこんな、愛のある内容だとは思っていなくて。
照れて、恥ずかしくて、でもそれ以上に、嬉しくて涙が出る。
だめだろ、こんなん。
泣くだろ、絶対。
「金井」
「……うん」
「ばかやろう」
「はは」
流れる涙はそのままで、絡めた指に力を込める。
金井も耳を赤くして、ちょっともらい泣きしている。
嬉しくて嬉しくて堪らない。
こんなに嬉しい手紙が、この世にあったなんて。
「記念日覚えてたのか」
「……うん」
「ありがとう」
「……うん」
「俺も」
「……うん?」
「俺も大好き」
「っ」
金井が息を詰まらせて、泣く。
その姿を見て、俺もまた泣く。
二人して泣いて、顔を見合せて笑う。
「手紙、大事にする」
「……うん」
「次は俺が書く」
「……ありがとう、嬉しい」
「ん」
毎月、こうやって手紙を贈り合うのもいいなと思う。
思い出を作ろう。
沢山作ろう。
二人で、沢山作ろう。
その後、俺が家に入るまで見届けた金井は、ちゃんと家に着くとメッセージをくれた。『着いた』という文字と共に送られてきたのは、家を持ち上げている筋肉ムキムキ男のスタンプで。
だからなんでそのスタンプなんだよ、って笑う。
金井は真っ直ぐで、過保護で、初心で、篤くて、使うスタンプが、独特。
知れば知る程面白くて、本当に益々、好きになる。
図書室での自習は、期末試験当日まで続けることになった。
金井が纏めていたのはなんと俺用のノートだったらしく、その過保護っぷりに流石に震えたが、おさらいのついでだから、ということで有難く受け取ることにする。
金井の字はちょっと角ばっていて力強い。
俺の字は、細くて薄い。
だから並べて書いてもどちらが書いたものか分かりやすくて面白い。
時々煮詰まると、ルーズリーフに質問を書いて見せる。
金井は少し考えてから、金井の字を書いて、返してくれる。
それを眺めて、また頑張る。
疲れて来たら、ルーズリーフに小さな絵を描く。
その横に矢印を付けて金井に渡すと、絵しりとりの返事が返って来る。
俺はりんご、金井は多分、ゴリラ。
多分、なのは黒い綿毛みたいな輪郭に、ボウリングの球にある指用の穴みたいな、目と口があるだけだったから。
「っは」
堪えられずに笑うと、図書室内全ての視線が集まった。頭を下げて許しを乞うが、その日のファンクラブ通信では『笑顔のいちゃラブ勉強会!』と即広められたらしい。誤解だ、語弊だ。
そして毎回何故か、俺にファンクラブ通信のタイトルを教えに来る奴が五人は居る。教えに来なくていい。恥ずかしい。
けれど金井はいつも嬉しそうに聞いている。やっぱりメンタルが強い。
今日は静かに側にやって来たクラスメイトが、スマホの画面を見せてタイトルを教えてくれた。
そうまでして、という気持ちと、この空間に内通者、元いファンクラブの会員が居るという気まずさ、そして恥ずかしさを感じる。
金井は今日も嬉しそうにしているので膝をぶつける。あまり自由の効かない図書室は、便利でもあり不便でもあった。
でも。
有難いのは、そうした写真をこっそり撮る人が居ないということだと思う。
以前俺が注意したからか、会長である例の後輩の采配なのか分からなかったが、皆の節度ある距離感は助かっていた。感謝していた。
距離感で言えば、昼休みの踊り場だって、付いて来ようと思えばいくらでも付いて来られるはずだった。
けれど皆そっとしておいてくれる。
だから俺は、『俺』を保てている。
金井の傍なら、俺で居られる。
泣こうが喚こうが、『僕』じゃなかろうが、素の俺の方が好きだと言った金井の傍が、何処よりも心地良かった。
