―――他人を信用していないわけじゃない。
ただ、自分を自衛するために磨いてしまった「本質を見抜く」ための人間観察が、少しばかり鋭くなりすぎてしまっただけだ。
幸いにも病気の治療は無事に終わり、容姿もすっかり元通りになった。
そうして迎えた中学時代は、それなりに充実していて楽しかったと思う。
何より、バスケという生涯のスポーツに出会えたことが大きかった。
コートの上で汗を流す中でかけがえのない仲間もできたし、周りから慕われ、学校での人間関係もそこそこうまくいっていた。
ただ、時折、その順調な日々に奇妙な歪みを感じることがあった。
相手の細かな表情の変化や、言葉の裏にある感情の特徴を掴むのが、俺は人より圧倒的にうまかった。
だからこそ、余計な衝突を避けてその場の空気を丸く収めようとする、いわゆる『平和主義』を無意識に求めてしまうのだ。
(あぁ、この人は今、こういう言葉をかけてほしいんだな)
それが分かってしまうから、つい相手が一番気持ちいいと思う言葉を、その場に合わせてきれいに並べてしまう。
「やっぱ冬弥はいい奴だな。お前と話してると落ち着くわ」
「冬弥にはいつも元気もらえるなー!」
「次の大会もさ、観月くんがいないと始まらないよね!」
仲間やクラスメートからは、そんな温かくて好意的な言葉をもらうことも多かった。
だけど、彼らの笑顔を見るたびに、俺は心の隅でいつも冷めた感想を抱いてしまうのだ。
――この良好な関係は、きっと俺が先に、相手が望む通りの綺麗事を差し出したから成立している『答え』に過ぎないんじゃないか、と。
こちらが相手の欲しがる顔を見せているから、向こうも理想的な笑顔を返してくれているだけ。
もし俺が本音を剥き出しにして、相手の嫌がることを言えば、この関係なんてあの幼少期の頃と同じように、一瞬で180度裏返って壊れてしまうのかもしれない。
見たくなくても、見えてしまうその――"本心"。
相手の浮かべる笑顔がただの愛想笑いであることも、口から出る褒め言葉が中身のないお世辞だってことも、俺の前では曇りのない窓ガラスのように、すぐに透けて見えた。
口では「大丈夫」と言いながら、内心では嫌がっていたり、無理をして我慢していたりする奴の心の歪みも、瞬時に分かってしまう。
他人の本音が濁流のように見えすぎて、時折、どうしようもなく心が疲れてしまうことがあるのだと知った。
誰もが表面だけの綺麗な言葉で武装して、本音を隠して生きている。
そんな風に人間関係を冷めた目で分析してしまう自分が、少し寂しくもあった。
俺が相手を観察しているように、俺のことも飾らない剥き出しのままで、真っ直ぐに見てくれる人間なんて、この世界に存在するのだろうか。
そんな風に、どこか諦めに似た乾いた感情を抱えながら、俺は中学の卒業を控え、この朝凪高校の入試試験を終えた。
まさかその試験の後に、俺の作った完璧な偽善の笑顔をものともしない、俺の人生のすべてを変えてしまう特別な女の子と、この桜の木の下で出会うことになるなんて――この時の俺は、まだ何も知らなかった。



