俺が目を丸くして驚いていると、目の前の彼女はみるみるうちに狼狽し、真っ赤な顔をして慌てて話し出した。
「ご、ごめんっ! あの、顔に、葉っぱがついてたの! ずっと気になっちゃって……! あぁ、でも、勝手に触ってしまってその、ごめんなさい……っ!」
小さな手をせわしなく動かしながら、必死の形相でペコペコと頭を下げてくる。
(……鼻に葉っぱがついてて、それを取ろうとしてくれた?)
状況を理解した瞬間、俺の頭は一瞬だけフリーズした。
今まで生きてきて、それなりに色んな人間と関わってきたつもりだった。
好意を寄せて近づいてくる女子もいれば、裏で何を考えているか分からないような打算的な奴もたくさん見てきた。
だけど、見ず知らずの男の顔に葉っぱがついているのが気になって、それを取ってあげようとして必死に謝るなんて、そんな奴には出会ったことがない。
これまでに抱えていた過去のしがらみや、他人の本音を見えすぎて疲れていたことなんて、もう本当にどうでもよくなるくらい、それは突拍子もなくて滑稽な出来事だった。
気がつけば、胸の奥底から温かい笑いがじわり、じわりと込み上げていた。
なにより、彼女の態度には一切の裏表がなかった。
自分の好感度を上げようとか、そんな汚い計算は一ミリも見当たらない。
ただただ純粋で真っ直ぐな気持ちと、鈴の音のように可愛らしくて心地のいい声色。
その響きが不思議と胸にすっと染み渡り、もっとこの子の声を聴いていたい、と自然と思ってしまっている自分に驚く。
こんなちっぽけなことで、世界の終わりかというくらい必死になっているその姿が、たまらなく、
―――愛おしかった。
ああ、"愛おしい"という感情は、こんな些細なきっかけで生まれるものなのか。
ずっと同じ小説を読んでいて、主人公の恋人に共感出来なかったこの謎の感情は、こうしてパズルが完成したように、ぴったりと当てはまるようだった。
堪えきれなくなった笑いが、ついに栓を切ったように溢れ出る。
「あはっ、あははっ! 何それ、超必死じゃん!」
俺はベンチの上に起き上がりながら、お腹を抱えて声を上げて笑った。
いつも作っていた完璧なお人好しの愛想笑いじゃない。
心からの、剥き出しの笑顔が、これから訪れる春の穏やかな空気に溶けていく。
突然大笑いし始めた俺を見て、彼女はさらに顔を真っ赤にして、瞬きの仕方を忘れたかのように固まっていた。
その飾らない真っ直ぐな瞳に見つめられながら、俺は、この春から始まる新しい生活が、今までにないほど眩しいものになるような、確かな予感に胸を弾ませていた。