最近は後輩や同学年だけでなく、先輩までもがファンクラブに加入していると聞くから、今後はどうなるか、分からないけれど。今のところ問題は起きていないので大丈夫、なのだろう。大丈夫だと信じたい。信じてるぞ、後輩。
今日も図書室が閉まるギリギリまで勉強に励み、同じバスに乗って帰る。
金井はまたすぐに眠り始めて、俺も今日は、後を追い掛けるようにして眠った。
眠る直前、人は寝ている間に記憶の整理をしているという話を思い出して。
だから、よく寝る金井は勉強が得意なのか?と思って、少し面白かった。
駅に着き、家までの途次。
金井に直接聞いてみると、そうかも、とハッとしていたので笑う。
こんなくだらない話をしても、ちゃんと受け取ってくれる金井が好きだ。
そんな金井と、夏休みも一緒に過ごす為に。
まずは期末試験を、乗り越えなければならない。
そう。
期末試験である。
二年の一学期を締め括るべくやって来る期末試験は、クラス全体は疎か、学年全体、延いては学校全体をどんよりと、かつ緊迫した空気感に作り替えていた。
「おはよ〜〜〜」
「「おはよう」」
空気どころか、まだ梅雨真っ只中で、外の天気までどんよりとしている中。
俺と金井はクラスメイトと、朝の挨拶を交わす。
体育祭明けから、俺達は教室内でも傍に居ることが増えた。
教室でも、二人で話せるようになってきたのだ。
正確には、話せる環境を、クラスメイトが作ってくれるようになった。
あの体育祭での不躾な視線が、かなり皆効いた様で。
休み時間の度に俺が囲まれることも無くなり、金井と話しても、ざわつきや視線を感じることが無くなった。
と言ってもまだ、昼休み程自由に話せる訳では無いが。
直接的ではないとはいえ、見守られている感や、聞き耳を立てられている感はやはりあるから。
けれど、それでも十分、進歩だった。
金井の傍に居られるのは嬉しい。
金井の傍は、やはり落ち着く。
昼休み、俺と金井はいつも通りの踊り場でお弁当を食べる。
更に俺は単語帳を膝に開いて、睨み付けていた。
「希」
「あ」
名前を呼ばれたので口を開く。
要件は梅干しだろうと思っていたら、やっぱり梅干しだった。
口に入れられた梅干しを齧りながら、唸る。
「英語が絶望的」
「はは」
こちとら必死なのに、金井は朗らかに笑うから睨む。
「余裕だなぁ?」
「余裕かも」
「けっ」
コイツは全教科、あまり苦では無いらしい。
腹立たしいのでお弁当に入っていた焼売の、グリーンピースだけを渡してやる。
けれど嬉しそうに笑って食べるから、仕方なくちゃんと焼売本体も渡した。
「勉強会、する?」
焼売を丁寧に食べた金井が言う。
俺は即頷く。
この際、付け焼き刃でも一夜漬けでもなんでも良い。
とにかく詰め込む時間が必要だった。
今朝、赤点は夏休み中に補講があると聞かされたからだ。
夏休み中のあのクソ暑い時期に、わざわざ登校して補講、なんて地獄は、絶対に回避したい。
俺は燃えていた。
金井は相変わらず、楽しそうに笑っていた。
勉強会は図書室で行うことにした。
いつもの踊り場でも良かったけれど、教科書やノートを広げたくて、案を出し合った結果、図書室に決まった。
図書室では自習をしてる人が多いから、声を出して話せはしないけれど、指差しや、スマホのメモで意思疎通をする。
金井も金井でノートを纏めていて、放課後、こうして一緒に過ごすのは初めてで楽しい。
欲を言えば二人で居たかったが、二人だとまた触れたくなるので、人目のある図書室は正解だったかもしれない。
程良い緊張感の中自習を進めて、図書室の鍵締めがある時間ギリギリまで一緒に粘った。
帰りはもうすぐ暗くなるし、時間的に車の量が増えるからと、金井も一緒にバスへ乗る。
