*
水曜一限は、真清が大きな欠伸をしながら教室に入ってくる。
隣には断りを入れずに座るし、俺が登校して初めて挨拶をするのは真清だ。ただ、俺から会話を切り出すのはできていない。
講義中は基本話さないけど、俺の頭の中はおしゃべりだ。
先日の野ノ瀬さんから言われた『話したいならふたりで出かけなさいよ』という言葉を思い返しては、誘いたいという思いが心の奥にしまわれている。
ふたりで出かけるなんて言って引かれないだろうか。
いや、でもご飯に行ったときの態度から好きなんじゃないかということを加味すると喜んだ顔が見れる可能性だってある。
話すことを模索する。
話すことってなんだ? 普段から会話を持ちかけないせいで、こういうとき非常に困る。話すだけならカフェ? でも、話したいからカフェ行こうというのも変か。提案の仕方がわからへん。
講義が終われば真清は、友人たちと一緒に行ってしまう。その前に話しかけられるだろうか。
あっという間に講義が終わる。
——はよ言わなあかん。
話せている機会を逃さないと決めたのはどこの誰や……
自分に喝を入れ、口を開いた時だった。
真清が口を挟む。
「先輩、今日遊びに行かないですか?」
真清は、俺の覚悟をポンと超えていってしまう。
——言おうとしていたことがおんなじやから余計に悔しい。のに、嬉しいが勝っちゃうよな……
落とした視線に映った真清の大きめなリュック。
「荷物少ない方が遊びに行きやすいんちゃうか?」
以前、真清がパソコンからタブレットに変えた理由だ。
「今日は、いいんです…‥どうしても」
「何か見たいん?」
「靴……」
——靴好きやな。
会話はできるが、自分で聞いて返事を聞く。それで終わる。
俺から始めた会話はあまりにも短くて、人見知りを言い訳にしているだけで話せないことが浮き彫りになった気がした。
そんな俺でも話してくれるうれしさと申し訳なさが湧いている。
「な、なんか好きになるきっかけみたいなのってあるんか?」
「好きになったきっかけ?」
「あ、いや、言いたくないとか、あったりさ……」
聞き返されてしまうと、やっぱダメやったんか? が、頭の中をぐるぐるして自分の発言を“なし”にしたくなる。
「言いたく理由なんてないですよ」
普段の声よりも優しい声で言われた。
「元は服とかに無頓着だったんですけど、東京に来たときに意識するようになったんです」
東京の人じゃなかったんやな。
「ファッションの中でも靴って、結構いろんな色を取り入れやすいんですよね。髪の毛染めたり洋服で買うことを躊躇ったりするような色でも、靴だと挑戦しやすいんです」
「そうなんや」
俺にとっては、着てればいいものという感覚の服を、真清はいろんなことを考えているのだと感心した。
「そーゆー手結先輩は? 俺、靴って結構持っている方なんだけどさ、先輩この一足しか履いてないじゃん?」
「うん」
「いつも同じ靴なのこだわりあるんじゃないですか?」
「全然ないで」
——実はある。だって、この靴履いてれば時々、真清と同じになれるから。今この靴を履いてる理由なんてそれだけや。
でも、真清はそんなの意識してないんだろう。すると真清に「よかった」と小さく呟かれる。
俺は、聞き逃さない。
「良かったってなんや。こだわりあったら嫌やったんか?」
「最初は先輩が被るのとか嫌かなーとか思ってたんです……」
「そんなん気にしいひんよ」
真清にとってのファッションアイテムの選択肢がひとつ減るということ。せやから、被るの嫌なんは、真清の方やろ。
また「よかった」と、噛み締めるように言われ、「真清が嫌なんちゃうか?」とこぼす。
「そんなことないです。むしろ最近はなんだか、靴を変えるのがもったいないんだ」
「なんや、それ……」
一緒がいいって言われてるみたいで、動揺しそうになる。
「靴を変えるのがもったいないってなんや。自分、おもろいこと言うなあ」
「うん。変えたくないけど、変えたい」
「お?」
——どういう意味や?
言っていることがバラバラで理解できない。真清が、小さく肩で息をして話し出した。
「先輩。聞いて」
「なんや?」
「この間、同じ靴履いてる人がほかにもいたんです」
「まぁ……靴やしな。売りもんで被らんようにするのは無理あるやろ」
「そう、なんですけど……なんか嫌だったんですよ……」
被るのが嫌? 俺はいいのに?
