靴を変えるには、もったいない!



 ざわつく心に頭を悩ませる。
 悩んでも答えは出ないままだ。
 ——ー週間が全部、水曜一限やったらええのに……

 すると、廊下にスマホを片手に立っているだけの真清が見えた。
 ——ひとり?

「真清っ」

 姿が見えた瞬間、思わず駆け足で近づく。

「お! 手結先輩~〜!」

 名前を呼べば、笑顔で返してくれる。
 うれしくて、俺まで笑顔になってしまう。
 なんでうれしいとかは特に考えることはなく、俺の中では水曜一限以外で、話ができると内心ドキドキしていた。
 しかも、俺から初めて話しかけて成立する会話に心臓の音がうるさい。

「ひとりな……」
「真清‼︎」
「真清、早くね?」

 俺が口を開いたとき、背後からの複数の声に阻まれた。
 刹に真清の視線は俺を超えて、後ろから来た友人たちに切り替わる。

 ——ひとりなん?
 なんて、ありえない質問をするところだった。
 四、五人の男女に対して、笑顔で接している。その笑顔は、俺に向けた優しい笑顔というよりも明るい笑顔。
 笑顔で返すのは俺に対してだけではない。
 しかも、俺に向けている笑顔の種類がなんかちゃうんや。

 ひとりだと思って声をかけたはずが、一瞬で周りには明るい男女であふれた。
 真清が水曜一限以外にひとりでいることはないんやった。
 忘れていたわけではないけど、会えたうれしさから声をかけるのが先だったのだ。
 ——俺だけの真清とかほんまに何考えていたんやろうな。
 憧れという感情が、何か別の方へ動いている気がしてならない。
 いや、普段から会話をするということをしていなかっただけか?
 人と話すのが久々なだけだったから、話すだけで舞い上がってしまうのかもない。
 ——もう少し、人と話した方がええんちゃうか。
 俺は、小さく握り拳を作る。
 と、こちらへ視線が送りつけられ、顔を上げる。
 ——誰?
 真清の友人なのは確かだが、それ以上のことは知らない。
 誰かわからず、身体が硬直した。動かしたくても動かせないし、話すことはもっとできそうにない。
 すると、その友人が真清へ顔だけ動かして大きな声を出した。

「まっき~、この人誰ー?」

 真清を『まっきー』と呼んでいる人もいるらしい。すかさず真清がフォローを入れる。

「『この人』言うな! 先輩だ」
「マジ⁉︎」

 俺って驚かれるくらいには、先輩だと思われてないん? そりゃ真清に比べたら身長も顔も大人ぽくないし、平凡やけど。
 驚く真清の同級生と思われる人に、まじまじと見られ、一歩後ろへ下がる。

「すっげーかわい」

 はじめましての人の言葉に動揺する。
 その人からしたら素直な言葉なのだろう。
 訂正するどころか、細かに解説される。

「目でっかいし、背も小さいしめっちゃかわいいっす」
「ほんとだ! うらやましー」

 女の人も加わって、俺がかわいい話になる。
 ——真清に話かけただけなのに……
 顔を見られすぎて、どうすればいいか戸惑う。
 それに目の前に真清の友人たちのキラキラとした顔があり、褒められた言葉は受け入れられない。

「み、みんなの方がかわいいしかっこいいと思うで……明るいし」

 場がシンと静まる。
 ——俺、なんか言っちゃたんか……話さへん方が良かったんか……
 もう少し人と話した方がいいと決心したばかりで、衝動的に言葉を発してしまった。
 自分の放った言葉をどうしようかと思った時だ。

「こりゃ、真清も構っちゃうわ……」
「天然か」

 天然? 俺が?
 いや、それよりも聞き捨てならない言葉があった。
 ——真清が構うって何や?
 すると、話題に上がった真清が間に割り込んでくる。

「そーいや、今日のご飯どうなったんだよ。聞いてないんだけど?」
「あー、十八時で予約したわ」
「りょうかーい」

 人数の多さか、俺に興味がないからか話から話の移り変わりは早い。

「てか、先輩も来ます? 野ノ瀬さん来ますよ!」

 ——野ノ瀬さん?
 話の流れから今いない人というのは理解できるが、いる人の名前も分からない俺にとってみんなの話を聞くので精一杯になりそうだ。

「野ノ瀬さんがくる? 俺を出汁に使っただろ」
「許してください! 真清様! 仏様‼︎」
「許さないわ」

 真清が不機嫌な顔をする。
 俺の前では見せたことのない表情に、胸が鳴る。
 ——みんなの前では、俺の知らない顔するんや。
 不機嫌な顔なんて嫌なはずなのに、真清だったらどんな表情も見てみたい。

