夏と冬が重なれば。番外編


空き教室Aでピンクのウサギの着ぐるみに着替えた咲夏は、視界の狭いウサギのカチューシャを小脇に抱え、廊下を大急ぎで走っていた。

向かう先は、3組の教室の前だ。

 人混みをかき分けて進むと、そこには約束通り、漆黒の燕尾服をビシッと纏った執事姿の冬弥が立っていた。

「冬弥くん!お待たせっ!」 

咲夏は息を切らせながら、彼の目の前までたどり着いてにっこりと微笑んだ。

 すると、もこもことしたピンクのウサギの格好をして、顔だけをひょっこり覗かせている咲夏を正面から視界に捉えた瞬間、冬弥は息を呑んだ。

「なっ……!」
(なんだあれは!可愛すぎるだろ……っ!!!)

 冬弥は一瞬にして顔を耳元まで真っ赤に染め上げ、言葉を失って固まってしまう。

そのあまりのリアクションに、中身が純情陰キャな咲夏は急に不安になってしまい、ウサギの大きな手を胸の前で合わせながら、おずおずと首を傾げた。

「あの……やっぱり、変、かな……?」

「――っ、ダメ、反則」

 その上目遣いの仕草がさらに冬弥の胸に深く刺さったらしい。

冬弥は我慢の限界を迎えたように一歩距離を詰めると、周囲の目も気にせず、咲夏の身体をその大きな腕で勢いよく、ギュッと力いっぱい抱きしめた。

「わっ!?と、冬弥くん!?ちょっと、廊下だし恥ずかしいよぉ……っ!」 

突然の熱い抱擁に、咲夏は顔から火が出るほどの羞恥心に襲われてバタバタと暴れる。

けれど、冬弥は咲夏のピンクブラウンの髪に顔を埋めるようにして、愛おしそうにクスクスと笑った。

「咲夏が可愛すぎるのが悪い。……もう、このまま離したくない。ずっとこうしてたい」

「もう……っ」

 付き合ってさらに甘くなった彼の笑顔と直球のセリフに、咲夏は瞬時にノックアウトされてしまう。

けれど、咲夏はそこで、先ほど2組の教室にやってきた『もう一人の王子』との約束を思い出した。

「あ、そうだ!この前ね、怜くんがわざわざ2組に来てくれて、3組のプラネタリウムを見に来てって誘ってくれたの!特等席空けてあるからって。だから、一緒に見に行こっ!」

「え、怜が?あいつが自分からそんな気の利いたこと言うなんて珍しいな……。じゃあ早速行こっか!」

 冬弥は嬉しそうに目元を和らげると、咲ウサギのもこもことした大きな手をきゅっと力強く握りしめ、3組の教室の入り口へとエスコートした。

 暗幕で遮られた教室内へと一歩足を踏み入れると、そこは完全な別世界だった。 

怜が誇るプロ級の技術によって、黒い壁一面が鏡張りにされ、頭上には満天の星空を模したきらきらと光る幻想的なアートが散りばめられている。

宇宙の真ん中に放り出されたかのような息を呑む美しさに、咲夏は瞳を輝かせた。

「すごい……綺麗……」

 咲夏がぽつりと、ハニかみながら呟く。

すると、その星空のプリズムに照らされた咲夏の横顔をじっと見つめていた冬弥も、少し低い、優しい声で言葉を重ねた。

「うん。……本当に、綺麗だね」

「でしょ? 怜くんの技術って本当に――」

 咲夏が嬉しそうに冬弥を振り返ると、冬弥は少し照れくさそうに頬を掻きながら、けれど真っ直ぐな瞳で微笑みかけてきた。

「違うよ。星じゃなくて、咲夏のこと」

「――っ!?」 

ドクン、と咲夏の心臓が、静かな室内に響くほどの大きさで激しく跳ね上がった。

 "違うよ、咲夏のこと"

 満天の星空の下で交わされる、ドラマのワンシーンのような極上の甘い言葉。

ふたりは吸い寄せられるようにして、しばらくの間、熱い視線をじっと見つめ合った――。 

けれど、次の瞬間。

「……ぶふっ、あはははは!」 

真剣な表情をしていた冬弥が、咲夏のウサギの衣装を改めて視界に入れた瞬間、どうしても耐えきれなくなったのか、突然お腹を抱えて大爆笑し始めた。

「もーーーっ、冬弥くんたらっ!!せっかくすっごく良い雰囲気だったのに、なんで笑うのよぉお!」 

咲夏はぷっと頬を膨らませ、ウサギの大きな手をぶんぶんと振って拗ねてみせる。

冬弥は涙を流しながら「ごめんごめん!」と手を合わせた。

「いや、だってさ! 俺は燕尾服の執事なのに、隣にいる咲夏はもこもこのピンクのウサギじゃん!?このふたりが星空の下で見つめ合ってるの、客観的に見て絵面がシュールすぎて、まじで無理だったわ……!」

 ゲラゲラと爽快に笑う冬弥に、咲夏もつられてクスクスと笑い声を上げてしまう。 

知華たちの可愛いイタズラによって完成した、世界一アンバランスで、世界一愛おしい、執事とウサギの秘密のデート。 

怜が作ってくれたきらめく星空の下で、ふたりの笑い声が優しく響き渡っていた。