夏と冬が重なれば。番外編


怜のTシャツの背中に咲夏が後ろからしがみつき、ふたりでギャーギャーとパニックを起こしていた、まさにその時だった。 

ジリリリリリ、と静まり返った空き教室Aに、怜のズボンのポケットから大音量の着信音が鳴り響いた。

 怜はビクリと身体を強張らせて咲夏をパッと引き離すと、スマホを取り出して画面を見つめた。

その瞬間、彼の顔がこれ以上ないほど分かりやすく、苦虫を噛み潰したような凄まじい表情に変形する。

「……っ、う、嘘。もしかして、冬弥くん……っ!?」 

咲夏は一瞬にして血の気が引き、慌てて自分のポケットからスマホを取り出した。

画面を点灯させた瞬間、そこにあったのは――。

「やばい……っ!冬弥くんから、めちゃくちゃ着信が入ってるぅぅうううっ!?」 

不在着信の文字が画面を埋め尽くしている。 

完全に限界メーターを突破して震える咲夏の横で、怜は「……チッ。とりあえず、これ出ねぇと余計まずいわ」と腹をくくり、通話ボタンをスライドさせて耳元に当てた。

「お~~~うっ、冬弥……っ!ど、ど~~~した、お疲れっ!」 

いつもなら「あ?」の一言で済ませるはずの怜の第一声は、緊張のあまり裏返って、なんとも情けない高音を響かせた。 

そのあからさまに不自然な様子を見て、咲夏は頭を抱えて小声で激しく突っ込みを入れる。

「ちょっと!怜くん声変だよ、それじゃあ一瞬でバレちゃうよぉおおおっ!」

「あ? あー、あー……。いや、え……?」 

咲夏の予想通り、電話の向こうの冬弥を誤魔化すことなんて、最初から不可能だった。 

スピーカーの奥から漏れ聞こえてきたのは、いつもの爽やか王子からは想像もつかないほど、低くて、冷ややかで、静かに怒り狂っている冬弥の声だった。

『……怜。今、咲夏と一緒に二人きりでいるんでしょ? ……どういうつもり?何してんの?場合によっては許さないよ?』

「ひっ……!」 

あまりの冬弥の威圧感に、咲夏は声にならない悲鳴を上げてその場にしゃがみ込みそうになる。 

冬弥の、すべてを察したような冷徹な追及は、さらに容赦なく怜の鼓膜へと突き刺さる。

『とりあえずさ、俺、今からそこに向かうから。……交代ね、言い訳はあとで聞くから』 

ブチィッ!!!

 それだけを言い残し、電話は有無を言わせない強引さで一方的に切られた。

室内に、むなしく響く「プー、プー、プー……」という電子音。

「……っ」 怜はスマホを画面が消えるまで見つめると、ゆっくりと振り返り、まだカッターシャツをぶかぶかに羽織ったメイド姿の咲夏の肩に、ぽん、と大きな手のひらを置いた。

「ま、そういうこった!……俺の出番は、ここまでだ。……アディオス!」

 怜はニカッと最後だけ最高に爽やかなツンデレ笑顔を浮かべると、冬弥の怒りの炎に巻き込まれるのを恐れるように、大急ぎで走って空き教室Aを後にした。

パタパタと廊下を走っていく彼の足音は、驚くほどの軽快さだった。

「って、ええええええええええええええええっ!?!?! れ、怜くんんんんんっ!?!?私を置いてかないでぇぇえええええッッッ!!!!」

 夕闇の迫る誰もいない空き教室の真ん中で、咲夏は完全に置いてけぼりにされて絶叫した。

 怜の貸してくれた大きめのカッターシャツを羽織った、漆黒のミニスカメイド姿。

 知華たちの罠にハメられ、怜の優しさに感激し、そして大好きな彼氏にすべてが『即バレ』してしまった、絶体絶命の状況。

 廊下の向こうから、今度こそ本気で足音を激しく響かせて近づいてくる、執事姿の冬弥の特大の嫉妬の嵐を前にして、咲夏は真っ赤な顔のままガタガタと震えてただ立ち尽くすことしかできないのだった。