夏と冬が重なれば。番外編


咲夏にプラネタリウムの特等席を約束し、2組の教室を後にした怜が昇降口の近くまで階段を下りていくと、ちょうど大きな段ボールの箱をいくつも抱えて買い出しから帰ってきたばかりの冬弥と、ばったり出くわした。

「おぅ、冬弥。お疲れー」

 怜がいつも通りに気怠げに声をかける。
すると、怜の姿を見かけた瞬間、冬弥は何やらげっそりとした、この世の終わりかのような真剣な面持ちになり、持っていた段ボールを近くの台へ置くやいなや、怜の元へ突進してきた。

「――怜、俺はもう、一体どうしたらいいんだ……っっ!!」
「うおっ!?……はぁ?お前、まじでどーしたんだよ」

 がっしりと両肩を掴まれ、激しく揺さぶられた怜は、困惑と驚きで眉をひそめて冬弥の顔を覗き込んだ。


 ――それから数分後。

 あまりにただならぬ冬弥の様子を見かねた怜は、3組の教室の静かなベランダへと彼を連れ出していた。

ふたりで冷たい缶ジュースを飲みながら、手すりに背を預けてまったりとした時間を過ごす。

 しかし、冬弥はジュースの缶を持ったまま、額に自分の手を当てて「あー……」と深刻そうに低く呟いた。

「俺……このままじゃ、本当にダメかもしれない」

「いや、だから何があったんだよ?買い出しの途中で財布でも落としたか?」

 不思議そうに尋ねる怜に対し、冬弥はがばっと顔を上げると、両目を「カッ」と限界まで見開いて、ベランダの空気を震わせるほどの勢いで叫んだ。

「咲夏が!!日に日に可愛くなり過ぎて、俺もうどうにかなりそうなんだよっっっ!!!!」

「………あ?」

 あまりの理不尽な内容に、怜のこめかみにピキッと青い血管が綺麗に浮き出た。

「お前、まじでいい加減にしろよ。……俺、もう帰るわ」

「ちょー待て待て待て待てっ!怜、置いてかないで!」

 冷徹に踵を返して教室へ戻ろうとする怜のブレザーの裾を、冬弥は必死の形相で掴んで引き留める。

怜はそれを力尽くで振り払おうと激しく抵抗した。

「離せよバカっ!何が悲しくて、朝からお前の特大の惚気話を聞かなきゃならねーんだよ!ふざけんな!」

「悪かったって!いや、でもさ、俺はこれでも本当に悩んでんだよ?毎日毎日、可愛さを更新してくるあいつの隣にいると、心臓のスペアが何個あっても足りないっていうか……」

「どこに悩んでんだよ。まじであの時の俺の葛藤と切ない気持ちを全力で返せよ」 

自販機の前や、夏祭りの夜の公園での自分の「失恋」を思い出し、怜はこれ以上ないほどイライラとした目を親友に向けた。

 けれど、冬弥はそんな怜の態度にふっと優しい笑みをこぼすと、掴んでいた手をそっと離し、長身を折ってベランダの手すりに両腕を乗せた。

「……まぁ、冗談は置いといてさ。俺はこれからも、咲夏のことを全力で守りたいし、誰よりも大切にしたい。――そこはさ、怜と同じだと思ってんだよね」

「っ……」

 不意に、冬弥の瞳に灯った、かつてないほど真っ直ぐで一途な光。

 冬弥は広大な校庭の景色をじっと見つめながら、静かに言葉を繋いだ。

「だからさ、その……いつもありがとな、怜。怜が裏で色々と背中を押してくれたおかげで、今の俺たちがいるから。だからもし……もしも俺に何かあったときは、咲夏のこと、頼むわ」

「はっ……。お前、何縁起でもねぇこと言ってんだよ」

 怜はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、その瞳からは冬弥への苛立ちはすっかり消え去っていた。

 あの日、グラウンドのスタートラインで交わした「勝負」の約束。お互いに同じ女の子を同じように大切に想ったからこそ、ふたりの間には、言葉にしなくても分かる、世界で一番強固な信頼関係が結ばれているのだ。

 ふたりの友情は、初秋の青空を真っ直ぐに引き裂いていく一本の美しい飛行機雲のように、どこまでも、どこまでも真っ直ぐに続いていくようだった。 

大切な彼女への限界突破の愛を叫ぶ冬弥と、それをぶっきらぼうに、けれど誰よりも温かく受け止める怜。

 2組の教室で衣装作りに励む咲夏の知らない場所で、ふたりの王子たちの最高に賑やかで愛おしい絆は、これからの文化祭という大舞台に向けて、さらに深く、熱く、青空の向こうへと繋がっていくのだった。

そして冬弥は、天高く伸びていくその飛行機雲を眩しそうに見上げながら、ぽろっと、またしても無自覚に本音を溢らした。





「あー……。咲夏、まじで今すぐギューしたい」

「お前まじで一回しばくぞ」




 怜は呆れ果てながらも、今度はニカッと楽しそうに声を上げて笑った。 




その頃、二組の教室で咲夏はくしゃみをしていた。

「くしゅっ。んー?風邪かなー?」

ふたりの王子が自分の事を噂しているなんて、ギャルのお姫様は露知らず。