咲夏が嫉妬とオムライスの焦げ付きに大慌てしていた、そんな大繁盛の真っ只中。
2組のコスプレ喫茶の入り口に、ポケットに手を突っ込んだまま「よーすっ」と軽く手を振って入ってくる、長身の彼がいた。
文化祭用の絵文字Tシャツにラフな格好の怜だった。
怜の姿を見つけた瞬間、執事姿の冬弥はすっと彼の前に立ち塞がり、白手袋の右手を胸に当てて完璧なお辞儀をしてのけた。
「おや、お客様。お召し物の色が違うようですが……当店は大変格調高き喫茶室でございますので、場所をお間違えではないですか?」
「は?おい、待て待て待て待て!俺は正真正銘、金払って入ってきた客だぞ!つまみ出そうとすんな!」
冬弥の容赦のない執事演技による押し返しに、怜はすぐさま声を荒げて突っ込みを入れる。
もはや息の合いすぎたコントのようなふたりのやりとりに、接客中だった知華や那智は「ギャハハハ!」と大爆笑。
厨房の奥にいた咲夏も、思わずフライパンを持ったまま顔を出して吹き出してしまった。
「ふふっ、冬弥くん、やりすぎだよっ。怜くん、いらっしゃい!」
「おう。……ったく、お前の彼氏、公私混同が激しすぎんだろ。とんだ執事だな」
怜は呆れたように頭を掻きながら、案内された席についた。
注文を受け、咲夏が心を込めて丁寧に焼き上げたふわふわのパンケーキが怜の元へと運ばれる。
怜はフォークで一口サイズに切り分け、口へと運んだ。
「……ん。これ、意外と美味いな」
「え?本当に!?」
怜の素直な感想を聞いた瞬間、咲夏は厨房のカウンターから目をきらきらと輝かせて身を乗り出した。
「よかったぁ!それね、実は私が粉の配合から考えて作ったパンケーキなんだよ♪」
「へぇ、お前が――」
怜が感心したように頷きかけた、その瞬間。
ふたりの間に、すっと大きな藍色の影が割り込んできた。いつの間にかすぐ隣に音もなく移動していた冬弥が、顔には営業用の爽やかスマイルを貼り付けたまま、怜の喉元をじっと見つめている。
「ねぇ怜、今すぐそれ吐き出して。それ、咲夏の手作りでしょ?俺のパンケーキなんだけど」
「お前、まじで腹黒すぎんだろ!みっともねー嫉妬してんじゃねぇよ」
友達の食べかけを吐かせようとする冬弥のブラックなヤキモチに、怜はこれ以上ないほどの苦笑いを浮かべた。
学校一の王子様が、裏方の彼女ひとりに対してこれでもかと余裕をなくして嫉妬している。
その微笑ましすぎる痴話喧嘩に、周囲にいた他クラスの生徒たちからも「観月くん、重症すぎる」「佐藤くん、がんばれ」と、楽しそうな笑い声があちこちから巻き起こっていた。
「あはは、冬弥くん、怜くんに意地悪しちゃダメだってば!冬弥くんの分は、後でもっと大きいのを特別に焼いてあげるからね」
「本当!?やった、約束だからね、咲夏!」
咲夏の『特別』という言葉に、冬弥は一瞬にして機嫌を直して、嬉しそうに犬のように尻尾を振るような笑顔を咲かせた。
メイド姿で完璧なオムライスを配る知華。
特攻服でメロンソーダを運ぶ那智。
文句を言いながらもパンケーキを美味しそうに食べる怜。
そして、自分のためにかっこいい執事姿で一生懸命にヤキモチを妬いてくれる、大好きな冬弥。
賑やかな笑い声が響く、秋の光が差し込む教室の真ん中で。
咲夏は熱を持ったフライパンをぎゅっと胸元に抱きしめ、込み上げる愛おしさに胸を熱くしながら、ぽつりと小さく呟いた。
「――あぁ、私……今、すっごく幸せだなぁ……」
地味で暗かった中学時代を経て、自分の『好き』を貫いて高校デビューを果たしたから、いま、こんなにも大切な宝物のような日常がここにある。
手元に残ったオムライスのケチャップの甘い香りに包まれながら、咲夏は溢れんばかりの幸福感を噛み締め、これからの文化祭という最高の一日を、大好きな仲間たちとさらに全力で楽しもうと、もう一度フライパンを力強く握り直すのだった。



