物置令嬢の契約結婚 ~旦那様が健康になっていくのが楽しいだけだったのに、いつの間にか溺愛されています〜

「お前の嫁ぎ先が決まった」

 父に書斎へ呼び出されたのは、私が二十歳を迎えた冬のことだった。煙草の紫煙が漂う重苦しい応接間には、父のほかに、継母と美弥子様も長椅子に腰を下ろしていた。私には座る椅子すら用意されておらず、部屋の中央で立ち尽くすしかなかった。

「お相手は、どちらの方でしょうか」
「久城伯爵家の嫡男、冬真殿だ」

 父は、まるで不要なゴミを処分できたかのように、面倒くさそうに吐き捨てた。

「あちらは『家柄さえ確かなら、相手は誰でもいい。女なら何でも構わない』と仰っている。お前のような何の取り柄もない、薹(とう)が立った娘でも引き取ってくださるのだ。せいぜい感謝して、明後日にはこの家を出ていけ」

 思いがけない名門の家名に、私は思わず目を瞬いた。久城家といえば、旧くから国政に深く関わってきた由緒ある伯爵家である。
 嫡男の冬真様は、若くして陸軍参謀本部に入り、優れた作戦立案によっていくつもの功績を立てた人物だと聞いている。

 一方、彼は社交界では別の意味でも有名だった。母親が北方の異国出身であるため、銀に近い灰色の髪と、薄青い目を持つ。肌は雪のように白いのだが、人並み外れて大柄な体躯には脂肪が纏わりついているという。その威圧感のある巨躯と異国風の容姿をあざけり、陰でつけられたあだ名が『白豚参謀』である。
 「夜な夜な豚のように生肉を喰らっている」「見合い相手を睨みつけて気絶させた」といった真偽の定かではないおぞましい噂が絶えない。加えてひどく気難しい性格らしく、これまで持ち上がった縁談もことごとく破談になっているのだという。

 美弥子様が扇子で口元を隠し、くすくすと嫌味な笑い声を漏らした。

「よかったわね、お姉様。お金持ちに嫁げるなんて。お相手が、あの白豚参謀でさえなければ、羨ましかったのだけれど」
「美弥子」

 継母が咎めるような声を出したものの、目は明らかに嘲るように笑っていた。私は静かに息を吸い込み、父に向かって深々と頭を下げた。

「ありがたいお話でございます。謹んでお受けいたします」
「なっ……」

 美弥子様が、ピタリと笑うのをやめた。

「本気なの、お姉様」
「はい。久城様は、若くして軍の参謀を務めておられるほど優秀な方なのでしょう。そのような方が私を妻に選んでくださるなんて、光栄です」

 皮肉や嫌味がまったく通じず、純粋にこの縁談を喜んでいる様子の私を見て、美弥子様はひどく面白くなさそうに「チッ」と舌打ちをした。
 父も私の能天気さに呆れたのか、「勝手にしろ」とばかりに手を振って、私を部屋から下がらせた。