片隅の貧しい村に転生した僕は、魔道具づくりで暮らしを変えます~規格外のモノづくりで大好きな家族を世界一幸せにする~

 あの衝撃的な交通事故から、数日が経過した。
 
 僕は今、ベビーベッドの上でふかふかとは言い難いものの、日に干された清潔な匂いがする麻布に包まれて寝転がっている。
 
 赤ん坊の体というのは不便なもので、一日の大半は強烈な睡魔に襲われて眠ってしまうし、起きている時でも視界はまだ少しぼやけている。

 手足は自分の意志通りには動かず、バタバタと空を掻くことしかできない。

 腹が減ったりオムツが不快だったりすれば、本能のままに泣き声を上げてしまう。

 前世の高校生だった頃の記憶と自意識がある分、この自分の体を制御できないもどかしさは、なかなかに歯痒いものがあった。
 
 しかし、その不便さを差し引いても、この数日間は僕にとって至福の時だった。
 
 何しろ、誰も僕を罵倒しない。

 誰も僕を冷たい目で見ない。
 
 少しでも泣き声を上げれば、お父さんかお母さん、あるいはヤードやマリアがすっ飛んできて、優しく抱き上げてあやしてくれるのだ。

 前世の冷え切った家庭環境を思えば、ここは文字通り天国だった。
 
 ベッドの中でただ天井の木目を眺めているだけの時間も、決して無駄ではない。
 
 赤ん坊の僕にできる最大の情報収集、つまり『家族の会話の盗み聞き』によって、僕はこの数日でこの世界についての重要な情報をいくつも理解し始めていた。
 
 まず、ここがどこなのかについて。
 
 どうやら僕が生まれ落ちたこの国は、『マルティ王国』という名前らしい。

 両親の会話の端々から拾い集めた情報によれば、このマルティ王国は大陸の南半分という広大な領土を占める、かなり大きな国家であるようだ。

 国土の中央には豊かな水量を誇る大河が流れており、その河川を中心にして農業や交易が盛んに行われているという。
 
 ただ僕たちの住んでいるこの村は、そんな広大で豊かなマルティ王国の中でも、果てしなく辺境に位置する場所だった。
 
 王都から遠く離れた大陸の東の端、深い森と険しい山々に囲まれた、文字通りの片隅にある開拓村だ。

 だからこそ物資は乏しく、王都の豊かな恩恵もここまで届くことはない。

 冬は厳しく、畑の土も決して肥沃とは言えない。

 両親の会話から滲み出る貧乏の二文字は、この過酷な環境が理由だったのだ。

 家族は、父ガレスと母ミレア。
 
 長男のヤードに、長女マリア。

 そして僕の名前は、クリス・ハルヴァ。

 皆、生きるために働いている。

 ヤードとマリアは、剣と魔術の訓練をしているらしい。
 
 この世界では、それすらも生きるための力なのだろう。
 
 それから、もう一つ。

 このファンタジー世界における最も重要なシステムについても知ることができた。
 
 それが『スキル』の存在だ。
 
 この世界では、人間は誰もが生まれながらにして神様から何らかの才能――『スキル』の加護を与えられているらしい。
 
 しかし、生まれたばかりの赤ん坊の段階では、自分がどんなスキルを持っているのかは誰にも分からない。

 それが判明するのは、体が少し成長し、魔力が安定する『五歳』の時だ。
 
 五歳になると、村の教会で神父様によるスキル鑑定の儀式が行われる。

 そこで、自分の持つスキルが神の託宣として言い渡されるのだ。
 
 この五歳の儀式は、この世界に生きる人々にとって、その後の人生を決定づけると言っても過言ではない最も重要なイベント。
 
 農作業に向いた農民のスキルなのか。
 
 山で木を切り出す木こりのスキルなのか。
 
 それとも、特別な魔法や武術の才能を示す上位のスキルなのか。
 
 どんなスキルを授かるかによって、将来就ける職業が決まり、さらにはお金を稼ぐ力や、社会的な身分までが大きく左右されてしまう。

 良いスキルを持っていれば、貧しい村から出て王都で立身出世を果たすことも夢ではない。

 逆に言えば、パッとしないスキル、あるいは戦闘にも生産にも使えない外れスキルを引いてしまえば、一生を貧しいままで終える可能性が高いのだ。

 前世の学歴社会や就職活動よりも、よっぽどシビアで残酷な運命の分かれ道である。
 
 そんな厳しい世界にあって、僕のヤードとマリアは、まさに村の希望の星とも言える存在だった。
 
 なんと、この辺境の貧乏な村に生まれながらにして、八歳になる二人は非常に強力で稀少なスキルの加護を授かっていたのだ。
 
 兄のヤードは、『剣士』のスキル。
 
 姉のマリアは、『魔術師』のスキル。
 
 本来、平民の村からは滅多に出ない戦闘系の花形スキルである。
 
 剣士のスキルがあれば、将来は冒険者として名を馳せたり、腕を磨いて騎士団に入隊したりすることもできる。

