「そうだ。君の名前を聞かなくては。君の名前は?」
「私の名前は…」
言う時、一瞬迷った。本当にこの人についていっていいのかと。
でも、もう決めたんだ。
「沙奈です」
箒を置いて、頭を下げた。
もうこの瞬間から、私は彼の奴隷になったんだ。
修夜さんは満足そうに頷いて、私の名前を復唱した。
「じゃあ、沙奈。今から俺の屋敷に来い」
「あっ…」
そうだった。母と瀬奈にいわなくては。無断で外出したりしてしまったら、怒られてしまう。
それに、瀬奈は修夜さんの話をしていた時、「眉目秀麗なんだって」と頬を赤らめていた。もしかしたら修夜さんに好意を寄せているのかもしれない。だとしたらきっと、私が奴隷という立場とは言え、彼と婚姻を結ぶなんてことは許さないだろう。
「あの…」
「お姉ちゃん?」
息が止まった。瀬奈の声だった。
振り向くと、瀬奈と母が、怒りに満ちた表情でこちらを見ていた。
「ああ…お客様。いらしていただいたのに留守にしておりまして。申し訳ありません。…ところで、その者はどうしたのですか?」
「俺はこの者を奴隷にすると決めた。もう契約も行った」
え?いつの間に契約を結んだことになっていたのだろうか。
「そんな…」
修夜さんに聞こえないくらい小さな瀬奈の声に、背筋が凍る。
「…お言葉ですが、修夜様。そちらの者は躾のなっておらず、両親に見捨てられたお荷物でございます。そちらの者よりも、こちらの瀬奈の方が頭のいい働き者です」
「修夜様、初めまして。瀬奈です」
瀬奈がぴしりと姿勢を正し、修夜さんに笑みを向けた。
「…どこが頭のいい働き者だというのだ?こういう時は頭を下げるのが常識だ。しかも、沙奈は家の前の葉を掃いていたのに、外出していたのだろう。沙奈に押し付けたんじゃないのか?沙奈のほうがよっぽど頭のいい働き者だ」
「…っ」
瀬奈と母の顔が恥ずかしさからか真っ赤に染まった。
「…しゅ、修夜様。こちらを見ていただけませんか」
「なんだ?」
どうでも良さそうな修夜さんが瀬奈の瞳を見た。
「…奴隷なら私が適任です。そう思いませんか?」
「全く。…お前もしかして、神女か?」
びくりと瀬奈が肩を揺らす。え、そうだったの…?
神女は女性には影響を与えないと聞いていた。だから気付けなかったのかな…。
もしかしたら、瀬奈が神女だったから、父は出て行ったのかもしれない。
無理矢理瀬奈に惹かれることが、嫌だったから。
「ち、違います修夜様っ」
慌てて否定しているが、肯定しているも同然の慌てぶり。
「…お前は本当に弁えがないな。神女の能力は、奴隷を持っている者には影響を与えないんだ。残念だったな」
「そ、そんなっ…」
「沙奈、行くぞ」
修夜さんに手を引かれ、瀬奈たちに背を向けた。
「…許さないわよっ!!」
大声に振り向くと、怒りに顔を真っ赤にした瀬奈がこちらを睨んでいた。
「お姉ちゃんが修夜様の奴隷だなんて…絶対に許さないんだからっ!!親に見捨てられたお荷物なんか、修夜様にも捨てられるわ!!」
瀬奈…。
私は瀬奈の目を見ながら、何も言わずに修夜さんに手を引かれ、その場から立ち去った。