俺が眉間にシワをよせていると、次に発した真清の言葉に驚かされる。
「なので今から作りに行きませんか?」
「作る⁉︎」
「真っ白な靴に、色塗ったり柄描いたりして作るんですよ」
そんなことができるところがあるとは知らなかった。
真清曰く、この近くにあるらしい。素直に、おもろそうだとは思う。
しかし自分たちで絵付けするということ、すなわち同じ柄は存在しない。
「おんなじにはならなくなるけど、ええんか?」
「嫌だけど……」
「それじゃできひんやん」
「手結先輩、どっか行きそうなんだよ」
脈略のない返答に、首を傾げる。
——真清の方が、どこか行ってるやろ。
「あ、なんでもないです。俺もなんでこんなこと言ってるか分からない……でも、そうですよね。同じ人がいるの嫌なだけなら同じ靴、買いに行けば済む話ですよね」
おんなんじ靴買ったところで、売りもんなんやから誰かと被ることは変わらへんやろ。
——てか、なんで俺とおんなじ靴でいることにこだわってるんや?
独占欲をむき出しにされている気分が俺のこと好きなんちゃう? という思いを加速させる。
「いや、作りに行こう」
「でも……」
真清が、なんでおんなじ靴の人がいるのが嫌だと、わざわざ言うことに違和感を抱えている。意識してへんかったら、同じだなーで終わるはずや。
真清は柄がおんなじとかどうかは、どうでもええのかもな。俺と話すきっかけになった靴やから、嫌なんか。
俺は、真清の目をまっすぐ見据える。
「同じ思い出があるってええなって」
「え?」
「靴の柄が違くても、思い出はおんなじやろ? 作った靴見るたびに思い出せることがあるってめっちゃええわ」
「手結先輩……」
俺は講義室の天井を仰いだ。
やっぱ好きやろ。
でも真清自身は気づいていないだろう。鈍感なのか、俺が意識しすぎなのか、確証がなくて踏み出せない。
——確証があっても無理か。
突如として、天井を見ていたはずの視界が真清の顔に切り替わった。
「行きましょ」
リュックを背負った真清が立ち上がって俺のことを覗き込んでいたんだ。心臓がドッドッと大きく鳴る。
——ちか……
近すぎる顔を背けたくても、固まってしまう。でも、今動揺したら、気を遣ったり、謎に謝られたりするかもしれへん。この距離感は心臓が持たないけど、こんな近くに来てくれることもないと思うと背けたくはなかった。
俺は平静を装って返事する。
「さっきまで迷ってたんに、早いな」
「思い出作るって言葉にワクワクしたし、なんかドキっとしました」
「真清のそういう素直なところ好きやで」
ハッと我に返る。
不意に出た言葉に含まれた『好き』には、恋愛というよりも人として尊敬しているという意味合いが強かった。しかし、思いがけず発したことで、好きを意識してしまう。
恋愛的な好きであっても尊敬しているところもひっくるめて全部好きだから、告白したのと変わらないのでは?
頬の火照りを感じたと同時に、変な空気感になってしまった。
訂正しよう。何を? え、どうしよう。
とりあえず何か言わなきゃと口を開いた時だった。真清に顔を背けられる。
「先輩、その言葉、誰にも言わないで」
「うん……うん?」
早足で教室を出ていく真清を追いかけた。その首筋と耳の後ろが、赤くなっている気がした。
大学から電車は乗らずに、歩くという。
確かにこの辺りは歩いて行ける範囲に商業施設が集まっていて、電車を使わずともなんでも揃う。
歩きながら『その言葉、誰にも言わないで』という真清の声が常に再生される。
誰かに言う機会なんてないから、頼まれなくても自然と俺は真清にしか言うことはない。けど、なんや、これ。やっぱ好きなんちゃうか……と思っても言えるわけなく、口を横に結ぶ。
悶々と考えながら、真清の話に相槌を打っているうちにお店に到着した。
店内は広いとは言えない工房という感じだ。机だけで椅子はない。その机には、いろんな人の思い出である絵の具がカラフルにくっついていた。
本来は、予約が必須だったが思いつきで来た俺たちが知るわけもない。と諦めようとしたときだった。
「ご予約の安東様ですね。お待ちしておりました」
——えっ?
安東というのは。真清の苗字か。俺含めみんなが真清と呼ぶので反応が遅れる。
——ん? 予約?
状況が飲み込めず、真清の方を見上げる。
「すみません。同じ靴の人がいて嫌だって思った瞬間、靴屋でスニーカー買って予約してました」
まさかの計画的だったということに驚かされる。
しかも靴買って?
今日大きなリュックだった意味は、このため?
