つい先日、映画館に行ったときのこと。僕の前の席に老夫婦が座っていて、映画が始まるまでの予告編を眺めていたのだけど、旦那さんが「これ一緒に観に行こうね」と話しかけていて、「そうね」と奥さんも返していて、どちらかがいなくなるという未来は想像していないのだと思った。例えば、次の日に旦那さんが亡くなったとして。奥さんは悲しくて悲しくて堪らないだろうけど、その予告編で流れていた映画が上演されたとき、また悲しくなる。生きているだけなのに、やがて悲しくなる思い出が積み上がっていく。まだ悲しくない。
僕は持っていたポップコーンを食べながら、老夫婦の会話を聞くつもりはなかったのだけど聞いていた。ふと、母親の顔が過ぎる。先日、「東京に1人で行ってきた」と話をしてくれた。何はともあれ、人生を楽しんでいるのなら気にすることはないけど、母は父と一緒に映画館へ行くことはできないんだよなと思った。「この映画を一緒に観よう」と言いたくても、父はこの世にいないわけで、その台詞を僕や姉に言ってくることがある。寂しさを感じさせないように少しお茶らけて、「暇だったら観よう」と付け加える。それが愛だろうけど。
映画が始まった。次第に暗くなっていくシアターには、僕と老夫婦を含めて9人ほど。僕だけが1人で、他は2人組で来ているみたいだった。また、老夫婦に目がいく。旦那さんが映画を真似てふざけているのに対し、奥さんが「やめてよ」と小声で抑制をしている。映画を観に来たのに、僕は老夫婦にばかり視線を奪われてしまった。「仲良しで羨ましい」と思いながら映画に視線を戻したのだけど、さっきまで観ていたシーンはもう終わっていて、もう繋がりが分からなくなった。また、旦那さんがふざけだした。奥さんは映画に集中している。
以前、「悲しいことは何ですか」と訊かれたことがあった。その当時の僕は「大事な人や物が僕から離れていったら」と答えていたのだけど、今なら「当たり前は悲しくなる前触れ」と答えるかもしれない。喜怒哀楽に慣れてしまったとき、それを失う恐怖を抱いておかなければ、やがて悲しくなるのだと思う。そんな話を友人にしてみると、「どうせ全部結末は悲しいんだから楽しめよ」と言われた。そのときは笑って過ごしたけど、家に帰って1人になってから「結末は悲しいってなんだよ」となった。友人の笑い声が、耳に残っている。
気付くと音楽が流れていて、エンドロールが下から上へと流れている。奥さんが「いい映画だったわね。あの人が犯人だとは思わなかった」と囁いていて、「俺は犯人だと思ってたよ」と旦那さんは強がり、「いい映画だったな」と返していた。シアターが明るくなり、客が出口に向かって歩き出す。その出口を通れば、もう出会えないかもしれないのに。老夫婦は手を繋ぎながら1歩ずつ階段を進み、出口を通る。奥さんがポケットから半券を取り出したとき、ハンカチを落としていた。僕はそれを拾い、「すみません」と声をかけて渡すと、「ありがとう」と目を見て言われた。これが父と母だったら、どれだけ良かっただろうか。
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僕は持っていたポップコーンを食べながら、老夫婦の会話を聞くつもりはなかったのだけど聞いていた。ふと、母親の顔が過ぎる。先日、「東京に1人で行ってきた」と話をしてくれた。何はともあれ、人生を楽しんでいるのなら気にすることはないけど、母は父と一緒に映画館へ行くことはできないんだよなと思った。「この映画を一緒に観よう」と言いたくても、父はこの世にいないわけで、その台詞を僕や姉に言ってくることがある。寂しさを感じさせないように少しお茶らけて、「暇だったら観よう」と付け加える。それが愛だろうけど。
映画が始まった。次第に暗くなっていくシアターには、僕と老夫婦を含めて9人ほど。僕だけが1人で、他は2人組で来ているみたいだった。また、老夫婦に目がいく。旦那さんが映画を真似てふざけているのに対し、奥さんが「やめてよ」と小声で抑制をしている。映画を観に来たのに、僕は老夫婦にばかり視線を奪われてしまった。「仲良しで羨ましい」と思いながら映画に視線を戻したのだけど、さっきまで観ていたシーンはもう終わっていて、もう繋がりが分からなくなった。また、旦那さんがふざけだした。奥さんは映画に集中している。
以前、「悲しいことは何ですか」と訊かれたことがあった。その当時の僕は「大事な人や物が僕から離れていったら」と答えていたのだけど、今なら「当たり前は悲しくなる前触れ」と答えるかもしれない。喜怒哀楽に慣れてしまったとき、それを失う恐怖を抱いておかなければ、やがて悲しくなるのだと思う。そんな話を友人にしてみると、「どうせ全部結末は悲しいんだから楽しめよ」と言われた。そのときは笑って過ごしたけど、家に帰って1人になってから「結末は悲しいってなんだよ」となった。友人の笑い声が、耳に残っている。
気付くと音楽が流れていて、エンドロールが下から上へと流れている。奥さんが「いい映画だったわね。あの人が犯人だとは思わなかった」と囁いていて、「俺は犯人だと思ってたよ」と旦那さんは強がり、「いい映画だったな」と返していた。シアターが明るくなり、客が出口に向かって歩き出す。その出口を通れば、もう出会えないかもしれないのに。老夫婦は手を繋ぎながら1歩ずつ階段を進み、出口を通る。奥さんがポケットから半券を取り出したとき、ハンカチを落としていた。僕はそれを拾い、「すみません」と声をかけて渡すと、「ありがとう」と目を見て言われた。これが父と母だったら、どれだけ良かっただろうか。
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