誰もいない空き教室Aの着替えBOXの中で、咲夏はゴクリと喉を鳴らした。
「とにかく、いつまでも下着姿でいるわけにはいかないし……着るしかないよね。でも、冬弥くんにこんな服装見せられない……っていうか恥ずかしすぎるでしょ……っ!」
咲夏は半泣きになりながら、フリルのあしらわれた黒と白のメイド服に泣く泣く袖を通した。
鏡を見ると、ふわりと広がる短めのスカートに、絶対領域を強調する白のニーハイソックス。
仕上げと言わんばかりにレースのカチューシャまで用意されており、どこからどう見ても男心をこれでもかとくすぐる絶妙な王道メイド姿の自分が映し出されていた。
「もうっ!知華も那智も、まじで何考えてんのよーーーっ!」
怒りのままに『制服とウサギどこやったの!』とLIMEのメッセージを連打するが、仕組んだ張本人であるふたりからの既読は一切つく気配がない。
「なんでなのよー!しかも、なんでサイズがこんなにぴったりなのよぉ……。完全にハメられたぁ……っ」
オタクとしてのプロ級の採寸技術をこんなところで発揮した知華を恨みつつ、咲夏が頭を抱えてどうしようかと考え倦ねていた、まさにその時だった。
ブー――ッ、ブー――ッ。 手元のスマホが非情な振動を始め、画面には大好きな『冬弥くん』の文字が躍る。
『咲夏? もう着替えられた?グラウンドの後夜祭、もうすぐ始まっちゃうから昇降口の前で待ってるね』
「どうしようどうしようどうしよう~~~っ!?!? こんな格好じゃ教室の外に一歩も出られないよぉおおおっ!」
冬弥からの直球の催促に、咲夏の脳内パニックメーターは完全にレッドゾーンを突破した。
このまま待たせ続ければ、過保護な冬弥のことだから「遅いな」と空き教室まで迎えに来てしまうかもしれない。
それだけは、この羞恥心まみれのメイド姿を見られることだけは、絶対に阻止しなければならなかった。
極限状態に追い込まれた咲夏が、藁にもすがる思いで液晶画面をフリックした相手。
それは、自分と冬弥のすべてを知る、あの頼れる『秘密の共犯者』だった。
プルル、と鳴るか鳴らないかのワンコール。
『あ?どした?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、いつも通りのだるそうで気怠げな、怜の声だった。
そのいつもと変わらない低めのトーンに、咲夏は救いを求めるようにして受話器に向かって必死に叫んだ。
「怜くんっ……!私、今、とっても、すっごくピンチなのっ!お願い、助けてっっ!!」
『は……?』
「お願いだから、冬弥くんには絶対に内緒で、今すぐ大急ぎで西校舎の空き教室Aにきて!!まじで一生のお願いだからっっっ!」
あまりの咲夏の狂気すら孕んだ緊急事態の勢いに、電話の向こうの怜は一瞬息を呑んだようだったが、すぐにいつも通りの冷静な声を返してくる。
『は?お前、一体どういうことだ。何があったんだよ』
「いいからっ!!御託はいいから、今すぐここに来てぇぇええええッッッ!!!!」
咲夏は恥ずかしさと焦りのあまり、半分泣き出しそうな声で受話器に向かって絶叫した。
夕闇が完全に校舎を包み込み、グラウンドからは後夜祭のスタートを告げる賑やかなBGMが微かに聞こえ始める。
冬弥の待つ昇降口とは真逆の、不穏な西校舎の空き教室。
大好きな彼氏を騙す形になってしまった罪悪感を抱えながらも、咲夏の必死の悲鳴(SOS)を受信したツンデレな怜が、このあとどんな顔をしてこのパニックの部屋のドアを開けるのか、咲夏の運命は真夏の夜の夏祭り並みの、さらなる大波乱の渦へと巻き込まれようとしていた。