真清が、真っ白なスニーカーを二足リュックから取り出し、「先輩、俺のやってください」と一回り大きな靴を渡される。
「わがままやな」
「それくらい嫌だったんですよ」
もうそれは嫉妬や。という言葉は飲み込んだ。
——気づいてへんのやろうな。
お店の人から軽く説明を受ける。ここで使用する絵の具が特殊であることやちょっとしたペイント技法なんかも教わった。
エプロンをつけ、ペイントの時間が始まる。
初めはどうなるかと不安だったが、始まってしまえば俺は大胆な作業が得意らしい。
ハケの後が残るくらい強い力で青い絵の具を塗り、白い絵の具で細く線を何本も描く。まっすぐではなく歪な線だ。その後、金色の絵の具をブラシにつけ、ブラシを軽く指で弾く。そうすることで、点々の模様ができるのだと教わった。
「真清! 見てや!」
俺にしてはよくできた。
乾ききっていない靴を持ち上げて、真清に見せながら、金色で描いた点の一箇所を指差す。
「実はここ、絵の具が多すぎてうまく点にならへんかった」
「それも味じゃないですか」と真清がふんわりと笑う。
「俺のも見てください」
靴のロゴのある部分を、赤に塗られているが、絵の具が垂れているように塗られている。他にも、絵の具が散っている絵が描かれていて、全てを埋めているわけではないデザインは元の白を生かされている。
「すご。こんなん思いつかへんわ」
「先輩がいろんな顔を見せてくれるのが、うれしくて表現してみました」
面と向かって言われ、顔が熱くなる。
真清には俺がそう見えてるってことなんか。
「そ、そっか。ありがとうな」
俺のいろんな表情がうれしいんか。
——俺も真清のいろんな表情が見れるのうれしいんで。好きやからな。
作業時間が終わり、持ち帰るために袋に入れていると、この靴で大学に行くのが楽しみになっていく感覚が湧き上がる。
「靴履くの楽しみやな」
ところが、返事がない。
——真清は気に入らなかったんか?
「ま、真清?」
「先輩と一緒の思い出、うれしすぎてどうにかなりそうなんです」
愛おしそうに靴を眺められ、なんだかくすぐったい。
——真清は鈍感やけど、その場の思いを大切にしすぎて、気づく過程をすっ飛ばすのかもな。
今回だって同じ靴を履いた人が俺の隣に来て、自分と同じ思い出が他の人にもできるかもしれないと思ったんか。それが嫌で、衝動的に行動しているようにも伺える。
——そんな見境なく話しかけないわ。
と、思っても、真清は俺と話した入学式のことを俺だったかどうか分からんから、偶然話しかけたみたいになっているんだろう。
店を出て最寄駅まで数分の間、俺はずっと考えていた。
気持ちを伝えるべきか、そうするべきじゃないかだ。
「人見知りでも、頑張ってでも話すのは真清だけや」くらいに留めておくのもひとつ手だと思う。
——どうしたら、自覚ってするんや。そもそも勘違いの可能性も……
「なぁ、真清」
「なんですか?」
俺が呼んだのに、内容を言う前に口を開いたのは真清だった。
「言いたいことでもあるんですか?」
「……いや。ないわ」
——ないか?
真清は自分の気持ちや他人の気持ちに鈍い。その鈍さが俺の人見知りを逆撫でさせる。俺と話す人はみんなコイツ、話せないんだって察して離れて行ったり気を遣ったりする。俺は、それを受け入れてきた。
でも、真清は何回も話しかけてくれて、俺も諦めたくないと思うようになった。
——好きがどんどん増えていったんや。
すると、前を歩く男の人の靴が目に入る。
「あ、俺たちとおんなじ靴やで」
「……そう、ですね」
眺めていると、その人のポッケからキーケースらしきものが落ちる。俺は一瞬拾うべきか迷ってしまった。
——どうしよ……
いや、行くしかないな。
別におんなじ靴とか、人見知りとか関係なしに、人として、や。
それにこれで真清が、止めるなんてことがあったら、流石に自覚するんちゃうか。なんて願いを心の奥にしまった。
俺は、キーケースを拾い上げ、前を歩く男の人の肩に触れようとした。その時だ。
「落ちましたよ」
俺の手からキーケースを取り上げ、真清が笑顔で渡す。
男の人は礼を言いながら去っていった。
——え? やっぱ好きやろ。
「……人見知りやけど、話せるで?」
俺が問うと、真清はツンと唇を突き出す。
「なんか嫌だったんです」
——まだ自覚しないんか? やっぱ俺の勘違い?
どうすればええんや……
頭の中がまとまり切らないまま、気がつけば最寄り駅だ。
——ここで終わり?
また来週になれば会える。水曜一限はやってくる。話すことはできるだろう。
でもなんか嫌なんは、こっちのセリフや。
「今日はありがとうございました」
「うん。こちらこそや」
「楽しかった? ですか?」
自分で連れてきておいて、心配そうに首を傾ける真清に苦笑する。
——また来週まで会えないんは、嫌やなぁ。
「楽しかったし、嬉しかったよ」
「先輩、標準語じゃん」
無意識だった。真清といると、ふとしたときに出そうになっていた標準語。
だけど、それ以上に、無理して標準語を使おうとしてたときのクセが抜けきっていないのかもしれない。
あの時のことを言うなら今か。
真清に覚えてもらえてなくて凹んでない。けど、知ってほしいと思っている。
——俺のこと意識してや。好きって気づいてな?
