「ふふん、ふ~ん♪」
大好きな冬弥との後夜祭デートの約束に胸を躍らせ、咲夏は上機嫌で鼻歌を歌いながら、西校舎の奥にある静かな『空き教室A』へと入っていった。
夕暮れが差し込む室内の奥、目当ての着替えBOXへと滑り込んだその瞬間、ポケットの中のスマホが『ピコンッ』と短い通知音を鳴らす。
画面を確認すると、送り主は2組の喫茶室を仕切っているはずの知華からだった。
『咲夏っち、もう空き教室に戻ってきたー?』
『うん!今ちょうど着替えようと思って着替えBOXに入ってるところだよ!』
咲夏が素早く返信を送ると、今度は息を呑むような恐ろしい長文のメッセージが、知華から秒速で送り返されてきた。
『ごめん咲夏っち!実はさっき、小山内さんが自分の衣装と咲夏っちの制服をうっかり取り間違えて持って帰っちゃったみたいでさ(汗)。代わりにめちゃくちゃ可愛い服をBOXの中に置いといたから、今日はそれに着替えて後夜祭まで過ごしてほしーの!よろしくねん♪』
「……え!?私の、制服……っ!?」
咲夏は一瞬にして血の気が引き、慌ててクローゼットの中を見渡した。
けれど、知華の言う通り、さっきまでハンガーに掛けておいたはずの自分のブラウスも、黄金比のチェックのミニスカートも、影も形もなく消え去っていた。
「嘘でしょ……。じゃあ、代わりに置いてある服って……」
咲夏は混乱しながらも、BOXの奥に用意されていた見知らぬ衣装を手に取り、バサッと大きく広げた。
その瞬間、咲夏の脳内パニックメーターは早くも限界を突破する。
そこに現れたのは、これでもかと繊細なフリルと白と黒のレースがあしらわれた、どこからどう見ても2組の喫茶室で知華たちが着ている、超本格的な『メイド服』だった。
「ちょっとぉぉおおおっ!?!?何これぇええええええっ!?!?!」
下着姿のまま、咲夏は空き教室の隅っこで絶叫した。
こんなの恥ずかしすぎて絶対に外になんて出られない。
それなら、恥を忍んでさっきまで着ていたピンクのウサギの着ぐるみのまま後夜祭に行くしかない――。
そう思い至った咲夏は、大慌てでウサギのカチューシャと胴体を掛けて置いたはずのBOXの一番上へと視線を移した。
けれど。「え……っ?ウサギさんのが……ない……っ!?」
さっきまでそこに置かれていたはずのもこもこしたピンクの衣装一式が、綺麗さっぱり消滅していた。
完全に退路を断たれた、絶体絶命のクローゼット。
――ちなみに、咲夏が着替えている隙に、そのウサギの衣装を「任務完了」と言わんばかりに音もなくかっさらっていったのは、他でもない那智、そして女子学級委員の小山内美波さんだった。
「ふぅ……」
空き教室Aから少し離れた廊下の隅。
ウサギの重たい着ぐるみを抱えた小山内さんは、少しだけお疲れな様子でため息をつきつつも、隣を歩く紫の特攻服姿の那智をチラリと見て、ふっと楽しそうに唇の端を吊り上げた。
「それにしても……澤木さんも、なかなかイケずなことするわねぇ。まさか安達さんの制服を隠して、強制的にあのメイド服を着せる作戦だなんて」
「フン、うちの咲夏をいつまでも裏方に隠しておくのが勿体ねぇからな。……ま、小山内さんも、冬弥のコスプレ姿を間近で拝むっていう目的のために、うちらの悪ノリにサクッと加担して制服を『誤回収』してくれたんだから、お互い様だろ」
「あはは、確かにねぇ〜!でも私、そういう目的のためなら手段を選ばない澤木さんの黒いところ、全然嫌いじゃないわ♪」
元ヤンの那智と、裏の顔を持つ小山内さん。
まさかの、文化祭という大舞台の裏側で意気投合してしまった異色の悪ノリコンビは、お互いにニヤリと黒い笑みを交わし、夕闇の廊下を足早に去っていくのだった。
そんな恐ろしい親友たちとライバルの裏取引なんて、知るはずもない咲夏。
夕焼けの差し込む空き教室の真ん中で、下着姿のまま漆黒のメイド服を抱きしめ、「どうしよう、どうしよう……っ!」と、真夏の夜の夏祭り並みの、前途多難すぎる特大パニックにただただ頭を抱えることしかできないのだった。