「許してよー。先輩は来ますよね?」

 あの野ノ瀬さん来るんすよー、と俺に言われても本人を見たこともないせいで何の誘い文句にもなっていない。というのは、気づいてないのだろう。
 でも、野ノ瀬さんとやらが真清目当てで来て……話したいだけなのだろうか。
 ズキッと音をさせた胸の意味を深くは考えなかった。

「先輩は、来な……」
「行こっかな」

 真清の言葉に、今度は俺が割って入った。

「マジすか‼︎」

 俺のことを誘った人に嬉しそうにされ、言ってよかったと思った。
 と同時に、小さく口を開けて驚いた表情をする真清がいる。
 俺でもびっくりした。
 人見知りなのに、時々ある謎の勢いに任せて返事した。
 ——まぁ、大体後悔するまでがセットやけど……
 すると、真清に耳元で囁かれる。

「先輩、いいんですか?」
「え? うん。別にええよ」

 俺の言葉に「そうですか」と顔を背けられ言ってはいけないことを言った気分にさせられる。
 ——なんや。その態度。
 真清と話してから、他の人とも話すべきというのは薄々感じていた。
 こんないい機会ほかにないだろう。
 自分のしたことを肯定するように、小さく頷いた。

 着いたお店は、お好み焼き屋だった。
 てっきり居酒屋に行くものだと思っていたから、声が賑やかな場所で、俺の声は届かへんのやろうな。くらいには覚悟していた。
 むしろそれを望んでいたのかもしれない。
 ——今さっき、良い機会とか思ってたんに……
 一、二、三……八人か。
 多分全員後輩。その中に混じる自分に対して、かなり異色さを感じてしまう。
 ——まぁ、みんなは何も思ってないんやろうけど……
 すぐに悪い方向へ進む思考回路を変えたい。
 ——また真清のひと言で変われればええのに。
 俺が自分に対して、ため息つくと真清に「大丈夫ですか?」と言われ「大丈夫やで」と返すと、「なら良いです」とみんなの輪の中へ入っていく。
 ——なんなんや……

 店内では四人ずつで机を挟むように座敷に座った。
 俺の目の前には女の人がふたりいて、ひとりは髪をひとつ結びにしていてもうひとりは緩く巻かれて下ろされている。そして隣は俺のことを誘った真清の友人。緩く巻かれた髪の女の人が野ノ瀬さんだというのは、美人すぎてひと目見ただけで理解できた。
 真清は、同じ列にもおらず対角線上。つまり、一番離れた席にいる。
 ——多分この女の人たちは真清と話したいんやろうけど、俺でごめんな。
 八人が一気に話すことはできず、なんとなく四人ずつで話している感じになり真清とは話す機会がなさそうだ。

「えぇ~、手結先輩お酒飲むんですか⁉︎」
「の、飲めるで。人並み程度には……」

 女の人だからとか以前に、知らない人であることで俺の人見知りが発揮されるのには充分すぎる。
 名前も知らない彼女たちの間で俺の名前が知られるのは、早く目が合った瞬間『手結先輩』と呼ばれた。
 女の人ふたりのうち髪の毛をひとつ結びにしている方がもうひとりに問う。

「野ノ瀬先輩は飲まないんですかー?」
「うん。今日はいいかな」

 ——野ノ瀬……先輩⁉︎
 俺と同級生なのか俺より先輩なのか判断つかず唖然とする。

「あはは。みんなと同級生だと思ってたでしょ?」
「あ、はい……」
「同い年だよ。手結くん」

 ——そうやったんだ。
 「そういや、自己紹介とかしてなかったな。真清と同級生の津田です!」」と俺のことを誘った隣にいる男の人を皮切りに、入店してから三十分以上経って始まった自己紹介。

「わたしは飯田って言います! わたしも同級生……というか、この場だったら野ノ瀬さんと手結先輩以外一年ですけどねぇ」
「わたしはいいか。ここにいる子みんなお酒飲める年齢じゃないからなんか楽なの。だから一年生に混ざらせてもらってるだけ」
「えー。それだとわたしたちが進級したら一緒にご飯行ってくれないってことですかー?」
「それだけじゃないけど」

 野ノ瀬さんが、耳を赤らめる。
 ——そうや。野ノ瀬さんは真清のために来てるんに、なんでこんなとこにおるんや?
 真清の周りに行くべきや。と、思ってるのに中々言い出せない。
 言えばいいだけやのに。
 俺は拳をキュッと握った。
 ——言えへんかった。

