タッタッタッタッ――。
怜が嵐のように去っていった静かな廊下から、今度はそれよりもずっと速く、重い足音が猛然と近づいてくるのが聞こえた。
咲夏は心臓が口から飛び出しそうなほどのパニックに見舞われ、ぶかぶかな怜のシャツの裾をぎゅっと握りしめながら、近くにあった遮光カーテンの裏側へと大慌てで身を潜めた。
(やばい、本当に冬弥くんが来ちゃう……!)
ゴクリ、と生唾を飲み込んだその瞬間だった。
ガラッッッ!!!!
激しい音を立てて、空き教室Aの引き戸が勢いよく開け放たれた。
「咲夏っ……!無事っ!?どこにいるんだよっ!」
室内に飛び込んできたのは、息を激しく切らせ、執事服のままで額にほんのりと汗を滲ませた冬弥だった。
いつもは完璧な爽やか王子である彼の、これまでに見たこともないほどの焦りきった必死の形相。
咲夏はカーテンの隙間から、恐る恐るその真っ直ぐな瞳と視線を合わせた。
「う、うん……!ここだよ……。ごめんね、冬弥くんっ! ちょっと、さっきまで怜くんとお話ししてて――」
言い訳を最後まで紡がせてもらえる時間は、咲夏には残されていなかった。
バサッ!!!「――っ!」 咲夏が潜んでいたカーテンの布地ごと、外側から冬弥の大きな、熱い両腕が、咲夏の身体を容赦なくガッシリと包み込んだ。
不意打ちの、カーテン越しの力強い抱擁。
咲夏は驚いて大きく目を見開いたまま、身体をカチコチに硬直させる。
冬弥は激しく肩を揺らしながら、咲夏を自分の胸板へとこれ以上ないほど強く引き寄せ、耳元で低く呟いた。
「まじで心配した……。連絡もつかないし、怜とふたりでいるって言うし……何かあったんじゃないかって、生きた心地がしなかったんだからね」
「ご、ごめんね……。本当にごめんなさい。でもね、ちょっと本当に……緊急事態だったの……っ」
冬弥のジャージ越しに伝わってくる、熱い体温とはやい鼓動。
咲夏は申し訳なさから消え入りそうな声で、胸の中の切なさを口にした。
すると、冬弥はカーテン越しに回していた腕の力を少しだけ緩め、布地の隙間から咲夏の顔を覗き込んできた。
その瞳には、安心と、まだ隠しきれていない少し不機嫌な独占欲が入り混じっている。
「ん? 緊急事態って……何が?」
「えっと……その、服が……ちょっと、ね……っ」
咲夏は顔をじわじわと真っ赤に染め上げながら、意を決して、身体を包んでいた遮光カーテンからゆっくりと外の空間へと這い出してきた。
その瞬間、冬弥の身体がピキリと凍りついた。
大きな窓から差し込む、淡い秋の月の光。
そのうららかな光に照らされて露わになったのは、怜のものと思われる、あまりにサイズが大きくてぶかぶかな白いカッターシャツの襟元。
それを両手でぎゅっと握りしめている咲夏。
そして、そのシャツの裾や、動くたびにひらひらと隙間から覗く――白のフリルがあしらわれた、漆黒のミニスカメイド服と、白のニーハイソックス。
頭の上のレースのカチューシャ。
「……っ」
冬弥はこれ以上ないほど限界まで目を見開いたまま、頭を金槌で殴られたかのような強烈な衝撃を受けて、その場に棒立ちのまま完全に言葉を失ってしまった。
自分の知らないところで、大好きな彼女が、自分の親友のシャツを着て、世界一男心をくすぐる完璧なメイド姿で佇んでいる。
そのギャップの破壊力と、想像を絶するシチュエーションに心臓を撃ち抜かれた冬弥。
静まり返った夕闇の空き教室の真ん中で、ただふたりの静かな呼吸と、グラウンドから響く後夜祭の重低音だけが、これからの特大のハプニングを予感させるように、むなしく響き渡り続けるのだった。



