夏と冬が重なれば。番外編


――パン、パンッ、と小気味よい音を立てて空に上がった小さな祝砲の花火が、文化祭の始まりを告げた。

 朝凪高等学園の校舎は、お祭りの熱気と全校生徒の興奮で、朝から凄まじい賑わいを見せている。

 そんな中、咲夏たちの所属する2組の『コスプレ喫茶』は、開店直後から長蛇の列ができるほどの大繁盛を記録していた。

「いらっしゃいませ、お嬢様、ご主人様ぁ~♡こちら、当店の特製モエモエオムライスになりますっ!!(パチンッ)」 

入り口付近からは、完全にスイッチが入った知華のハイテンションな声が響いてくる。

どこかの本場、春葉原のメイド喫茶からプロを雇ってきたのかと思うほどの、完璧なウインクと流れるような接客。

咲夏は厨房の隙間からその様子を覗き見ながら、「う、わぁ……」と少しだけ顔を引きつらせて苦笑いを浮かべた。

「おい、そこのお前。ここで会ったが百年目、いざ尋常に勝負!!……あ?注文はメロンソーダでいいんだな?とっとと持ってきてやるからそこで震えて待ってな」

 さらには、那智も宣言通り、紫の特攻服に身を包んだ凄みのあるスケバン姿で、なぜか時代劇のセリフが混ざったクセの強すぎるオリジナルキャラを完璧に演じきっていた。

お調子者の男子生徒たちが「澤木先輩、まじかっけーっす!」と大喜びで拝んでいる。

「ふふ、これじゃあ一瞬で大人気になるはずだよね」 親友ふたりの相変わらずブレない大活躍に、咲夏が感心して目を細めていた――その時だった。

「お待たせいたしました、お嬢様。……おや?唇に、微かにクリームがついておいでですよ」 

廊下側の特等席から、鼓膜をこれ以上ないほど甘く震わせる、あの世界で一番大好きな爽やかな声が降ってきた。 

漆黒の高級感溢れる燕尾服をビシッと着こなし、白手袋をはめた手で優しくお辞儀をする、執事姿の冬弥。

その国宝級のルックスから放たれる破壊力抜群のセリフと、破壊神並みの爽やかスマイルを間近で浴びせられた他クラスの女子生徒たちは、一瞬にして目をハートにさせて「きゃあああ♡」と気絶寸前の黄色い悲鳴を上げていた。

(なっ……!なになになに、何アレぇぇえええッ!?!?)

 その光景を厨房の奥から目撃した咲夏は、一瞬にして頭に血が上り、心の中のジェラシーが最大級の爆発を起こした。

(ずるい、ずるすぎる! そんな甘いセリフ、私だって付き合ってからも一度も言われたことないのにぃぃいいい!!!ちょっとぉ!みんな騒いでるけど、あの世界一かっこいい執事の冬弥くんは、私の彼氏なんだからねぇぇえええっっ?!)

 私の特等席なのにぃ――。
あまりの嫉妬とモヤモヤで脳内が完全な大パニックを起こし、咲夏の手元の動きがおろそかになる。

「ちょっと、安達さん!?焦げてる焦げてる!フライパンから煙出てるってば!」

「え!?あ、あーーーっ!?ごめんごめん、嘘、やばいっっっ!」 

隣にいた飲食班のクラスメイトから悲鳴交じりの突っ込みを入れられ、咲夏は大慌てでフライパンに視線を戻し、焦げ付きかけたオムライスの具材を猛スピードで煽り始めた。

顔から火が出るほどの恥ずかしさと焦りで、頭のてっぺんからプシューッと熱い蒸気が出そうだ。

(あーもう、本当にどうしよう……っ。自分のコスプレ姿を見せたくないからって大人しく裏方に回ったけれど、これじゃあ別の意味でもやもやして、文化祭初日から私の心臓がこれっぽっちももたないんだけどぉおおおっ!)

 お揃いの桃サイダーのときよりも、夏祭りの夜のときよりも、ある意味で過酷な試練。

 厨房の熱気と、他の女子をエスコートする冬弥への特大のジェラシーに挟まれて、咲夏の不器用で一途な文化祭の一日は、初っ端から大波乱の予感に包まれるのだった。