「関西弁を直そうとした時期もあるんや」
「そう、なんですか?」
「でも、真清のひと言で直されへんくなった。覚えてへんかもしれんけどな」
「俺?」
俺は、真清と出会った入学式のこと。その時に、標準語にしようとしてたこと、そして、真清に『いい』と言われたことで、直すことをやめたことを伝えた。
「全部、真清のおかげやで」
「俺、なんもしてないです」
——そんなことないねん。
水曜一限、真清と話すようにならなかったら、きっとずっとこのままだった。標準語に染まって、モヤモヤしたまま過ごしていた。
俺の気持ちを晴れさせてくれるんは、真清しかおらんのや。
——結局俺は真清がおらんと無理なんやな。
「俺さ、真清と話せてからみんなとも話せるんちゃうか? って思ったから、知らない人の多いご飯に行くって言ったんよ。やけど、店にも着いてないのに尻込みしてた」
「そう、だったんですね……全然知らなかったです」
「みんな一年生やろ? なんか異物感を感じて……」
真清が「そんな……!」と俺が悲観したことを肯定してくれようとする。
「分かってんで。でもな、思われてないこと思ってまうんや」
そういう性格なんや。
「そんとき思ったんや。『また真清にこの気持ちを飛ばしてもらえたらな』って」
「先輩……」
「結局のところ、俺は他力本願でどうしょうもないねん」
俺、何言ってるんや。
これじゃ、またネガティブなこと言ってるのと変わらんやん。
——ほんまは、真清しかおらんって言わな……
「俺がいないとダメって言われてる気分なんですけど……」
俺が言うべきことを、真清に言われる。
——真清は素直だ。
普通そう思っても、怖くて言い出せへんわ。でも、その素直さに乗っからせてもらうで。
「ダメって言ったら?」
「困る。困ります」
——困らせんのか……
「困るってどう困るん……話したくないとかか」
「話したい!……話したいよ‼︎」
俺は奥歯を食いしばった。
こんなん伝えなかったら後悔する。
「なぁ真清、好きやで」
「え?」
「真清が好きや。ちゃんと恋愛的な意味や」
真清は何も言わない。ただ、目を見開いて、どうすればいいか分からないという表情だ。
俺の背筋がジワっと汗をかく。
ぎこちない空気に耐えられそうにない。そこに追い討ちをかけてきたのは真清だった。
「俺、先輩とは関係を崩したくないな」
遠回しに恋人になる気はないと言われた気がした。
いや、言われた。
真清は、俺の気持ちをしっかりと恋愛の好きだと受け取ってくれている。
じゃあ、真清自身の気持ちには気づいているんか? やっぱり俺の勘違いなんか?
勘違いじゃなかったら、すれ違ったままになるんか……?
真清は、顔が整っているんだから恋愛感情を抱かれることは少なくなかったはず。ただ、この鈍感な性格から、見落としてきたもんもあるんやろうなとは思う。
——そうはなりたない。
「か、関係が崩れるってなんや」
「他の人に離れられても、一回話すだけの関係でもどうでもいいのに、先輩だけは無理。話せなくなるのが怖い」
関係を崩したくないって言ったクセに、甘い言葉を言われている気分になった。
——なんや。俺だけ特別扱いしてるやん……
「それ、俺には逆効果やで」
「え?」
「俺が真清のこと恋愛感情として好きなの分かってんやろ」
「うん……」
「分かった上で崩したくないからとか言ったんやろ?」
「うん。ごめん」
——そんなん。俺のこと好きって言ってるようなもんやろ。
「ほな、関係を崩すんじゃなくて積み上げるまでや」
豆鉄砲を喰らった顔をする真清を置いて踵を返そうとする。
——俺だって、そんなこと言われても、もう諦められないとこまで来てるんや。
人見知りとか、話せないとか……まだ大人数は無理やけど、頑張ろうと思えたのは真清のおかげやねん。
全部伝われ。なんのために全部話したと思ってるんや。崩してたまるか。
「先輩、待って————」
腕を掴まれる。真清の手が熱い。
——なんや?
