「お姉様、よく笑っていられるわね」
ある春先の朝、美弥子様が呆れたような、あるいは苛立ったような声で言った。
私は玄関先の冷たい三和土(たたき)にしゃがみ込み、泥のついた草履をたわしで洗っていた。美弥子様はその傍らに立ち、わざわざ私の手元へ泥を跳ね上げるように、自分の履いていた草履の足をぶんと振った。
冷たい泥水が私の頬に飛び散ったが、私は手を止めなかった。
「そんな汚い仕事をさせられて、惨めではないの?」
「惨めだと嘆いて座り込んでいても、草履は綺麗になりませんもの」
私が顔を上げてにっこりと笑うと、美弥子様の美しい頬が、ピクリと引きつった。
「……馬鹿にしているの?」
「いいえ。美弥子様の草履も綺麗にしておきますね」
「結構よ!」
美弥子様は顔を真っ赤にして腹立たしげに叫び、足音荒く奥へと去っていった。私は袖口で頬の泥を拭い、再び草履に向き直った。冷たい水が手に染みた。
もちろん、何をされても平気なわけではない。理不尽な言葉を投げつけられれば胸は痛むし、食事を抜かれればお腹はすく。悔しくて、情けなくて、薄い布団の中で声を殺して泣く夜もあった。
父に一度でよいから庇ってほしかった。
母が生きていてくれたならと、何百回も願った。
それでも朝になれば顔を洗い、髪を結い、口角を上げる。泣くことも、笑うことも、あの人たちに決められたくなかった。私の心は、私だけのものだ。母の教えを胸に、私は今日できることを淡々とこなしていった。
