スカートを履きたい僕とズボンを履きたい君

今日は雑誌の発売日。
コスプレコンテストの結果発表の日だ。

逸る気持ちが抑えられず糸部に貧乏ゆすりをするなとなんども注意されながら放課後を迎えた。

帰りの挨拶が終わった瞬間、教室を飛び出す。

「じゃあね!原田、糸部」

「じゃ……、返す前に消えたな」

「なぁ、糸部。なんか最近泉谷変わったくね?明るくなったっていうか。自分の殻破ったぜ!みたいな感じ」

「好きな人でも出来たんじゃないか」

「なに!?待て泉谷!今日俺部活休む!」

「原田いるかぁ」

「げっ、顧問……」

「いってらぁ」



×××



朝からSNSは見ていない。
公式から発売の告知はされていたけど添付されていた画像は真っ黒な背景にクエスチョンマークが一つだけでヒントもなにもない。
大体書店が開店する朝10時から発売開始でタイムラインにはきっとネタバレが次々と流れてくるだろう。
優しい人はぼやかしたりモザイクかけてくれたりしてくれてはいるものの、そう思って開けばストレートを喰らうのがおち。

こういう系は書店に2、3冊、少ないところでは1冊しかおいていないから意外と早い者勝ち。
いつだかどうしても気になる終わり方をした漫画があって、一話だけ月刊で読もうとした結果3件まわってやっと見つけた。

学校から一番近くの書店。
入り口を通り少し奥へと進んだところにある漫画コーナー。
その入り口に月刊やアニメ雑誌、イラスト集なんかがおいてある。
棚にびっしりと敷き詰められた本たち。
様々な本の背表紙の中から目当てのものを探す。

「あった」

お陰で最後の最後までネタバレを喰らわずにすんだ。
一冊を引き抜き表紙を表にする。
表紙を飾っていたのは……。

「reoさん……」

正直わかっていたことではあったがやっぱりSORAでなかったことが悔しかった。
3年連続不動の1位のreoさん。
その壁はエベレストよりも高いだろうけど。

裏返して背表紙を確認する。
落ち込んではいたけど、それも一瞬にして喜びへと変わる。

「SORAが2位!」

声を圧し殺して叫ぶ。
しかも大きな文字で『SORA緊急特別インタビュー』と書かれている。

「スタンプ(おめでとう)」

思わずスタンプを送ってしまった。

急いでレジに向かって会計を済ませる。
その気持ちのまま急いで家へと帰りレジ袋から雑誌を取り出す。

背表紙に映る4人は同じアニメでそれぞれにあったキャラのコスプレをして撮影する。
フリルを纏った女子キャラかと思っていたけど。

「男子キャラ……」

本屋では特別特集が組まれたということに驚きしっかりと見ていなかったけど、ウィッグも、メイクも、衣装も、女性ではなく男性で。
多分、僕だけがわかる。
これはSORAではなく姫野だってこと。

SORAが男性キャラをやっていたのいうのは知っているけどその写真を実際見たことはなかった。
初めて見るその姿。
自分が憧れていた姿ではないけれど、ただ単純にかっこいいと思った。
今までのどんな笑顔よりもこの写真に映るSORAの、姫野の笑顔が一番好きだと思った。

『俺は、ズボンが好きだ。ズボンを履きたい』

今初めて、姫野がそういった理由がわかった気がする。
姫野が自分と同じだったこと。
なりたい自分を、好きな自分を認めてほしかったこと。
そんな自分を知ってほしかったこと。

雑誌のページをめくりSORAの特集ページを開く。
全4ページ。
1ページ目にはこの前のイベントの写真が載せられていた。
今回、この衣装にした理由やランキングについて、reoさんのことについてのインタビューなどがあった。
3ページ目の見出しには「SORA、原点へ」とあり、男性キャラのコスプレをしたSORAが写っていた。

インタビュー記事を読み進めていくと「約2年ぶりの男性キャラということですが、なぜ急に?」という質問を見つけた。

「女性キャラを始めたのは好奇心でした。人と違うことをしたらもっと見てもらえるんじゃないかって。そしたらありがたいことにたくさんの人が見てくれて僕もここまでくることが出来ました。でも、SORAという自分が大きくなっていくにつれ本当の自分との違いに違和感を持つようになったんです。だから今回、本当の自分を、SORAのすべてを皆さんに見てもらいたいと思ったんです。俺は男で、かっこいいが好きだってことを」