振り向くより先に真清が肩のあたりに額を乗せて俯く。
俺の首筋よりももっと熱い何かを感じた。
「なんでそんな頑張ろうとするんですか……本当に俺がいたからなんですか?」
「……せやで」
心臓の音がうるさい。多分、真清に聞こえてるけど、静かになんてできなかった。
すると、真清が額を話したと思ったら俺の肩を掴み、向き合うようにくるりと回転させられる。
「わっ……!」
向き合った真清の頬が染め上がっていた。
「俺、手結先輩が好きなんだ……」
俺はうれしさから歯を見せて笑い、一歩前へ出ると思い切り真清に抱きついた。
抱きついた拍子におそろいの靴がコツンと当たる。
真清と同じ思い出の詰まった靴。
——あぁ。確かに靴を変えるのが、あまりにももったいないな。
水曜一限は、真清が大きな欠伸をしながら教室に入ってくる。
隣には断りを入れずに座るし、俺が登校して初めて挨拶をするのは真清だ。ただ、俺から会話を切り出すのはできていない。
講義中は基本話さないけど、俺の頭の中はおしゃべりだ。
先日の野ノ瀬さんから言われた『話したいならふたりで出かけなさいよ』という言葉を思い返しては、誘いたいという思いが心の奥にしまわれている。
ふたりで出かけるなんて言って引かれないだろうか。
いや、でもご飯に行ったときの態度から好きなんじゃないかということを加味すると喜んだ顔が見れる可能性だってある。
話すことを模索する。
話すことってなんだ? 普段から会話を持ちかけないせいで、こういうとき非常に困る。話すだけならカフェ? でも、話したいからカフェ行こうというのも変か。提案の仕方がわからへん。
講義が終われば真清は、友人たちと一緒に行ってしまう。その前に話しかけられるだろうか。
あっという間に講義が終わる。
——はよ言わなあかん。
話せている機会を逃さないと決めたのはどこの誰や……
自分に喝を入れ、口を開いた時だった。
真清が口を挟む。
「先輩、今日遊びに行かないですか?」
真清は、俺の覚悟をポンと超えていってしまう。
——言おうとしていたことがおんなじやから余計に悔しい。のに、嬉しいが勝っちゃうよな……
落とした視線に映った真清の大きめなリュック。
「荷物少ない方が遊びに行きやすいんちゃうか?」
以前、真清がパソコンからタブレットに変えた理由だ。
「今日は、いいんです…‥どうしても」
「何か見たいん?」
「靴……」
——靴好きやな。
会話はできるが、自分で聞いて返事を聞く。それで終わる。
俺から始めた会話はあまりにも短くて、人見知りを言い訳にしているだけで話せないことが浮き彫りになった気がした。
そんな俺でも話してくれるうれしさと申し訳なさが湧いている。
「な、なんか好きになるきっかけみたいなのってあるんか?」
「好きになったきっかけ?」
「あ、いや、言いたくないとか、あったりさ……」
聞き返されてしまうと、やっぱダメやったんか? が、頭の中をぐるぐるして自分の発言を“なし”にしたくなる。
「言いたく理由なんてないですよ」
普段の声よりも優しい声で言われた。
「元は服とかに無頓着だったんですけど、東京に来たときに意識するようになったんです」
東京の人じゃなかったんやな。
「ファッションの中でも靴って、結構いろんな色を取り入れやすいんですよね。髪の毛染めたり洋服で買うことを躊躇ったりするような色でも、靴だと挑戦しやすいんです」
「そうなんや」
俺にとっては、着てればいいものという感覚の服を、真清はいろんなことを考えているのだと感心した。
「そーゆー手結先輩は? 俺、靴って結構持っている方なんだけどさ、先輩この一足しか履いてないじゃん?」
「うん」
「いつも同じ靴なのこだわりあるんじゃないですか?」
「全然ないで」
——実はある。だって、この靴履いてれば時々、真清と同じになれるから。今この靴を履いてる理由なんてそれだけや。
でも、真清はそんなの意識してないんだろう。すると真清に「よかった」と小さく呟かれる。
俺は、聞き逃さない。
「良かったってなんや。こだわりあったら嫌やったんか?」
「最初は先輩が被るのとか嫌かなーとか思ってたんです……」
「そんなん気にしいひんよ」
真清にとってのファッションアイテムの選択肢がひとつ減るということ。せやから、被るの嫌なんは、真清の方やろ。
また「よかった」と、噛み締めるように言われ、「真清が嫌なんちゃうか?」とこぼす。
「そんなことないです。むしろ最近はなんだか、靴を変えるのがもったいないんだ」
「なんや、それ……」
一緒がいいって言われてるみたいで、動揺しそうになる。
「靴を変えるのがもったいないってなんや。自分、おもろいこと言うなあ」
「うん。変えたくないけど、変えたい」
「お?」
——どういう意味や?
言っていることがバラバラで理解できない。真清が、小さく肩で息をして話し出した。
「先輩。聞いて」
「なんや?」
「この間、同じ靴履いてる人がほかにもいたんです」
「まぁ……靴やしな。売りもんで被らんようにするのは無理あるやろ」
「そう、なんですけど……なんか嫌だったんですよ……」
被るのが嫌? 俺はいいのに?
