「―――怜。」
空を藍色に染め上げていく中、俺は空を見つめたまま、ゆっくりとその二文字を呟いた。
隣で寝転んでいた観月が、驚いたように目を見開いてこちらを向く。
「―――え?」
俺はまた、いつものように眉間に皺を寄せ、ぶっきらぼうに言葉を付け足した。
「……怜でいい。一回しか言わねぇ」
観月はしばらく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。
だが、次の瞬間にはその表情を弾けさせ、アスファルトの上でのたうち回るようにして大喜びし始めた。
「マジか! 怜がデレたっ!! 奇跡だ!!」
「は!? デレてねぇ!!」
間髪入れずに怒鳴り返したが、顔がじわじわと熱くなるのを隠しきれなかった。
そんな俺を見て、観月はひとしきり楽しそうに笑った後、今度は起き上がって俺を覗き込んできた。
「じゃあ、俺も。冬弥って呼べよな!」
そう言って、二カッとまた太陽みたいに眩しく笑った。
「……チッ」
そう返してからは、しばらく言葉を交わさなかった。
お互いに仰向けになったまま、ただ静かに、どこまでも繋がる境界線の淡い空を眺めていた。
心地のいい沈黙が、二人の間に流れていく。
しばらくして、冬弥が静かに口を開いた。
「怜、これからも俺と一緒に、ここでバスケしようよ」
その声のトーンに、俺は思わず視線を冬弥へと戻した。
少し真剣な目で遠くの空を見つめる冬弥の横顔に、俺は一瞬、吸い込まれそうになった。
いつものお調子者の顔ではない。
どこか切なく、それでいて強い意志を秘めた瞳。
冬弥は優しい顔のまま、言葉を紡いでいく。
「俺もさ、ずっと前からバスケが大好きなんだ。……ずっと怜のプレイを見てて思ったよ。怜も、ずっとそうだったんだろうなって」
冬弥はふっと笑い、俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。
「―――なんかさ、同じように大切に思うものを、ふたりで一緒にずっーと共有出来ることってさ、本当に奇跡みたいじゃね?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。
胸の奥の、ずっと凍りついていた冷たい塊が、ふんわりと温かい光に包まれて溶けていくのを、俺はその日、確かに感じていた。
どれだけ冷たくあしらっても、何度も何度も突き放しても、こいつは変わらずに真っ直ぐ俺を見てくれていて。
歪んだ俺のトゲを恐れず、傷つくことも厭わず、全力で真っ直ぐぶつかってきてくれた。
これまでの人生で、そんな奴が一人でもいただろうか。
誰もが俺を恐れるか、あるいは都合のいい幻想を押し付ける中で、こいつだけが『佐藤怜』という面倒くさい男の生身の本質を見ようとしてくれた。
自分をこれほどまでに大切に思ってくれる、高校で初めてできた本当の友達。
その存在の大きさに、俺の心は自然と、理屈抜きで突き動かされていた。
「(だから、冬弥―――。)」
俺は、すぐ隣で笑う冬弥の姿をゆっくりと、瞳に焼き付ける。
「(俺は、ずっとこれから先――、何があっても
"たったかけがえのない親友"になるであろうお前を、
強く支えて、守っていきてぇんだ。
――そう、素直に思ったんだ。――)」
口には決して出さないけれど、俺は心の中で強くそう誓った。
この不器用で、だけど最高に真っ直ぐな男との出会いが、俺の閉ざされた世界を優しく、そして確実に変えていく。
アスファルトの輝く空き地で、俺たちの本当の物語が、ここから静かに動き出そうとしていた。