 食事がひと段落したところで、各々が動き出す。
 ——みんなすごいな。八人のうち誰かとじゃなくても話せるんや。
 ほぼ対角のような位置にいた談笑する真清と目が合った。

「手結先輩、ここ来てください」
「ん?」

 真清が隣を無理やり空けているようにも見える。
 言われるがままに、半分くらいビールの入ったジョッキを持って、隣に膝を立てて座った。
 ——あれ? 野ノ瀬さんは?
 真清の隣にいたいはずの野ノ瀬さんのことを左右に首を振って探す。野ノ瀬さんが、一番離れた対角線上にいるのを見つけ、呼ぼうとしたが声が出なかった。
 人が多いから。だけではない何かを感じる。
 いつもなら声をかけられなくて情けないと自分を罵るだけなのに、今はなぜか心の奥がモヤっとした。
 ——野ノ瀬さんが来たら、俺が話せなくなってしまう。
 ジョッキを握る手が強まる。

「酔いました?」

 座ってるだけで話そうとしていなかった俺に、真清が優しく声をかけてくれる。

「酔ってへん」

 「最初も最後も上がってる」と笑われる。一瞬で俺のイントネーションのことだとは分かった。
 ——しゃあないやん。直られへんし……
 俺はジョッキの中身を飲み干す勢いで、ぐいと、喉に流し込んだ。

「ビールっておいしいんですか?」
「ん? 人に寄るんちゃうか? あ、まだお酒飲めへんのやっけ?」
「そうですよ。まだ十八です!」

 飲み会に片手で数えるくらいでしか行ったことがないが、はじめにみんなビールを頼むし、同じ方が店員さんが楽だと思ったらクセで頼むようになったのだ。
 ——今日はノンアルでも良かったか。

「先輩ってお酒強い?」
「さぁ、あんまちゃんと酔ったことないな」
「そうなんですね。俺はお酒飲んだらどうなるんだろー」
「なんか真清は笑上戸になりそうやね」
「えー。想像できないです。そもそもお酒飲めるかな」
「ま、無理やり飲まなくてもな」

 とはいえ、真清の交友関係的に飲みそうだなと思ってしまった。きっと真清の誕生日に多くの友人たちと飲み明けるのが容易に想像できる。
 なんだか考えたくなくて、くいと、ビールを流し込む。すると、真清が俺の想像と間反対なことを言い出して喉に支えてしまった。

「初めてのお酒は、手結先輩と飲もっかなー」
「なっ……! けほっ!」

 「大丈夫ですか⁉︎」と焦る真清に「びっくりしただけや」と答えると、「何に⁉︎」と驚かれた。
 ——びっくりするに決まってるやろ。お酒が飲めるようになる日とか人生の中で一回しかなくて、大多数が大学生なんやから、一大イベントのような扱いや。
 それを俺と一緒に飲むとか……なんか特別扱いされているような……気のせいか。
 連動するように胸のあたりがあったかいのも、顔が熱いのもお酒のせいだ。多分。
 すると、向かいにいた男子ふたりが俺たちの会話に割って入ってくる。
 
「まっきーは甘えそう!」
「俺が⁉︎」
「めんどくさそー」

 何人も会話に参加してきたことで、俺は口を閉じた。

「甘えるとか分かんない」

 分からないと真清は言うが、またもや俺が想像するのは容易かった。
 真清が甘えたら肩とかに頭乗せたり、まだ帰りたくないと言葉にしてくれたりするのだろうか。
 なんとなく甘えられるのを想像してしまい、ふいと視線をそらした。
 ——甘やかす自信しかないな……
 俺に甘えるだなんて決まっているわけないのに、想像までした自分が恥ずかしい。と同時に、他の人に甘える姿を考えたくないと思う。

「先輩?」
「何?」
「こっちの台詞だよ! 突然そっぽ向くなんて!」

 頬をわざとらしく膨らませ、「先輩も面倒だと思うんだー」と拗ねる。

「べ、別に、面倒だとは思わへんよ」

 ——面倒に思うどころか、甘えてほしいと思ってしまった。
 なんて、言えるはずがない。
 そして、想像したすべてが恋人としての視点だったなんて。
 どうして?
 答えなんてひとつしかなくて、腑に落ちた気持ちは今までの俺の感情の変化にピッタリと当てはまってしまう。

