夏と冬が重なれば。番外編



そして、時は冒頭の、あの入学試験後の昼下がりへと戻る。

ベンチに仰向けになった俺の胸の上には、何度も何度も読み返しているお気に入りの長編小説が乗っていた。

「蝶々結び」という題名が刻まれたその本を、ちょうど半分ほど読み終えたところだった。

ふとした拍子に幼少期や中学時代のしがらみを思い出してしまい、過去の記憶に引っ張られてぼーっと思索に耽る。

そうして、とりとめのない思考を巡らせているうちに、心地いい春の風に誘われるようにして、俺の意識は次第に深い眠りへと落ちていってしまった。

どれくらいの時間が経っただろうか。

水面に浸るような眠りから、少しずつ意識の表層へと浮上し始める。

まだ睡眠が浅くなり始めたその時、鼻の頭のあたりに、ふわりと何かが触れるようなくすぐったい感覚を覚えた。

(……ん、何だろ)

くすぐったさに引きずられるようにして、俺は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。

ぼやけた視界が徐々に光を取り込み、焦点を結んでいく。

すると、俺のすぐ目の前に、誰か屈んで座っている。

それも、ベンチに寝そべる俺の顔をじっと覗き込むようにして、至近距離でこちらを見つめている人物がいた。

はっきりと映し出されたその顔に、俺は思わず息を呑んだ。

まったく見覚えのない可愛らしい女の子だった。

寝起きで頭がうまく働いていなかったこともあって、俺の口からは、驚くほど呑気で締まりのない言葉がぽろりともれ出た。

「え…、誰?」

俺が急に目を覚まして声をかけたからだろう。

俺の姿を覗き込んでいた彼女は、心底びっくりしたように、これでもかというくらいくりっとした可愛らしい目を丸くして、俺をその大きな瞳の中に映し出した。

月明かりのように澄んだ、まっすぐな瞳。

そこには、俺を品定めするような嫌な計算も、これまでに見てきた誰の目にもあったような愛想笑いの陰も、一切なかった。

ただただ純粋に、驚きと戸惑いだけを綺麗に浮かべたその瞳と視線がぶつかった瞬間、俺の胸の奥でカチリと何かが嵌まるような不思議な音がした。

他人の本性を見透かすことに疲れ果てていた俺の日常に、この、あまりにも無防備で愛らしい彼女がどんな影響をもたらすのか。

この運命的な出会いから、俺の閉ざされた世界が鮮やかに塗り替えられていく大恋愛が始まるなんて、目をこすりながら起き上がろうとしている今の俺には、まだ予想すらできていなかった。