俺が眉間にシワをよせていると、次に発した真清の言葉に驚かされる。
「なので今から作りに行きませんか?」
「作る⁉︎」
「真っ白な靴に、色塗ったり柄描いたりして作るんですよ」
そんなことができるところがあるとは知らなかった。
真清曰く、この近くにあるらしい。素直に、おもろそうだとは思う。
しかし自分たちで絵付けするということ、すなわち同じ柄は存在しない。
「おんなじにはならなくなるけど、ええんか?」
「嫌だけど……」
「それじゃできひんやん」
「手結先輩、どっか行きそうなんだよ」
脈略のない返答に、首を傾げる。
——真清の方が、どこか行ってるやろ。
「あ、なんでもないです。俺もなんでこんなこと言ってるか分からない……でも、そうですよね。同じ人がいるの嫌なだけなら同じ靴、買いに行けば済む話ですよね」
おんなんじ靴買ったところで、売りもんなんやから誰かと被ることは変わらへんやろ。
——てか、なんで俺とおんなじ靴でいることにこだわってるんや?
独占欲をむき出しにされている気分が俺のこと好きなんちゃう? という思いを加速させる。
「いや、作りに行こう」
「でも……」
真清が、なんでおんなじ靴の人がいるのが嫌だと、わざわざ言うことに違和感を抱えている。意識してへんかったら、同じだなーで終わるはずや。
真清は柄がおんなじとかどうかは、どうでもええのかもな。俺と話すきっかけになった靴やから、嫌なんか。
俺は、真清の目をまっすぐ見据える。
「同じ思い出があるってええなって」
「え?」
「靴の柄が違くても、思い出はおんなじやろ? 作った靴見るたびに思い出せることがあるってめっちゃええわ」
「手結先輩……」
俺は講義室の天井を仰いだ。
やっぱ好きやろ。
でも真清自身は気づいていないだろう。鈍感なのか、俺が意識しすぎなのか、確証がなくて踏み出せない。
——確証があっても無理か。
突如として、天井を見ていたはずの視界が真清の顔に切り替わった。
「行きましょ」
リュックを背負った真清が立ち上がって俺のことを覗き込んでいたんだ。心臓がドッドッと大きく鳴る。
——ちか……
近すぎる顔を背けたくても、固まってしまう。でも、今動揺したら、気を遣ったり、謎に謝られたりするかもしれへん。この距離感は心臓が持たないけど、こんな近くに来てくれることもないと思うと背けたくはなかった。
俺は平静を装って返事する。
「さっきまで迷ってたんに、早いな」
「思い出作るって言葉にワクワクしたし、なんかドキっとしました」
「真清のそういう素直なところ好きやで」
ハッと我に返る。
不意に出た言葉に含まれた『好き』には、恋愛というよりも人として尊敬しているという意味合いが強かった。しかし、思いがけず発したことで、好きを意識してしまう。
恋愛的な好きであっても尊敬しているところもひっくるめて全部好きだから、告白したのと変わらないのでは?
頬の火照りを感じたと同時に、変な空気感になってしまった。
訂正しよう。何を? え、どうしよう。
とりあえず何か言わなきゃと口を開いた時だった。真清に顔を背けられる。
「先輩、その言葉、誰にも言わないで」
「うん……うん?」
早足で教室を出ていく真清を追いかけた。その首筋と耳の後ろが、赤くなっている気がした。
大学から電車は乗らずに、歩くという。
確かにこの辺りは歩いて行ける範囲に商業施設が集まっていて、電車を使わずともなんでも揃う。
歩きながら『その言葉、誰にも言わないで』という真清の声が常に再生される。
誰かに言う機会なんてないから、頼まれなくても自然と俺は真清にしか言うことはない。けど、なんや、これ。やっぱ好きなんちゃうか……と思っても言えるわけなく、口を横に結ぶ。
悶々と考えながら、真清の話に相槌を打っているうちにお店に到着した。
店内は広いとは言えない工房という感じだ。机だけで椅子はない。その机には、いろんな人の思い出である絵の具がカラフルにくっついていた。
本来は、予約が必須だったが思いつきで来た俺たちが知るわけもない。と諦めようとしたときだった。
「ご予約の安東様ですね。お待ちしておりました」
——えっ?
安東というのは。真清の苗字か。俺含めみんなが真清と呼ぶので反応が遅れる。
——ん? 予約?
状況が飲み込めず、真清の方を見上げる。
「すみません。同じ靴の人がいて嫌だって思った瞬間、靴屋でスニーカー買って予約してました」
まさかの計画的だったということに驚かされる。
しかも靴買って?
今日大きなリュックだった意味は、このため?