 ——俺、真清が好きなんや。

 好き。恋人として隣にいたいと思ってるんや。

「先輩しか勝たんですよー。みんな冷たいんですもん」
「先輩て、わたしも入るのかな?」

 ——野ノ瀬さんや……
 同い年だから全然あり得る話だ。
 真清のことをじっと見て回答を待つ。
 ——野ノ瀬さんも含めた『先輩』やったら嫌やな。

「俺にとって、先輩は手結先輩のことです」
「そんなの後付けじゃないの」
「だからなんですか」

 ——な、仲悪いん……?
 言い合う真清と野ノ瀬さんを他の人は、まったく気にしていなさそうだ。

「ふたりとも、やめ……!」

 ぐいと、腕が引っ張られる。真清が俺を腕の中に引き込んだんだ。
 ——なんや⁉︎

「俺、先輩と話してるんで邪魔しないでください」
「ご飯に来てるんだから、みんなと話すべきよ。ふたりで話したいなら出かけでもしなさい」

 野ノ瀬さんがプリプリと怒っているが、ごもっともだ。
 ——対して真清はなんでそんなに焦ってるんや。
 てか、近い。真清の足の間に収まった俺は、緊張で固まってしまう。
 耳の後ろあっついわ……

「あ! 何やってるんですか! 真清にぎゅーされてていいなあ」

 飯田さんも割って入ってきて、一気にいろんな人たちに囲まれる。
 ——飯田さんは真清が好きなんかな……
 自分が好きだと自覚したら、今まで人気なんやな、くらいにしか思っていなかったみんなの真清への視線が好きなんじゃないかと考えるようになった。

「わたしがいるじゃない」
「野ノ瀬先輩かー」

 飯田さんの目線を左右に振りわざとらしく他の人を探す姿に、真清が「痴話喧嘩」とボソッと呟く。

「手結先輩いいですー! わたしと同じくらいの身長ですよね?」
「た、多分?」

 ——身長?
 俺の方が少しは高いけど、さほど変わらないと思う。

「えっ! じゃあ……」

 飯田さんが手を広げて見せる。
 ——なんや⁉︎ このノリ!
 視界の端に映る野ノ瀬さんがすごい形相をしている。
 ——俺にそんな顔されても……
 俺が助けを求められそうなのは真清しかいなく、上目遣いで視線を送る。
 真清は、手を口で軽く抑えた。
 ——笑ってる? ちゃうな。我慢?
 何を思っているのか、全部知りたくなってしまうのも好きだと自覚してしまったから。

「ダメー。先輩は……俺が……」
「真清?」

 言葉を詰まらせる真清を不思議に思う。
 もっとふざけた感じで止めてくれると思ってただけなのに、腕の力も強められ必死に「嫌」と言われている感覚になる。
 ——都合が良すぎるか。

「なんでもないです! 飯田の代わりにもっとハグしてあげますね!」
「い、いらん!」

 「ちぇ」と、不満をわざとらしく口にし腕を下された。

 ——ハグくらい、すればええのに。むしろ、する機会なんてないのに、何遠慮してんねん。
 いや、遠慮ちゃうな。
 ——代わりなのが嫌なんや。
 好きだから、言葉ひとつでモヤモヤを通り越して、深く考えてしまうようになった。
 ——恋愛とかいつぶりやろな。

 飲み会が終わりに向かう雰囲気がする。
 長かったような短かったような……お酒を飲んでも緊張でまったくアルコールは回らなかった。

「俺の靴どこー?」
「まっきーのこれじゃね?」

 真清の声に、津田くんが一足のスニーカーを手に取った。

「これじゃないわ。それ手結先輩の」

 そう言って、真清が俺の前へ靴を揃えてくれる。
 ——今日おんなじ靴だったんや。
 
「同じなの⁉︎」
「今日はそうなった」

 ——偶然おんなじになっただけやんな。
 俺は緩みかけた口元を抑える。
 普段からいろんな靴を履く真清にとって、靴は靴でしかない。
 俺と同じだから履くとかではないのは分かっていたつもりだった。
 ——こんなにうれしくなるとか聞いてないねん。

「おそろっちですね!」
「う、うん。おそろっち」

 好きってこんな些細な会話で、心臓の音が早くなるんだ。

 店の外に出ると、津田くんが手をピシッと上げている。

「二次会行く人ー!」

 「飲みでもないのに二次会ってなんや?」と真清に聞くと、「あー多分、ラウツーですよ」と言われる。ラウツーは、いろんな室内スポーツで遊べる施設のことだ。
 ——今から身体動かすんや……
 正直、行ける元気はなかった。
 一年分のコミュニケーションをしたと思ってしまうくらい、疲れている。