ーーーーードキンッ。

『一人の男として俺を見てほしい』

『泉谷が好きだ』

そうだ、僕はSORAばかりみていた。
姫野が姫野であるときも姫野を通してSORAを見ていた。
姫野を見ていなかった。

『男がスカートを履いたら気持ち悪いのか?』

『自分が好きな自分でいられるなら。俺はそれを変だと思わないけど』

あのとき、姫野がかけてくれた言葉が自分を変えてくれた。
姫野はずっと自分の背中を押してくれたんだ。

胸の奥が温かくなる。
好きという言葉の意味がまだ姫野が言った好きと同じかはわからない。

「はやく明日にならないかな」

ただ、姫野の顔が早くみたい。
そう思った。



×××



「じゃあ、また放課後に」

「またな」

もうすぐチャイムがなる。
学校でも姫野と話すことが増え、昼休みはたまに一緒にご飯を食べている。

今日は放課後、姫野の撮影に僕も参加させてもらうことになった。
姫野にやってみないかと誘われ、田中さんに相談したら二つ返事で了承してくれた。

授業中、無意識に足が静かにステップを踏んでいた。

そして放課後。

「なぁ、泉谷。最近よく姫野といるよな」

「そう?」

「そう?じゃねぇ!なにがあった、俺たちを差し置いて姫野といちゃいちゃするなんて!った、糸部!」

いつも通り原田に一発入れる糸部。

「いちゃいちゃは言い過ぎだが、確かに急に仲良くなったから不思議には思った」

「さっきも言ってたけど、なんか放課後あんのか!」

「え、えっと……」

止めの効かない原田の質問攻めに戸惑っていると、どこからか涼しい風が吹く。

「泉谷、行くぞ」

「あ、うん」

隣にやってきた姫野は僕の手を掴みこの場を終わらそうとしてくれた。
鞄を肩にかけ、姫野の後をついていく。

「ちょっと待った、俺もそれついてく。糸部、お前もだ」

そんなこんなでついていくと言い張って原田が1歩も譲らないものだから自分も糸部もどうしようもなくて折れた次第。
肝心の姫野はよく分からない表情をしたままなにも言わなかった。

「えっと、この方たちは……」

「田中さんすいません。ついてくってきかなくて」

「泉谷の心の友(しんゆう)です!」

「泉谷、このスーツの人は誰だ」

「え、っと……」

「ファミリーカーにしておいてよかったです。
とりあえずお乗りください」

田中さんは最初は驚いたもののすんなりと2人を受け入れ、車に案内した。
てっきり運転手がいるかと思ったら田中さんが運転している。
しかもマニュアル車。

「泉谷さんは、また元気なお友達が居られるんですね」

「自分がこうだって思ったらなかなか引いてくれなくて。いつもは糸部が、隣に座ってる人が抑えてくれるんですけど、今日はダメでした」

「きっと、そのお友達にとって自分の知らない泉谷さんがいることが嫌なんだと思います」

「え?」

「いい機会なんじゃないでしょうか。自分をお友達を信じてみては」

なんのことだろうとふと自分の隣に座る姫野に顔を向けるとブレーキの反動か自分の意思かわからないけどコクンコクンと頷いている。

ーーーーーガコンッ

「田中さん!どうしました」

「みなさん大丈夫ですか、すいません。ちょっといいこと言ったなって自分には更けてたらエンストしちゃいました」



×××



「ここは……」

「スタジオだよな」

「なんでまたこんなところに。コスプレイヤーじゃあるまいし」

「泉谷、いくぞ」

「あ、うん」

姫野に手を引かれ更衣室へと向かう。

「お二人はここでお待ちください」

「なんでた!泉谷、姫野につれてかれたんだぞ」

「本当の泉谷さんを知りたいなら、待ってあげてください」

「原田、飲み物奢ってやるから。ほら行くぞ」

「糸部が奢ってくれるだと……!行く!待ってる!」

今までになんどか見たことはあったけどやっぱりこの光景をみると足の裏がゾクゾクして毛が逆立つ。
高揚感みたいな、でも原田や糸部のことを思い出すと不安が荒波のように襲ってくる。