真清が、真っ白なスニーカーを二足リュックから取り出し、「先輩、俺のやってください」と一回り大きな靴を渡される。
「わがままやな」
「それくらい嫌だったんですよ」
もうそれは嫉妬や。という言葉は飲み込んだ。
——気づいてへんのやろうな。
お店の人から軽く説明を受ける。ここで使用する絵の具が特殊であることやちょっとしたペイント技法なんかも教わった。
エプロンをつけ、ペイントの時間が始まる。
初めはどうなるかと不安だったが、始まってしまえば俺は大胆な作業が得意らしい。
ハケの後が残るくらい強い力で青い絵の具を塗り、白い絵の具で細く線を何本も描く。まっすぐではなく歪な線だ。その後、金色の絵の具をブラシにつけ、ブラシを軽く指で弾く。そうすることで、点々の模様ができるのだと教わった。
「真清! 見てや!」
俺にしてはよくできた。
乾ききっていない靴を持ち上げて、真清に見せながら、金色で描いた点の一箇所を指差す。
「実はここ、絵の具が多すぎてうまく点にならへんかった」
「それも味じゃないですか」と真清がふんわりと笑う。
「俺のも見てください」
靴のロゴのある部分を、赤に塗られているが、絵の具が垂れているように塗られている。他にも、絵の具が散っている絵が描かれていて、全てを埋めているわけではないデザインは元の白を生かされている。
「すご。こんなん思いつかへんわ」
「先輩がいろんな顔を見せてくれるのが、うれしくて表現してみました」
面と向かって言われ、顔が熱くなる。
真清には俺がそう見えてるってことなんか。
「そ、そっか。ありがとうな」
俺のいろんな表情がうれしいんか。
——俺も真清のいろんな表情が見れるのうれしいんで。好きやからな。
作業時間が終わり、持ち帰るために袋に入れていると、この靴で大学に行くのが楽しみになっていく感覚が湧き上がる。
「靴履くの楽しみやな」
ところが、返事がない。
——真清は気に入らなかったんか?
「ま、真清?」
「先輩と一緒の思い出、うれしすぎてどうにかなりそうなんです」
愛おしそうに靴を眺められ、なんだかくすぐったい。
——真清は鈍感やけど、その場の思いを大切にしすぎて、気づく過程をすっ飛ばすのかもな。
今回だって同じ靴を履いた人が俺の隣に来て、自分と同じ思い出が他の人にもできるかもしれないと思ったんか。それが嫌で、衝動的に行動しているようにも伺える。
——そんな見境なく話しかけないわ。
と、思っても、真清は俺と話した入学式のことを俺だったかどうか分からんから、偶然話しかけたみたいになっているんだろう。
店を出て最寄駅まで数分の間、俺はずっと考えていた。
気持ちを伝えるべきか、そうするべきじゃないかだ。
「人見知りでも、頑張ってでも話すのは真清だけや」くらいに留めておくのもひとつ手だと思う。
——どうしたら、自覚ってするんや。そもそも勘違いの可能性も……
「なぁ、真清」
「なんですか?」
俺が呼んだのに、内容を言う前に口を開いたのは真清だった。
「言いたいことでもあるんですか?」
「……いや。ないわ」
——ないか?
真清は自分の気持ちや他人の気持ちに鈍い。その鈍さが俺の人見知りを逆撫でさせる。俺と話す人はみんなコイツ、話せないんだって察して離れて行ったり気を遣ったりする。俺は、それを受け入れてきた。
でも、真清は何回も話しかけてくれて、俺も諦めたくないと思うようになった。
——好きがどんどん増えていったんや。
すると、前を歩く男の人の靴が目に入る。
「あ、俺たちとおんなじ靴やで」
「……そう、ですね」
眺めていると、その人のポッケからキーケースらしきものが落ちる。俺は一瞬拾うべきか迷ってしまった。
——どうしよ……
いや、行くしかないな。
別におんなじ靴とか、人見知りとか関係なしに、人として、や。
それにこれで真清が、止めるなんてことがあったら、流石に自覚するんちゃうか。なんて願いを心の奥にしまった。
俺は、キーケースを拾い上げ、前を歩く男の人の肩に触れようとした。その時だ。
「落ちましたよ」
俺の手からキーケースを取り上げ、真清が笑顔で渡す。
男の人は礼を言いながら去っていった。
——え? やっぱ好きやろ。
「……人見知りやけど、話せるで?」
俺が問うと、真清はツンと唇を突き出す。
「なんか嫌だったんです」
——まだ自覚しないんか? やっぱ俺の勘違い?
どうすればええんや……
頭の中がまとまり切らないまま、気がつけば最寄り駅だ。
——ここで終わり?
また来週になれば会える。水曜一限はやってくる。話すことはできるだろう。
でもなんか嫌なんは、こっちのセリフや。
「今日はありがとうございました」
「うん。こちらこそや」
「楽しかった? ですか?」
自分で連れてきておいて、心配そうに首を傾ける真清に苦笑する。
——また来週まで会えないんは、嫌やなぁ。
「楽しかったし、嬉しかったよ」
「先輩、標準語じゃん」
無意識だった。真清といると、ふとしたときに出そうになっていた標準語。
だけど、それ以上に、無理して標準語を使おうとしてたときのクセが抜けきっていないのかもしれない。
あの時のことを言うなら今か。
真清に覚えてもらえてなくて凹んでない。けど、知ってほしいと思っている。
——俺のこと意識してや。好きって気づいてな?