「真清は行くんか?」

 疲れてはいるが、懸念していることがあった。
 万が一にも、飯田さんとか真清に気がある人と遊ぶんやったら……という思考がよぎる。
 ——そうなったら、水曜一限も来れなくなるかもしれへん。
 
「先輩が行くんだったら行きますよ」
「なんやそれ」

 俺が行くか行かないかで決める意味が分からない。
 それに先輩は俺だけじゃない。

「先輩て……」
「手結先輩だけです」

 得意げになる真清は、「当たり前じゃないですか」と続けた。
 ——当たり前じゃないやろ。
 本当だったら、俺以外にも話している先輩はいる。いくら誰にでも好かれている真清でも、先輩が俺だけなんて失礼なことは言えないだろう。
 ——野ノ瀬さんは例外ぽいけどな。
 それなのに、それで喜んでいる自分がいる。

「そこ二人はー?」

 投げかけられた声に「どうします?」と、真清に言われ、「俺は遠慮するわ」と言う。
 すると津田くんに聞こえる声で、真清が返事する。

「先輩行かないらしいから行かないー」

 そんな言い方……
 ——いや、これでよかった、はずや。
 お店の前で解散となり、二次会に行かなかった俺たちが取り残される。
 真清とふたりになったところで、当然することもないため解散一択だ。

「バイバイやね」
「はい!」

 ——嫌や。
 先に挨拶をしたのは俺なのに、帰りたくない気持ちが沸々と湧く。

「やっぱ、に、二次会行こうかな」
「え、みんな行っちゃいましたよ⁉︎ 先輩も参加したいって連絡しますね!」

 スマホを出され、瞬時にトーク画面が見えた。
 ——ちゃう。そんなことしてほしくて言ったんちゃうから。
 俺は画面に手を乗せる。

「先輩?」
「行かへんから」
「俺が行くって言ったら、真清も行くって言ったやろ」
「言い、ましたね。でもあれは先輩が行かないの分かってたから……」

 ——え?
 行かないって言うのが分かってて言ったんか?
 真清は二次会に行きたくなくて、でも、みんなとも波風立てたくないからあんな言い方したんか?

「はじめから行く気はなかったってこと?」
「うん。先輩人見知りだから……利用したみたいでごめんなさい。今からでも先輩だけ行ってもいいと思いますよ」

 真清が頭を下げる。
 ——実際利用してるやん。
 ……やけど、そんなのどうでもええ。
 むしろめっちゃ利用して。
 俺もそれを使い倒してやんねんから。

「真清も来ると思ったから言ったんや……」
「な、にそれ……」

 耳も首も、ありとあらゆる肌が熱を持つ。
 ——夜で良かった。
 心臓の音がうるさくて、真清がどう思ってるのか怖くて、でも聞きたくて……

「一緒に行くって言ってほしかったって言われてます?」
「そう言った」
「何それ……」

 ——一緒に行かんでも、一緒におればええねんけど……

「先輩、やっぱ人見知りですね」
「ん?」
「結構盛り上がってたじゃないですかー!」

 俺の気持ちは遠回りしてるといつまでも伝わりそうにない。
 ——普通、ここで意識するやろ。

「そういうことちゃうって……」
「そういうこと?」

 ここで素直に言えれば良かったのかもしれない。一緒にいたかっただけや。と。

「人見知りやけど、真清がおらんでも話せるに決まってんねん」

 ——真清と席離れても話せてはいたし、嘘はついてへん。
 真清は少しの間、考えているように見えた。すると、真清の手が視界に伸びてくる。
 ——何や?
 思わず、目をキュッと瞑ったところで肩にポンと置かれる。
 な、なんや。肩か。
 ——顔、触られるかと思った……
 
「なんか今、猛烈に嫌になりました」

 ——どういう状況や。
 肩に手を置く真清の手が少し震えている。

「何に対して嫌になったんや」

 ——俺が一緒にいたいって言ったこと? それとも……

「他の人と俺なしで話してることです」

 直感が俺のこと好きやろ。と知らせてくる。せやけど、言えるわけないねんな。
 むしろ、反抗的な言葉ばかり出てくる。

「そんな、俺だって友達がいないわけとちゃうし……そんなん言われても……」

 内心は、顔がにやけそうなくらいにうれしかった。でも勘違いを疑う余地はありすぎる。
 真清は陽キャやし、こういうことを言うのは俺だけではないかもしれない。

「そう、ですよね」

 悲しそうにする真清に、胸がキュンと鳴る。
 ——あかん。どんどん好きになってる。
 真清に俺が好きだって肯定してほしい。
 ——どうしたらええんや……