 魔術師のスキルに至ってはさらに希少で、魔法を極めれば王国の重職に就くことも可能なほどのエリート街道だ。
 
 二人が五歳の儀式でそのスキルを言い渡された時、村中がお祭り騒ぎになったらしい。

 お父さんとお母さんがどれほど喜び、そして二人を誇りに思っているかは、普段の愛情深い接し方を見ればよく分かった。
 
 すごいなぁ、お兄ちゃんとお姉ちゃん……。
 
 僕はベビーベッドの中で、ふにふにと自分の小さな手を動かしながら感心していた。
 
 前世の僕の兄と姉も、勉強やスポーツで優秀な成績を収めていたが、彼らは僕を見下していた。
 
 けれど、ヤードとマリアは違う。

 彼らはその素晴らしい才能を、家族のために、そして新しく生まれた僕のために使おうとしてくれているのだ。
 
 ドタドタドタッ!
 
 僕がそんなふうに家族の事情について頭を整理していると、部屋の外から元気な足音が近づいてくるのが聞こえた。
 
 勢いよく木の扉が開かれ、パタパタと軽い足音がベッドに駆け寄ってくる。
 
「クリス! 起きてるかー?」
 
「もうヤード、そんなに大きな声を出したらクリスがびっくりしちゃうでしょ。……クリス、お姉ちゃんよ。起きてる?」
 
 ベッドの柵からひょっこりと顔を出したのは、噂の天才であるヤードとマリアだった。
 
 今ではこの二人の顔を見るだけで、僕の心は不思議と安らぐようになっている。
 
「おおっ、起きてる起きてる! クリス、今日もいい子にお留守番してたか?」
 
 ヤードがベッドの隙間から手を入れて、僕のぷにぷにとした頬を指先でツンツンとつつく。
 
「あぅ、あー」
 
 僕は嬉しくて、歯の生えていない口を開けて笑いかけた。

 ヤードの指を小さな両手でギュッと握りしめると、彼は大げさに喜んだ。
 
「ちょっとヤード、手が泥だらけじゃない。クリスのお顔が汚れちゃうわ」
 
 マリアがヤードの手をパシッと叩いて退かすと、今度は彼女が僕の顔を覗き込んできた。
 
「クリス、いい子ね。今日もとっても可愛いわ。……あ、ほら見てクリス」
 
 マリアはそう言うと、自分の顔の横で右手の指先をパチンと鳴らした。
 
 すると、彼女の指先に、ぽっ、水の玉が現れたのだ。
 
「あーっ!」
 
 僕は思わず声を上げた。

 魔法、それを実際に目の前で超常現象を見せられると、やはりテンションが上がってしまう。
 
「へへん、どうクリス。お姉ちゃんの魔法、綺麗でしょ?」
 
 得意げに笑うマリアの横で、ヤードも負けじと胸を張る。
 
「魔法だけじゃないぞ! 俺の剣術だってすっげーんだからな! 今日も森の入り口で、木の棒を使って素振りを百回やってきたんだ! いつか本物の剣を買ってもらったら、クリスに俺の一番かっこいい技を見せてやるからな!」
 
「私もよ。もっと難しい呪文を覚えて、火を出したり、キラキラ光る魔法を見せてあげるからね」
 
 二人はベッドの中の僕に向かって、目をキラキラと輝かせながら未来の約束をしてくれた。
 
「そしたら、いっぱいお金を稼いで、このボロい家も新しくして、お父さんとお母さんにも楽をさせてやるんだ」
 
「そうよ。美味しいお肉も、甘いお菓子も、全部クリスに買ってあげる。だからクリスは、何も心配しないで、いっぱい食べて大きくなればいいのよ」
 
 ヤードとマリアの言葉に、僕の胸の奥がじんわりと熱くなった。
 
 前世では、誰かに期待されることも、何かをしてあげたいと無条件に思われることもなかった。
 
 けれどヤードとマリアは、自分たちの才能に驕ることなく、ひたすらに『家族のため』を思って過酷な特訓を重ねているのだ。

 自分のためではなく、僕たちを幸せにするために。
 
 僕も、頑張らないとな。
 
 二人の優しい笑顔を見つめながら、僕は心の中で静かに決意した。
 
 この温かい家族の恩恵に、ただ甘え続けるだけの人生にはしたくない。

 前世では何もできずに終わってしまったけれど、今度こそは、僕もこの家族の力になりたい。
 
 二人におんぶに抱っこではなく、僕も彼らを支え、一緒にこの貧しい村での生活を豊かにしていきたい。
 
 そのためには、僕自身も何か力を持たなくてはならない。
 
 五年後、僕はいったいどんなスキルを授かるのだろうか。
 
 ヤードの『剣士』やマリアの『魔術師』のような、わかりやすく強力なスキルだろうか。

 どんなスキルでもいい……どうか、みんなの役に立てる、良いスキルだといいな。
 
 そして心地よい睡魔に身を委ねながら、僕はゆっくりと瞳を閉じる。
 
 僕、絶対にこの家のみんなを幸せにするよ。
 
 そんな決意を胸の奥底にそっと沈め、僕は幸せな夢の中へと落ちていった。