雨の日もそうだが、こうした安全性を優先したバイクの乗り方をする金井を、俺は尊敬していた。
金井はバスに乗って早々寝始めて、コイツさてはいつも家に帰った途端寝てるな?と思う。
本当によく寝る金井は、一学期でまた一センチ背が伸びたらしい。俺を置いて行くな、ってふざけて言うと、金井は何故か照れていた。なんでも、ドラマチックで良かったらしい。金井のツボは謎である。
俺も今日は頭を沢山使って疲れた。
だから寝ようかな、と思ったけれど、窓の外を見るフリをして、金井を見る。
金井の寝顔はマイナスイオンが出ていると思う。
完全に気が抜けていて、無防備でかわいい。
ふと、もっと小さな頃の姿を見てみたいと思う。
きっと変わらない寝顔をしているんじゃないだろうかとも。
そして十年後も、きっと、この無防備な顔をしているんだろう。
その姿まで、傍で見ていられたらいいなと思う。
そうして、気が付けば俺も眠っていた。
駅に着くと、また金井に起こされる。
直ぐ寝るくせに、直ぐ起きるからいつも不思議に思う。
バスを降りるとほんのり暗くなっていて、少し肌寒さもあった。
「もう遅いし送らなくていいぞ」
「遅いから、送る」
駅でそのまま別れようとしたが、じっ、と見られて、仕方なく折れる。
こういう時の金井は、頑固だから。
でも、と歩きながら言う。
「金井が俺を心配してくれる様に、俺も金井が心配なんだぞ」
そしたら金井は少し驚いた顔をした後、優しい顔をする。
それでも送らせて、と、聞こえてきそうな顔だった。
並んで歩いて帰って、やがていつもの橋に差し掛かる。
金井の言った通りもう辺りは薄暗くて、車通りが多くて、確かにバイクは少し危ないかもしれないと思った。
「ここで、襲われた時」
「うん」
「絶対一人にしちゃだめだと思った」
「……」
先程の話の続きか、と思う。
襲われたというのは、元彼の、転校のきっかけとなったあの時のことだろう。
思い返せば、大分前のことの様に感じるが、まだ先月の出来事である。
俺の代わりに怒り、飛びかかって行った金井の後ろ姿を思い出す。
金井と付き合ってからの日々は濃い。
内容は勿論だけれど、俺の感情の起伏という点でも、濃かった。
『僕』がどうやって感情を抑えていたのか、もう思い出せない程に、金井と居る俺は、怒りも、悲しみも、喜びも、全て曝け出している。
「俺が居なかったせいで何かあったら、俺は俺を一生許せない。希を送るのは俺の為でもある」
真っ直ぐな目で、真っ直ぐな声で、真っ直ぐなことを言うから、笑う。
「ありがとう」
「うん」
「代わりに金井も、無事家に着いたらちゃんと言えよ」
そしたら連絡がない時、何かあったのだと、すぐに気付いてやれるから。
言うと、金井は擽ったそうに目元を緩めて頷く。
こうして、二人のルールができていくのも心地良い。
家に着くと、いつもは直ぐ俺を家に入らせる金井が、今日は黙っているのでじっと見る。
「どうした」
聞いても、依然黙ったままで。
暫くそのまま見ていると、金井はカバンを探って、何かを差し出してくる。
見るとそれは、白い、封筒で。
「入って」
「え、いや、なんだよこれ」
「後で、後で見て」
「はぁあ〜?」
気になるだろうが、とその場で開くと、あ!と金井の声がする。
でも知るものか、もう貰ったからには俺のものだ。
そして中身を確認すると、半分に折られた紙が入っていて。
開くとそこには、丁寧に書かれた、金井の文字。
「手紙?」
「……そう、今日……一ヶ月、だから」
一ヶ月。
なにが、と思って、目を開く。
まさか。
付き合って一ヶ月、ってことか……!?
