※ここからは、観月 冬弥視点の番外編となります※
「はぁ……眠い」
まだ固い蕾が枝に散らばる桜の木の下。
木製のベンチに体を預けて仰向けになりながら、入学試験を終えた俺――観月冬弥は、のんびりとそんな言葉を呟いた。
少しずつ冬の冷たさが薄れ、これから訪れる春の気配を感じさせる優しい風が、緩やかに俺の前髪を揺らしていく。
俺は、"人を見る目"というものが、人より遥かにある方だと思う。
相手が何を考えているのか、その笑顔の裏にどんな本音を隠しているのか。
それがなんとなく分かってしまうんだ。
なぜそんな風に、他人の心の機微に敏感になったのか。
強いて言うなら、それは俺の幼少期の出来事が原因だった。
――時を、十数年前の過去へと遡る。
6歳になる頃まで、俺は何不自由なく、至って健康にすくすくと育っていた。
だが、翌年の春、俺は大きな病を拗らせてしまった。
病院の白いベッドの上で、医師は「しっかり治療を続ければ必ず治ります」と言い、母はその言葉に涙を浮かべて安堵していた。
けれど、まだ幼かった俺には事の重大さも、治療の意味もよく理解できていなかった。
ただ、現実として突きつけられたのは、薬の副作用による容姿の激変だった。
それまでシュッとしていた顔はみるみるうちに丸くなり、少しだけ体毛も毛深くなってしまった。
薬の影響で水分を溜め込みやすくなった身体は体重が急激に増え、はたから見たら「デブ」と言われんばかりの、見る影もない姿になってしまったのだ。
鏡に映る見慣れない自分の姿に、幼い心は激しく動揺した。
だが、それ以上に残酷だったのは周囲の反応だった。
それまで楽しく過ごしていた学校生活は、退院して教室に戻ったその日から一変した。
子供というのは、良くも悪くも感情が未熟で残酷だ。
昨日まで一緒に笑い合っていたクラスメートたちは、変わり果てた俺の姿を見て、遠慮なくクスクスと笑い、あるいは気味悪そうに距離を置いた。
「ねえ、観月くん、なんかすごく太ったよね?」
「前の方が格好良かったのにー」
悪気のない、だけど鋭利な刃物のような言葉たちが俺の突き刺さる。
当時の俺は深いショックを受け、殻に閉じこもるように部屋にふさぎ込んだ。
何よりも悲しかったのは、昨日まで当たり前のように一緒に遊んでいた『友達』が、俺の容姿が変わったというただそれだけの理由で、あっさりと態度を変えてしまったことだ。
中身は何も変わっていない。
俺は、ずっと同じ俺のまま、同じように接しているのに。
人間というのは、ある時から、本当に些細なきっかけで、それまでの態度を180度簡単に変えてしまう生き物なんだ――。
幼いながらに、俺は身をもってそれを学習した。
人の言葉や笑顔は、状況次第でいくらでも裏返る。
だからこそ、俺は相手の表面的な言葉ではなく、その奥にある『本音』の目を注意深く観察するようになったのだ。
ベンチの上でゆっくりと目を開け、木漏れ日を眩しそうに見上げる。
そんな傷だらけの子供時代を経て、他人を心のどこかで少し距離をおいて客観的に見てしまうような俺がいた。
「はぁ……眠い」
まだ固い蕾が枝に散らばる桜の木の下。
木製のベンチに体を預けて仰向けになりながら、入学試験を終えた俺――観月冬弥は、のんびりとそんな言葉を呟いた。
少しずつ冬の冷たさが薄れ、これから訪れる春の気配を感じさせる優しい風が、緩やかに俺の前髪を揺らしていく。
俺は、"人を見る目"というものが、人より遥かにある方だと思う。
相手が何を考えているのか、その笑顔の裏にどんな本音を隠しているのか。
それがなんとなく分かってしまうんだ。
なぜそんな風に、他人の心の機微に敏感になったのか。
強いて言うなら、それは俺の幼少期の出来事が原因だった。
――時を、十数年前の過去へと遡る。
6歳になる頃まで、俺は何不自由なく、至って健康にすくすくと育っていた。
だが、翌年の春、俺は大きな病を拗らせてしまった。
病院の白いベッドの上で、医師は「しっかり治療を続ければ必ず治ります」と言い、母はその言葉に涙を浮かべて安堵していた。
けれど、まだ幼かった俺には事の重大さも、治療の意味もよく理解できていなかった。
ただ、現実として突きつけられたのは、薬の副作用による容姿の激変だった。
それまでシュッとしていた顔はみるみるうちに丸くなり、少しだけ体毛も毛深くなってしまった。
薬の影響で水分を溜め込みやすくなった身体は体重が急激に増え、はたから見たら「デブ」と言われんばかりの、見る影もない姿になってしまったのだ。
鏡に映る見慣れない自分の姿に、幼い心は激しく動揺した。
だが、それ以上に残酷だったのは周囲の反応だった。
それまで楽しく過ごしていた学校生活は、退院して教室に戻ったその日から一変した。
子供というのは、良くも悪くも感情が未熟で残酷だ。
昨日まで一緒に笑い合っていたクラスメートたちは、変わり果てた俺の姿を見て、遠慮なくクスクスと笑い、あるいは気味悪そうに距離を置いた。
「ねえ、観月くん、なんかすごく太ったよね?」
「前の方が格好良かったのにー」
悪気のない、だけど鋭利な刃物のような言葉たちが俺の突き刺さる。
当時の俺は深いショックを受け、殻に閉じこもるように部屋にふさぎ込んだ。
何よりも悲しかったのは、昨日まで当たり前のように一緒に遊んでいた『友達』が、俺の容姿が変わったというただそれだけの理由で、あっさりと態度を変えてしまったことだ。
中身は何も変わっていない。
俺は、ずっと同じ俺のまま、同じように接しているのに。
人間というのは、ある時から、本当に些細なきっかけで、それまでの態度を180度簡単に変えてしまう生き物なんだ――。
幼いながらに、俺は身をもってそれを学習した。
人の言葉や笑顔は、状況次第でいくらでも裏返る。
だからこそ、俺は相手の表面的な言葉ではなく、その奥にある『本音』の目を注意深く観察するようになったのだ。
ベンチの上でゆっくりと目を開け、木漏れ日を眩しそうに見上げる。
そんな傷だらけの子供時代を経て、他人を心のどこかで少し距離をおいて客観的に見てしまうような俺がいた。



