凍りついた教室に、観月は何の躊躇もなく爽やかな笑顔で足を踏み入れてきた。
「おはよ! あ、佐藤くん久しぶり! 元気だった?」
一触即発の空気をまるで無視して、いつも通り真っ直ぐに俺へ話しかけてくる。
俺は思いきり眉間に皺を寄せ、半ば呆れ果ててため息を漏らした。
「……お前、マジで空気読まねぇのな」
「あははっ!また辛辣だなぁ! えー? そういえば最近ちょっと涼しくなったよね?」
観月はのんきに首をすくめている。
そんな彼の元へ、ここぞとばかりに元カノのかりんが駆け寄った。
悲劇のヒロイン気取りの涙目を向けながら、観月にチクリやがる。
「ねぇ、観月くん聞いてよ! 佐藤くんてば本当にひどいんだよ!?」
それを見た俺は、どこか冷めた心地でその光景を眺めていた。
あぁ、これで終わりだ。
クラスの人気者である観月も、この女の言い分を聞けば俺から離れていくだろう。
そうすれば清々する。
今まであいつが俺に見せていた笑顔も、粘り強いアプローチも、すべてはただの暇つぶし、俺を惑わすための気まぐれだったんだ。
よかったじゃねぇか、これで元の静かな一人に戻れるんだ。
"――そもそも、あいつに味方になってほしいなんてこれっぽっちも思っちゃいないんだ俺は――"
だが、そんな俺の諦観をぶち壊すように、観月の口からとんでもねぇ言葉が飛び出した。
「あれ? 飯田さんの彼氏って、小林くんじゃないの?」
「――え?」
かりんの身体がピきりと硬直する。
教室中の視線が、一瞬にして観月に集まった。
観月はあごに手を当て、さも不思議そうに首を傾げている。
「夏休みさ、初日からよく二人で出かけてるって他のクラスの子が言ってたけど? でも、佐藤くんとも付き合ってたよね? ……あれ? どっちが本命なのかな。まさか二股なんてするほど、飯田さんそこまで器用な人に見えないけどなぁ」
観月は、どこまでも爽やかに、一点の曇りもない笑顔でそう言い放った。
笑顔の裏に隠された、容赦のない言葉達。
かりんの顔からは一気に血の気が引き、みるみるうちに真っ青になっていく。
その動揺しきった態度が、観月の言葉が紛れもない事実であることを何よりも証明していた。
その瞬間、教室の風向きが180度変わった。
さっきまで俺を責め立てていたクラスの奴らは、手のひらを返したようにかりんへ冷ややかな視線を向け始める。
「え、マジ……? 二股してたの?」
「被害者ぶってたのに、最低な奴じゃん……」
居心地が悪くなったかりんは、言い訳もできずに顔を覆って教室を飛び出していった。
張り詰めていた空気が完全に霧散し、中には気まずそうに俺の席へ近づいてきて、「あ、佐藤……あの、誤解してて、マジでごめん」と頭を下げてくる生徒まで現れる始末だ。
俺はそれらを適当にあしらいながら、目の前で満足そうに微笑む男をじっと見つめていた。
あいつは、最初から知っていたんだ。
かりんが裏で何をやっていたかも、俺が騙されていたことも。
だからこそ、みんなの前ではっきりと俺を庇って、その歪んだ状況をすべてひっくり返してくれた。
「……お前なぁ、いいのかよ?」
「ん?何のこと?」
「はぁー…」
呆れと、それを上回るほどの得体の知れない感情が胸の奥から突き上げて、口から溢れて出ていく。
観月はそんな俺を見て、悪戯っぽくニカッと笑ってみせたのだった。



