本当に好きだから伝えられないとか、信頼しているから話せないとか、誰にも言えないものが心の内にはあるもので、きっとそれはこの先一生誰の元にも届かない。自分だけが知り得たまま、火葬される自分と一緒に燃えてしまうもの。そのことだけが少し寂しかった。友人に「誰にも言えないこととかあんの?」と訊ねると、「親友のお前にだって言ってないことはあるよ」と言われた。生憎、僕だって同じ。全てを知っているのは自分自身であって、他に誰も知る由はない。たとえ口が滑ったとしても、それが全貌を表すわけでもない。
今でも覚えている。「誰にも言っていない秘密はありますか」と幾人に訊ねたことを。或る女性は「浮気をしています」と誇らしげに語っていて、それが自分の地位だと思っているようだった。或る男性は「友達をいじめていたこと」と控えめに語っていて、後ろめたさを雰囲気から放っていた。幾つもの秘密を聞いてきた中で、「そんな回答をするんだ」と思う女性と出会った。その人は僕の訊ねを鼻で笑い、「秘密って口にしたら台無しじゃないですか」と言った。「バレていないから秘密なんですよ」とも続けられる。視線を逸らした。
「あなたは秘密とかあるんですか」と訊ね返された。頭の中には秘密があって、それを口にしてしまえば女性に知られてしまう。さほど面識があるわけでもないから、口にしたところで忘れられてしまうだろうけど、もし、僕の秘密を忘れられなければ。秘密という弱点を女性に握られてしまう。モゴモゴとして何も言えていない僕に対し、「ほら、言えないですよね」と女性はまた鼻で笑いながら言ってきた。「容易に秘密なんて訊くもんじゃないんですよ」とも言われ、何も言い返せない僕はただ女性の肩越しにある月を眺めていた。
「強く言い過ぎましたね。でも」と女性は俯く。それを見逃すまいと思い、「でも?」と訊ねると「秘密を知ってもいいことはないですよ」と話してくれた。氷山の一角であって、女性は過去に何かあったのかもしれないと思ったけど、それ以上を訊く勇気を持ち合わせてはいなかった。「知ったところで何も変わらないですからね」と返し、また月を眺めた。僕の視線に気付いた女性も同じ方向を向き、欠けた月を眺めていた。「ここで話したことも秘密ですね」と言うと、「私とあなただけの」と返され、あぶね、恋をしそうになった。
「遅いので帰ります。お話ができて良かったです」と女性はお辞儀をして、僕から遠ざかっていった。駅に向かっているのだけど、その方向には月があって、月に帰っていくように思えて少しだけ可笑しい。見えなくなる際、女性は一度だけ振り返って手を振ってくれた。付き合っているわけではない。ただ時間を合わせて話をしただけなのに。月が普段より輝いて見えた。その日以来、女性とは一度も会えていない。この思いも、いつか僕と一緒に燃える。
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今でも覚えている。「誰にも言っていない秘密はありますか」と幾人に訊ねたことを。或る女性は「浮気をしています」と誇らしげに語っていて、それが自分の地位だと思っているようだった。或る男性は「友達をいじめていたこと」と控えめに語っていて、後ろめたさを雰囲気から放っていた。幾つもの秘密を聞いてきた中で、「そんな回答をするんだ」と思う女性と出会った。その人は僕の訊ねを鼻で笑い、「秘密って口にしたら台無しじゃないですか」と言った。「バレていないから秘密なんですよ」とも続けられる。視線を逸らした。
「あなたは秘密とかあるんですか」と訊ね返された。頭の中には秘密があって、それを口にしてしまえば女性に知られてしまう。さほど面識があるわけでもないから、口にしたところで忘れられてしまうだろうけど、もし、僕の秘密を忘れられなければ。秘密という弱点を女性に握られてしまう。モゴモゴとして何も言えていない僕に対し、「ほら、言えないですよね」と女性はまた鼻で笑いながら言ってきた。「容易に秘密なんて訊くもんじゃないんですよ」とも言われ、何も言い返せない僕はただ女性の肩越しにある月を眺めていた。
「強く言い過ぎましたね。でも」と女性は俯く。それを見逃すまいと思い、「でも?」と訊ねると「秘密を知ってもいいことはないですよ」と話してくれた。氷山の一角であって、女性は過去に何かあったのかもしれないと思ったけど、それ以上を訊く勇気を持ち合わせてはいなかった。「知ったところで何も変わらないですからね」と返し、また月を眺めた。僕の視線に気付いた女性も同じ方向を向き、欠けた月を眺めていた。「ここで話したことも秘密ですね」と言うと、「私とあなただけの」と返され、あぶね、恋をしそうになった。
「遅いので帰ります。お話ができて良かったです」と女性はお辞儀をして、僕から遠ざかっていった。駅に向かっているのだけど、その方向には月があって、月に帰っていくように思えて少しだけ可笑しい。見えなくなる際、女性は一度だけ振り返って手を振ってくれた。付き合っているわけではない。ただ時間を合わせて話をしただけなのに。月が普段より輝いて見えた。その日以来、女性とは一度も会えていない。この思いも、いつか僕と一緒に燃える。
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