「――お久しぶりね、お姉様」
背後から、ひどく聞き覚えのある声が耳を打った。ビクッと肩を跳ねさせて振り返ると、そこには真紅の着物に身を包み、扇子で口元を隠した異母妹が立っていた。
「美弥子、様……」
「ちょっと来なさいよ。大事な話があるの」
そう言うなり、美弥子様は私の腕を強く掴んだ。将官たちと優雅に言葉を交わす冬真様の姿を遠目に睨みつける彼女の目は、信じられないものを見るような驚きと、ドロドロとした嫉妬の炎に燃えている。
私が強引に連れていかれたのは、喧騒から離れた薄暗い回廊だった。人の気配が完全に消えた途端、美弥子様の取り繕っていた笑顔が醜く歪み、崩れ落ちた。
「どういうことよ!!あの方……あの『白豚』だったはずの男が、どうしてあんな素敵な方になっているの!」
「旦那様は、以前からとても素敵な方です」
「嘘よ!あんな姿ではなかったでしょう!ただの醜い肉の塊だったはずよ!」
「少し、お痩せになっただけです」
「少しどころではないわ!」
激昂した美弥子様は、私の肩を乱暴に掴んで揺さぶった。
「ずるいわ……。お姉様、最初からこうなるって知っていたのでしょう。あんな美男子に化けるって知っていたから、嬉しそうに嫁いだのね!」
「いいえ、知りませんでした」
「だったら、今すぐ離縁しなさいよ!」
あまりにも身勝手な要求に、私は静かに彼女を見つめ返した。
「……なぜですか」
「私が代わりに嫁いであげるわ。お姉様のような地味な女より、私の方がずっと久城様にふさわしいもの!」
「そうでしょうか」
「鏡をご覧なさいな!華やかさも、教養も、人脈も、すべて私の方が上よ。お姉様なんて、泥まみれで家事をするくらいしか取り柄がないじゃない!」
「ええ、そうかもしれませんね」
「なら――」
「ですが、離縁はいたしません」
私の静かな、けれど断固たる拒絶に、美弥子様の顔からスッと表情が消えた。
「……何ですって?」
「嫌です、と申し上げました」
「物置育ちのお姉様が、この私に逆らうの!?」
パァン!と、鋭い音が回廊に響き渡った。
私の頬に、火の出るような痛みが走る。美弥子様の平手が、私の頬を思い切り打ち据えたのだ。じんじんと熱を持つ頬。口の中に微かに血の味が広がった。しかし、私は俯かなかった。
「いくら殴られても、私の心はもう屈しません。私はもう、あなたたちの言うとおりにはいたしません」
「このっ……生意気な!」
美弥子様がさらに顔を真っ赤にして手を振り上げた時、回廊の奥から怒声が響いた。
「千鶴、貴様!!」
血相を変えた父と継母が足早に近づいてくる。美弥子様は「お父様ぁ!」と父の背後へ逃げ込んだ。
「お前には心底失望したぞ、千鶴」
父は私を睨みつけた。
「久城殿との縁談が、これほどの上物だと、なぜ実家に報告しなかった!」
「報告、とはどういうことでしょうか」
「あの方が、あれほど見栄えのする将来有望な男になると分かっていれば、お前などではなく、初めから美弥子を嫁がせたのだ!」
「……っ」
実の父親の口から出たあまりにも非道な言葉に、私は耳を疑った。
「婚姻は、すでに成立しております。私は久城家の妻です」
「離縁すればよい!久城家との契約は、あくまで篝宮家が結んだものだ。嫁に出す娘を美弥子に変更する権利も、こちらにある!」
「そのような非常識な権利、あるはずがございません!」
「親に向かって口答えをするな!黙れ!」
父が激昂し、私の腕を力任せに掴み上げた。そして、もう片方の手を高く振り上げる。
美弥子様の平手打ちとは違う。大人の男の力で殴られたら、ひとたまりもない。顔に消えない傷が残ってしまうかもしれない。
(せっかくの夜会のために、旦那様が綺麗に着飾ってくださったのに……)
私がギュッと目を瞑り、身を強張らせて痛みに耐えようとした、その瞬間だった。