急ぎ手紙の内容を見る。
手を伸ばして文面を隠そうとしていた金井の手は、握って抑え込む。
それでも抵抗するから指を絡めると、固まって、大人しくなった。
『希へ。今日で付き合って一ヶ月です、変わらず傍に居てくれてありがとう。体育祭一緒に出られて嬉しかった。また来年も頑張ろう。大好きです』
……顔が、熱い。
まさかこんな、愛のある内容だとは思っていなくて。
照れて、恥ずかしくて、でもそれ以上に、嬉しくて涙が出る。
だめだろ、こんなん。
泣くだろ、絶対。
「金井」
「……うん」
「ばかやろう」
「はは」
流れる涙はそのままで、絡めた指に力を込める。
金井も耳を赤くして、ちょっともらい泣きしている。
嬉しくて嬉しくて堪らない。
こんなに嬉しい手紙が、この世にあったなんて。
「記念日覚えてたのか」
「……うん」
「ありがとう」
「……うん」
「俺も」
「……うん?」
「俺も大好き」
「っ」
金井が息を詰まらせて、泣く。
その姿を見て、俺もまた泣く。
二人して泣いて、顔を見合せて笑う。
「手紙、大事にする」
「……うん」
「次は俺が書く」
「……ありがとう、嬉しい」
「ん」
毎月、こうやって手紙を贈り合うのもいいなと思う。
思い出を作ろう。
沢山作ろう。
二人で、沢山作ろう。
その後、俺が家に入るまで見届けた金井は、ちゃんと家に着くとメッセージをくれた。『着いた』という文字と共に送られてきたのは、家を持ち上げている筋肉ムキムキ男のスタンプで。
だからなんでそのスタンプなんだよ、って笑う。
金井は真っ直ぐで、過保護で、初心で、篤くて、使うスタンプが、独特。
知れば知る程面白くて、本当に益々、好きになる。
図書室での自習は、期末試験当日まで続けることになった。
金井が纏めていたのはなんと俺用のノートだったらしく、その過保護っぷりに流石に震えたが、おさらいのついでだから、ということで有難く受け取ることにする。
金井の字はちょっと角ばっていて力強い。
俺の字は、細くて薄い。
だから並べて書いてもどちらが書いたものか分かりやすくて面白い。
時々煮詰まると、ルーズリーフに質問を書いて見せる。
金井は少し考えてから、金井の字を書いて、返してくれる。
それを眺めて、また頑張る。
疲れて来たら、ルーズリーフに小さな絵を描く。
その横に矢印を付けて金井に渡すと、絵しりとりの返事が返って来る。
俺はりんご、金井は多分、ゴリラ。
多分、なのは黒い綿毛みたいな輪郭に、ボウリングの球にある指用の穴みたいな、目と口があるだけだったから。
「っは」
堪えられずに笑うと、図書室内全ての視線が集まった。頭を下げて許しを乞うが、その日のファンクラブ通信では『笑顔のいちゃラブ勉強会!』と即広められたらしい。誤解だ、語弊だ。
そして毎回何故か、俺にファンクラブ通信のタイトルを教えに来る奴が五人は居る。教えに来なくていい。恥ずかしい。
けれど金井はいつも嬉しそうに聞いている。やっぱりメンタルが強い。
今日は静かに側にやって来たクラスメイトが、スマホの画面を見せてタイトルを教えてくれた。
そうまでして、という気持ちと、この空間に内通者、元いファンクラブの会員が居るという気まずさ、そして恥ずかしさを感じる。
金井は今日も嬉しそうにしているので膝をぶつける。あまり自由の効かない図書室は、便利でもあり不便でもあった。
でも。
有難いのは、そうした写真をこっそり撮る人が居ないということだと思う。
以前俺が注意したからか、会長である例の後輩の采配なのか分からなかったが、皆の節度ある距離感は助かっていた。感謝していた。
距離感で言えば、昼休みの踊り場だって、付いて来ようと思えばいくらでも付いて来られるはずだった。
けれど皆そっとしておいてくれる。
だから俺は、『俺』を保てている。
金井の傍なら、俺で居られる。
泣こうが喚こうが、『僕』じゃなかろうが、素の俺の方が好きだと言った金井の傍が、何処よりも心地良かった。
最近は後輩や同学年だけでなく、先輩までもがファンクラブに加入していると聞くから、今後はどうなるか、分からないけれど。今のところ問題は起きていないので大丈夫、なのだろう。大丈夫だと信じたい。信じてるぞ、後輩。
今日も図書室が閉まるギリギリまで勉強に励み、同じバスに乗って帰る。
金井はまたすぐに眠り始めて、俺も今日は、後を追い掛けるようにして眠った。
眠る直前、人は寝ている間に記憶の整理をしているという話を思い出して。
だから、よく寝る金井は勉強が得意なのか?と思って、少し面白かった。
駅に着き、家までの途次。
金井に直接聞いてみると、そうかも、とハッとしていたので笑う。
こんなくだらない話をしても、ちゃんと受け取ってくれる金井が好きだ。
そんな金井と、夏休みも一緒に過ごす為に。
まずは期末試験を、乗り越えなければならない。