「どうした?」

「やっぱり今日はやめておこうかな」

「なんで」

「原田と糸部いるし。それに姫野こそいいの、2人に知られても」

誰もが姫野のように受け入れてくれるわけじゃない。
それぞれの価値観がある。
2人にだってアニメが好きだったりするけど、だからそういうのも大丈夫ってことにはならない。
だって、気持ち悪いって言ってたし。

「俺はもう隠さないって決めた。お前も自分の好きな自分でいたいんだろ」

ーーーーードクンッ。

自分の好きを一番嫌っていたのは自分だった。

「俺は泉谷千景が好きだって言ったろ」

「うん」

着替えが終わり、2人が鏡の前に並ぶ。
スカートを履いた僕とズボンを履いた君。

僕の憧れだった君が好き、僕の背中を押してくれた君が好き。
スカートを履いた自分が好き。

「姫野」

「なんだ」

でも、まだ少し怖い。
だから。

「あのときみたいに手、握ってくれますか」

「頑張れ」

その暖かい声と優しく包み込んでくれる手に震えは止まった。



×××



「原田、糸部、おまたせ」

「お前ら遅ぇぞ……ってなんだその格好は!?」

原田は驚きのあまり飲んでいた缶を落とした。
幸いにも飲み干していたらしく、カランッと音を響かせて床を転がった。
隣に座る糸部も目を丸くしている。

「やっぱり変だよね……」

「か、可愛い……」

「「「は?」」」

予想外の反応にその場にいた全員が口を揃えた。
原田にとってそれは雷に打たれたと同じくらいの衝撃だったらしくフリーズして動かなくなってしまった。

「糸部は?やっぱり気持ち悪い?」

「別に。似合ってると思う」

「前、男がスカートってキモいって、言ってたから」

「それは原田が履いたらの話だろ」

「これも僕なんです」

「いいんじゃないか」

「嫌いになったりしない?」

「誰がするかよ」

あんなにも怖くて不安で苦しかったのに、こんなにもあっさり受け入れてもらえるなんて。
田中さんが言ってたことも今、やっとわかった。

「ありがとう!」

「いい顔してんじゃん」

嬉しくてつい顔が緩んでしまう。
それを見た糸部も笑い返してくれる。
糸部が笑うなんて珍しい。

「泉谷」

「なに」

「撮影、行くぞ」

衣装の袖を引っ張って声をかけてきた姫野。
なんかむくれてる?

「そういえば、そいつ、誰だ」

「え?姫野だよ?今はSORAって言った方がいいかな」

「は?ひめ……、そ、SORA。まじか」

「まじ」

「だからお前ら急に仲良くなったんだな。でもよ、姫野はおれらに知られて大丈夫なのか」

「別に問題ない。隠さないって決めたし、泉谷を落とすって決めたから」

「俺の知らないところでそんなところまで行ってたのか。原田が聞いてたらやばそ……」

「姫野っ!お前!」

こういうときにだけ耳がいい人ってちょっとめんどくさい。
糸部のお陰で丸く収まりそうだったのに、原田のフリーズ状態が溶けてしまった。

「泉谷は俺たちのものだぞ」

「誰のものかは泉谷自身で決めることだ」

「ちょ、ちょっとまって!」

止めようと2人の間に入ると姫野が僕の腕を掴んで自分の体に引き寄せる。
腰に手をまわされ、鼻先が触れそうなほどの距離まで近づく。

「これは打算だったな。まさかこうくるとは。泉谷。いや、千景」

「は、はい」

「あのときの返事。Yesならキスしろ」

「は?なに言って」

「キスしろ」

姫野と原田は正気を失ってるし、糸部は手に終えないと白旗をあげてるし、どうすればいい。

あぁ、もう!どうにでもなれ!

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」

唇になにか柔らかいものが触れる感触があった。
情景反射で閉じた目蓋をゆっくり開く。

「「「は?」」」

僕の一生に一度のファーストキスは原田に奪われてしまった。