背後から、ひどく聞き覚えのある声が耳を打った。ビクッと肩を跳ねさせて振り返ると、そこには真紅の着物に身を包み、扇子で口元を隠した異母妹が立っていた。
「美弥子、様……」
「ちょっと来なさいよ。大事な話があるの」
そう言うなり、美弥子様は私の腕を強く掴んだ。将官たちと優雅に言葉を交わす冬真様の姿を遠目に睨みつける彼女の目は、信じられないものを見るような驚きと、ドロドロとした嫉妬の炎に燃えている。
私が強引に連れていかれたのは、喧騒から離れた薄暗い回廊だった。人の気配が完全に消えた途端、美弥子様の取り繕っていた笑顔が醜く歪み、崩れ落ちた。
「どういうことよ!!あの方……あの『白豚』だったはずの男が、どうしてあんな素敵な方になっているの!」
「旦那様は、以前からとても素敵な方です」
「嘘よ!あんな姿ではなかったでしょう!ただの醜い肉の塊だったはずよ!」
「少し、お痩せになっただけです」
「少しどころではないわ!」
激昂した美弥子様は、私の肩を乱暴に掴んで揺さぶった。
「ずるいわ……。お姉様、最初からこうなるって知っていたのでしょう。あんな美男子に化けるって知っていたから、嬉しそうに嫁いだのね!」
「いいえ、知りませんでした」
「だったら、今すぐ離縁しなさいよ!」
あまりにも身勝手な要求に、私は静かに彼女を見つめ返した。
「……なぜですか」
「私が代わりに嫁いであげるわ。お姉様のような地味な女より、私の方がずっと久城様にふさわしいもの!」
「そうでしょうか」
「鏡をご覧なさいな!華やかさも、教養も、人脈も、すべて私の方が上よ。お姉様なんて、泥まみれで家事をするくらいしか取り柄がないじゃない!」
「ええ、そうかもしれませんね」
「なら――」
「ですが、離縁はいたしません」
私の静かな、けれど断固たる拒絶に、美弥子様の顔からスッと表情が消えた。
「……何ですって?」
「嫌です、と申し上げました」
「物置育ちのお姉様が、この私に逆らうの!?」
パァン!と、鋭い音が回廊に響き渡った。
私の頬に、火の出るような痛みが走る。美弥子様の平手が、私の頬を思い切り打ち据えたのだ。じんじんと熱を持つ頬。口の中に微かに血の味が広がった。しかし、私は俯かなかった。
「いくら殴られても、私の心はもう屈しません。私はもう、あなたたちの言うとおりにはいたしません」
「このっ……生意気な!」
美弥子様がさらに顔を真っ赤にして手を振り上げた時、回廊の奥から怒声が響いた。
「千鶴、貴様!!」
血相を変えた父と継母が足早に近づいてくる。美弥子様は「お父様ぁ!」と父の背後へ逃げ込んだ。
「お前には心底失望したぞ、千鶴」
父は私を睨みつけた。
「久城殿との縁談が、これほどの上物だと、なぜ実家に報告しなかった!」
「報告、とはどういうことでしょうか」
「あの方が、あれほど見栄えのする将来有望な男になると分かっていれば、お前などではなく、初めから美弥子を嫁がせたのだ!」
「……っ」
実の父親の口から出たあまりにも非道な言葉に、私は耳を疑った。
「婚姻は、すでに成立しております。私は久城家の妻です」
「離縁すればよい!久城家との契約は、あくまで篝宮家が結んだものだ。嫁に出す娘を美弥子に変更する権利も、こちらにある!」
「そのような非常識な権利、あるはずがございません!」
「親に向かって口答えをするな!黙れ!」
父が激昂し、私の腕を力任せに掴み上げた。そして、もう片方の手を高く振り上げる。
美弥子様の平手打ちとは違う。大人の男の力で殴られたら、ひとたまりもない。顔に消えない傷が残ってしまうかもしれない。
(せっかくの夜会のために、旦那様が綺麗に着飾ってくださったのに……)
私がギュッと目を瞑り、身を強張らせて痛みに耐えようとした、その瞬間だった。
