「はあ……」
静まり返った部屋に、冬弥の小さく、けれど深い溜息が落ちた。
張り詰めていた空気がふっと緩み、彼は咲夏の体を優しく、壊れ物を扱うようにゆっくりと抱きしめた。
広くて温かい冬弥の胸に包まれて、咲夏はトクン、トクンと、いまだに激しく脈打つ彼の鼓動を間近に感じる。
「ごめん。……ちょっと、意地悪しすぎた」
耳元で囁かれた低く掠れた声には、先ほどまでの冷徹な色はなく、心からの申し訳なさときまり悪さが滲んでいた。
咲夏は、彼の背中にそっと手を回し、しがみつくようにして首を振る。
「ううん、私が悪いの。怜くんの服、借りちゃったから……。ごめんね、冬弥くん。あの、その……嫉妬、してくれたんだよね?」
腕の中で、恐る恐る尋ねる咲夏の声は小さく震えていた。
すると、冬弥の身体がピクリと固まる。
しばらくの沈黙の後、彼は咲夏から少しだけ身体を離し、ふいっと視線を斜め下に逸らした。
白い頬が、じわじわと赤色に染まっていく。
「まぁ……それもあるけど」
冬弥はきまずそうに頭をかいて、消え入りそうな声で白状した。
「咲夏が可愛すぎるから。……あんな格好で、あんな顔されたら、俺だって我慢できないよ」
いつもは冷静で完璧な執事の彼が、今はただの恋する男の子の顔をして、真っ赤になって照れている。
その姿がたまらなく愛おしくて、咲夏の胸の奥から温かい感情が溢れ出した。
まだ顔の火照りは引かないけれど、咲夏は真っ直ぐに冬弥の瞳を見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「私は、冬弥くんが大好きだよ。……これからもずっと。何があっても、それは絶対に変わらないよ?」
その言葉は、冬弥の胸に深く突き刺さった。
あまりの愛おしさに胸がぎゅっと締め付けられ、彼は言葉を失う。
溢れる感情を抑えきれなくなり、今度は強く愛おしむように、咲夏の身体を強く抱きしめ直した。
――ドォン!
その時、開け放たれた窓の向こうから、身体に響くような大きな音が響いた。
夜空を見上げると、色鮮やかな大輪の光が弾け、暗闇を美しく彩っていく。
学園の、後夜祭の花火が始まったのだ。
「あ、花火……っ」
咲夏が外を見ようと顔を動かそうとした瞬間、冬弥の大きな手が、彼女の頬を優しく包み込んだ。
月明かりと、次々に打ち上がる花火の光が、二人のシルエットを交互に照らし出す。
冬弥は、吸い込まれそうなほど真剣な眼差しで、咲夏の瞳をじっと見つめた。
「好きだよ、咲夏。……世界で一番、大好き」
熱を帯びた声が鼓動に溶けた次の瞬間、冬弥の顔がゆっくりと近づき、二人の唇が重なった。
それは、触れるだけのキスとは違う、お互いの体温と切ない恋心を確かめ合うような、深く、長いキスだった。
花火が夜空を震わせる音が、遠くの歓声が、すべて遠のいていく。
唇から伝わる冬弥の優しさと、隠しきれない独占欲。
二人だけの甘くロマンチックな時間はどこまでも続き、重なった唇が離れた後も、その温もりは消えることなく、確かな愛の余韻としていつまでも二人の間に残り続けていた。
―――文化祭編、Fin.