「関西弁を直そうとした時期もあるんや」
「そう、なんですか?」
「でも、真清のひと言で直されへんくなった。覚えてへんかもしれんけどな」
「俺?」
俺は、真清と出会った入学式のこと。その時に、標準語にしようとしてたこと、そして、真清に『いい』と言われたことで、直すことをやめたことを伝えた。
「全部、真清のおかげやで」
「俺、なんもしてないです」
——そんなことないねん。
水曜一限、真清と話すようにならなかったら、きっとずっとこのままだった。標準語に染まって、モヤモヤしたまま過ごしていた。
俺の気持ちを晴れさせてくれるんは、真清しかおらんのや。
——結局俺は真清がおらんと無理なんやな。
「俺さ、真清と話せてからみんなとも話せるんちゃうか? って思ったから、知らない人の多いご飯に行くって言ったんよ。やけど、店にも着いてないのに尻込みしてた」
「そう、だったんですね……全然知らなかったです」
「みんな一年生やろ? なんか異物感を感じて……」
真清が「そんな……!」と俺が悲観したことを肯定してくれようとする。
「分かってんで。でもな、思われてないこと思ってまうんや」
そういう性格なんや。
「そんとき思ったんや。『また真清にこの気持ちを飛ばしてもらえたらな』って」
「先輩……」
「結局のところ、俺は他力本願でどうしょうもないねん」
俺、何言ってるんや。
これじゃ、またネガティブなこと言ってるのと変わらんやん。
——ほんまは、真清しかおらんって言わな……
「俺がいないとダメって言われてる気分なんですけど……」
俺が言うべきことを、真清に言われる。
——真清は素直だ。
普通そう思っても、怖くて言い出せへんわ。でも、その素直さに乗っからせてもらうで。
「ダメって言ったら?」
「困る。困ります」
——困らせんのか……
「困るってどう困るん……話したくないとかか」
「話したい!……話したいよ‼︎」
俺は奥歯を食いしばった。
こんなん伝えなかったら後悔する。
「なぁ真清、好きやで」
「え?」
「真清が好きや。ちゃんと恋愛的な意味や」
真清は何も言わない。ただ、目を見開いて、どうすればいいか分からないという表情だ。
俺の背筋がジワっと汗をかく。
ぎこちない空気に耐えられそうにない。そこに追い討ちをかけてきたのは真清だった。
「俺、先輩とは関係を崩したくないな」
遠回しに恋人になる気はないと言われた気がした。
いや、言われた。
真清は、俺の気持ちをしっかりと恋愛の好きだと受け取ってくれている。
じゃあ、真清自身の気持ちには気づいているんか? やっぱり俺の勘違いなんか?
勘違いじゃなかったら、すれ違ったままになるんか……?
真清は、顔が整っているんだから恋愛感情を抱かれることは少なくなかったはず。ただ、この鈍感な性格から、見落としてきたもんもあるんやろうなとは思う。
——そうはなりたない。
「か、関係が崩れるってなんや」
「他の人に離れられても、一回話すだけの関係でもどうでもいいのに、先輩だけは無理。話せなくなるのが怖い」
関係を崩したくないって言ったクセに、甘い言葉を言われている気分になった。
——なんや。俺だけ特別扱いしてるやん……
「それ、俺には逆効果やで」
「え?」
「俺が真清のこと恋愛感情として好きなの分かってんやろ」
「うん……」
「分かった上で崩したくないからとか言ったんやろ?」
「うん。ごめん」
——そんなん。俺のこと好きって言ってるようなもんやろ。
「ほな、関係を崩すんじゃなくて積み上げるまでや」
豆鉄砲を喰らった顔をする真清を置いて踵を返そうとする。
——俺だって、そんなこと言われても、もう諦められないとこまで来てるんや。
人見知りとか、話せないとか……まだ大人数は無理やけど、頑張ろうと思えたのは真清のおかげやねん。
全部伝われ。なんのために全部話したと思ってるんや。崩してたまるか。
「先輩、待って————」
腕を掴まれる。真清の手が熱い。
——なんや?
振り向くより先に真清が肩のあたりに額を乗せて俯く。
俺の首筋よりももっと熱い何かを感じた。
「なんでそんな頑張ろうとするんですか……本当に俺がいたからなんですか?」
「……せやで」
心臓の音がうるさい。多分、真清に聞こえてるけど、静かになんてできなかった。
すると、真清が額を話したと思ったら俺の肩を掴み、向き合うようにくるりと回転させられる。
「わっ……!」
向き合った真清の頬が染め上がっていた。
「俺、手結先輩が好きなんだ……」
俺はうれしさから歯を見せて笑い、一歩前へ出ると思い切り真清に抱きついた。
抱きついた拍子におそろいの靴がコツンと当たる。
真清と同じ思い出の詰まった靴。
——あぁ。確かに靴を変えるのが、あまりにももったいないな。



