【完結】騙され裏切られ婚約破棄された令嬢が死の偽装工作をして消えた結果のチェックメイト

公爵家へ帰宅後
エレンシアは食事もとらず何もせず
天蓋付きのベッドで横になりただ何もない天井を見続けた。
その瞳は、光はなく闇を帯びていた。
これを続けていくら時間が経った?
分からない。時間の感覚でさえも麻痺していた。

一つの記憶が流れ始める。
あれは王太子、ヴァレンと婚約して
半年が経ったくらいの頃だ。
今でもなお、覚えているあの日かけられた言葉。
そう
「王太子妃になるであろうお前が俺に感情を見せるな。」
ヴァレンが剣の稽古をしていた際に怪我をしてしまい
寄り添おうとしていた時に冷めた瞳でかけられた言葉。
喜怒哀楽の全ての感情を見せるな。
そうじゃなければ王妃として失格だ。
と吐き捨てられて以降、エレンシアは必死に
感情を押し殺そうとしていた。
喜ぶことも、怒ることも、哀しむことも、楽しむことも。全ての感情を無理やりに。
彼を愛していた訳でもない。
ただ、彼の隣に相応しくあろうと努力した。
その代償として
感情というものが消えてしまい、その感情すらも
どういうものなのかと分からなくなってしまった。
けれど、彼の隣に相応しくあろうとする以上
必要な犠牲だったと思い続けた。
そして彼に寄り添い続けた。
それなのに
「エレンシア、お前は本当に感情がない。
婚約破棄すると宣言したというのに動揺もしないとは…。さすが社交界の氷花と呼ばれる程でもある。」
「嫉妬が理由で威圧し平手打ちをし人の物を壊すような
卑劣な悪女であるお前が王妃など務まることなど到底無理だ。」
必死に努力した時間も、積み重ねてきた時間も
全て。無意味になって消えてしまった。
そして代償となった感情も帰ってこなかった。
「もう疲れたな…。」
そう呟いた時ふとベッドの先にある
テーブルに置いてある月光に照らされた1つの瓶が
チラついた。
最近、不眠が続き医師から処方してくれた睡眠薬。
鉛のように重たい体を起こし、ベッドから立ち上がり
机の前に立つ。そして、瓶を手に取る。
蓋を開けて、右掌に瓶を傾けてみると幾つもの
白い錠剤がポロポロと溢れてきた。
不思議と、それが救いのように見えていた。
こんな悲しく苦しい現実から
救ってくれる光のような存在。
「…これで全てを終わらせられる。」
必死に感情を殺し続けた日々、努力した日々と
辛かったもの全てが
この薬が消してくれるだろう。
「お父様、お母様、お兄様。
先逝く私をどうか…許して…」
そうして口元へ運ぼうとしていた。
その時だった。
「お嬢様…?」
エレンシアの専属侍女であるカリナが
偶然、扉を開いた時にエレンシアが沢山の睡眠薬を手に取り飲もうとしていた所を目の当たりにしてしまう。
「あっ…」
カリナと目が合ってしまい
思わず手のひらに沢山あった錠剤を落としてしまう。
カリナは青ざめた表情をしてからすぐに部屋から離れていった。おそらくお父様達に自殺しようとしていたことを話に行ったのだろう。
エレンシアは膝から崩れ落ちる。
扉の先から慌ててこちらへと走ってくる
音が響いてきて扉が思い切り開かれる。
「エレンシア!!」
部屋に入ってきたのは父と母と兄。
カリナの報告を聞いてすぐさま来た様子であるように見える。
床にばら撒かれた錠剤、そして虚ろな目をする
エレンシアを見て三人は青ざめた。
「エレンシア…お前…。」
呆然とした声で言う父。
「あなた…本当に…。」
声を震わせながら涙を流しながら言う母。
「ふざけるな…!」
と怒りを滲ませるが目には涙が溜まっている兄。
「エレンシア、お前が死ぬ必要なんてないのだぞ。」
そう父に言われる。
けれどエレンシアは、三人を見つめながら呟く。
「でも…、私は…。」
呟くのと同時に目の前が曇っていく。
「私は…全て失ったんですよ…。
王太子妃の座も、名声も、名誉も。全て…。」
「私には何も残っていないというのに…。」
枯らしたはずの涙が、流れて床を濡らしていく。
「何も残ってないわけない。」
そう強く言って父はエレンシアの肩に手をおく。
「我々がいる。そして、公爵家(この場所)がある。」
「だから、何もないわけではないのよ。」
「そうだ。」
そう三人に言われた時。
「…っ」
涙が溢れ出てくる。
喉が詰まりながら。
「ごめんなさい…っ」
エレンシアは声をあげて泣いた。
そんなエレンシアを三人は優しく抱きしめた。

エレンシアは、母の腕の中で子供のように泣き続けた。
「うう…っうっ…」
そんなエレンシアを見て三人は
どれほどエレンシアが傷つけられたか、追い詰められていたのかと。胸が痛むのと同時に怒りも湧いた。

しばしの時間が経った後、
泣き止むエレンシア。
泣き続けたせいか目の下が腫れていた。

それを見て父は口を開く。
「エレンシア。」
母の腕の中で父の方を向くエレンシア。
「よく頑張ったな。」
エレンシアの前までやってきてしゃがみ込み
頭を優しく撫でてから真っ直ぐエレンシアを見つめる。
「もう、お前は頑張らなくていい。」
「え…?」
驚いた表情をするエレンシア。
「お前は十分に頑張った。」
「これからは、自由に生きなさい。」
その言葉にエレンシアは困ったような顔をする。
「ですが…私は貴族の人間です。
自由に生きるなど…。」
「貴族?そんな地位などよりもお前の命の方が大切に決まってる。」
断言して言う。
それから父は話す。
「私に一つの提案がある。」
「提案って…。」
「エレンシア・ルイナを亡きものにする。」
エレンシアと母と兄は呆然とした。
父は話を続ける。
「お前を婚約破棄されたことにより憔悴したことで
自殺したことにする。」
「そしてエレンシアが死んだという話題になっている中でエレンシアお前を遠い地に送る。」
淡々と告げる父。
「公爵家と交流のある孤児院へ送り、そこで
エレンシア、好きに生きろ。」
貴族としてのエレンシアではなく
ただ一人の人間としてのエレンシアとして。
好きに生きる。
今まで考えてこなかったことだった。
全ての話を聞いた兄は立ち上がる。
「俺も父上の提案に賛成します。」
「お兄様…。」
「エレンシア、もうお前はこの国に縛られることはないんだ。」
優しく告げる兄。
隣にいる母も頷き、エレンシアの手を優しく握り
「あなたには幸せに生きていて欲しいの。」
自分が幸せに生きてい欲しいと願う三人を見て
胸が熱くなる。
「本当に…生きていてもいいのですか?」
震えながら問いかけるエレンシア。
「勿論だ。」
と即答する父。
「…っ」
再び涙を流すエレンシア。
先程とは全く違う意味の涙。
私はまだ生きてていいんだという嬉しさの涙だった。