いつか幸せになる君へ

今は付き合っているから幸せに変わりないけど、別れたら恋人の影響で好きになった料理も音楽も場所も、呪いでしかない。その料理を作ろうと思い立つとき、1番に思い浮かぶのは恋人の嬉しそうな顔だろうし。この音楽を聴こうと流したとき、1番に思い浮かぶのは恋人の横顔かもしれない。気付かず訪れた場所が思い出の中にあって、ふと恋人を懐かしがるかもしれないし。別れても会いたさがあって、再び会ったけれどあの頃の恋人ではないかもしれない。例えば笑い方が、例えば名前の呼び方が、あの頃とは違っていて少しだけ悲しい。まだ別れたわけではないから、そんなに考えても不安でしかないけど。そんなことを考える夜がある。

昨夜、一通の連絡が届いた。「彼氏と別れて一週間が経つんですけど、まだ彼と付き合っている感覚なんです。別れてるけど」と書かれたメッセージに続いて、「何をしても彼がいると思ってしまうんです。SNSで偶然流れてきた曲で彼が踊っていたことを思い出したり。忘れたいです」と送られてきた。何を返しても忘れることはできないと思い、ただそのメッセージにリアクションをしてスマホを閉じた。もう薄れてしまったけど、今でも恋人との別れは頭の中にあって、瞼を閉じたら瞼の裏にその人の顔が現れてくる。そして悲しくて、でも眠ってしまう。起きたら涙が頬を伝っていて、ベッドに雫が垂れる。まだ悲しい。

スマホが明かりをつけ、また通知を知らせる。「忘れる方法を教えてください」と書かれたそれを見て、さっきの人だとすぐに分かる。「そんなもんないんだけど」とボソッと言いながら、どうすれば納得いくかを考えた結果。「恋愛って相手を呪うことであって、こちら側が忘れようと思う限りは忘れられないよ」と返し、「別のことに熱中すれば、自ずとその人は消えていくね」と続けた。「ありがとうございます!」と、さっきまで悩んでいたとは思えないような溌溂とした返信が届いた。「また何かあったら連絡して」と返し、その人との会話はそれで終わった。まだ僕は呪われていて、きっとそれは消え失せることがない。

数年前、彼女を亡くした。あれは雨が降っている日だった。傘を忘れた僕は彼女に連絡をして、傘を持ってきてもらおうと思ったのだけど、駅に向かう彼女は途中で事故に遭ってしまった。雨、滑りやすくなっていてスピードを出した車がカーブを曲がり切れずに突っ込んでいったのだと。スマホには連絡をした履歴が残っているのに、彼女だけがこの世にいない。後を追おうと思ったけど、友人がやけに僕を気遣ってくれたのか、毎日家に来ては話をしてくれた。今日、彼女のお墓に行った。彼女のお母さんが手を合わせていて、それを見ただけで僕は泣いてしまった。まるで彼女が亡くなったことを象徴しているような気がして。

あのとき、折り畳み傘を持っていれば。もしくはタクシーで家まで帰っていれば。そんなことばかり思い浮かんでも、彼女は帰ってこない。雨が降っても傘を持てなくなった。なんなら、雨の日は家から出られなくなった。まだ、彼女とは別れていない。だから幸せに変わりないけど、彼女があの日、持っていた傘が僕のもとへ帰ってきた。持ち手には温もりがなくて、彼女の温度はこの世から消えていた。生前、一緒に或るアーティストの音楽を聴いたことを思い出した。「これ聴いて」と送られてきて、彼女が家に来たときに一緒に聴いた音楽。それを久しぶりに聴いた。少しだけ涙が出る。その涙は彼女と過ごしていたときに流したものと同じ温度で、僕の頬を伝っていく。彼女に受けた呪いは、僕にとっては愛だ。

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