スカートを履きたい僕とズボンを履きたい君

「おまたせ」

「やっぱりこっちが正解だったな」

翌日、僕たちは会場の最寄りから数駅手前の乗り換え駅で待ち合わせをした。

普段から乗り換えをする乗客でごった返す駅だけど最寄りで合流するよりはここの方がしやすい。
お陰で誰にもぶつかることなく姫野のところにくることができた。

コンテストの結果は雑誌が発売されるまでのお楽しみのため2日目に結果発表のためだけに参加するということがないから今日は田中さんもいなくて完全にプライベート、姫野蒼空としてイベントに参加しに来ている。

「わがまま聞いてもらっちゃってごめんな」

「いやいや、昨日も言ったけど僕も行きたかったし。一緒に行けて嬉しいよ」

「……。」

少し俯き気味な姫野。
顔はよく見えないけどどこかわくわくしているようなそんな雰囲気を感じる。
意外と僕よりも楽しみにしていたのかも、なんて考えたらなんだか思わず表情筋が緩んでしまった。

電車の中はやっぱり混んでいた。

「相変わらず凄い人だね」

「だな」

「まぁ、いつも乗ってる電車とそう変わらないけど」

「強いて言えば熱気が違うな」

「確かに」

そのせいで互いの心臓の音が聞こえるくらい近い距離がとてつもなく気まずくて片言の会話で紛らわす。

だって相手は男でも一目置くイケメンだ。
それに、この人のもう一つの顔は。

「顔、真っ赤だけど大丈夫か?」

「だ、大丈夫」

車内が暑いせいってことにしておこう。

「今日こそズルい手は使わず正々堂々行くからね。チケット持って手、あげて」

「わかった」

こういうイベント恒例で手を上げてゲートをくぐる。
それをしている自分を恥ずかしく思うとどころか逆に自分は仲間だってこのチケットを握りしめた手に思いを込めていた。
姫野はこのこと事態は知っていたけどやるのは初めてだったらしく、どこか嬉しそうな新鮮な表情をしていた。

会場に入るとそれぞれが目的の場所を目指し足を進める。
パンフレットを手に取った僕たちはひらかれた通路の端っこで広げ作戦会議を始めた。

「どこ行きたい?」

「んー、こことここ。後絶対ここは行きたい」

「なにがあるんだ?」

「コスプレイヤーさんたちの写真展!許可をもらったレイヤーさんたちから写真をもらって展示してるんだ。もちろんSORAもいて!」

「SORAを見るため?」

「もちろん!」

「ここと、ここは?」

「SORAの……」

「SORAばっかじゃん」

「好きなんだからしょうがないじゃん」

「す……」

するりとこぼれた言葉。
言った後からそれに気付く。
目があって2人、片方の手でパンフレットの両端を掴んだまま固まる。

「す、すいません」

「まぁ、普通に嬉しいよ。そんなに好きになってくれてて。SORAとしてな」

「そういえば考えてみれば今、僕はSORAを一人占めしてるってことになってるわけで。それって大丈夫なのか。もし、万が一バレたら……」

「泉谷」

「はい」

「俺は今、姫野蒼空だ。学校のクラスメイトでお前の友達。普通の高校生」

そうだ。
SORAだって普段に戻れば姫野でみんなと同じように学校に通って友達もいる。
僕と姫野が友達っていうのはまだ実感できないけど。

「じゃあ今日は僕のわがまはまに付き合ってもらってもいい?」

「もちろん」



×××



「いやぁ尊い」

「なんか泉谷、キャラ変してないか」

写真展に来た僕たち。
360度美しさと輝きに溢れた写真に囲われてた場所。
普通だったら静かにしなくてはいけないけど、会場内にはアニソンがランダムに流れているし、他の会場の音楽も流れてくるから心の内を思い切り吐き出す。
その場に崩れ落ちてる人もちらほら。

「俺、別のレイヤーのところ見てきていいか」

「うん、いいよ」

「ここ離れんなよ」

「離れると思う?」

にやりとした笑みを向けると姫野は呆れたような、でと少し恥ずかしそうな顔をして奥の方へと歩いていった。
他のレイヤーさんだって可愛くてかっこよくて綺麗だと思う。
でもやっぱりSORAは違う。

SNSでアップされていた写真もいくつかある。
けど液晶で見るのと現像されたのでは輝き方が別物だ。
特殊加工されてるんじゃないかってくらい会場のライトに照らされているとアクセサリーやレースが光の反射で星空のように輝く。
まるであのときのSORAがそこにいるようで。

美術館みたいに結界はなく、触れるのはダメですよって感じだからギリギリまで近づくことができる。
さすがに息がかってしまったり端からみたらちょっとっていうのがあるから鼻が着きそうなくらいには近づかないけど、自分の視界にSORAしか見えないくらいに近づいて。
この写真は宇宙を舞台にしたアニメのキャラクターのコスプレ。
瞳の中には星々の輝く宇宙が広がっていた。

その瞳に吸い込まれそうになったとき。

「ほんと飽きないな、目の前にいるってのに」

「うわっ!?」

ポンポンと肩を叩かれ振り向くと視界が今度は姫野の顔で埋めつくされた。
真っ直ぐ見つめられた瞳が蒼空って名前通り澄んでいることを知った。

「写真のSORAの方が好きか。俺じゃ不満?」

「そ、そういうんじゃないよ。姫野はかっこいいよ。もしかしてSORAに嫉妬した?」

「……っ!」

だいぶ打ち解けてきた2人。少し調子にのって茶化してみた。
なに言ってんだとかそんなわけないとか言われるのかと思ったけど。

「今のはずるい」

大きく目を見開いて口を抑えて俯く姫野。
あれ、なにも言い返してこない。

ーーーーートクンッ

何故か僕の心臓が小さく跳ねた。



×××



写真展を離れた後は目についたところをひたすらまわった。

「見て!顔はめパネルあるよ。写真撮ろ」

「今時撮るやついんのかよ」

「僕がいる」

今時、やる人の方が珍しい顔はめパネルで写真を撮ったり。

「この剣、原作の設定では100キロあるらしいんだけど。再現、してるんだ……って重い!」

「俺も手伝う」

100キロもある剣を2人がかりでようやく数センチ浮かせたり。
たくさん歩きまわってたくさんはしゃいで。

「疲れたぁ」

「はぁ、さすがに足が辛い」

「ヒール履いてるときとはまた違う?」

「そうだな、使う筋肉が違うから。まぁヒールの方がつれぇよ」

歩き疲れた僕たちはフードコーナのテーブルに座り休憩をすることにした。
ドリンクを軽食を買い、エネルギーを補給する。

ご飯を食べ終え、ドリンクを飲み干して、あがった息も落ち着いてきたころ。
ふと姫野を見るとスマホをスクロールしながら笑っていた。
さっきは目の前のことばかりに夢中になって気付かなかったけど。

SORAのときとは違う笑顔。
まるで好きな人に微笑みかけるような。

「姫野って好きな人いるの?」

つい、口にでてしまった。

「いるよ」

一瞬、静寂が訪れた後、優しい声でそう答えた。

「と、特に深い意味はないんだけどね。なんか嬉しそうにスマホ見てたから」

なんで自分、こんなにどうようしてるんだろう。
言葉通り深い意味なんてないはずなのに。

「見るか?」

「いやいや、プライバシーとかあるし。本人に許可とらないと」

「別にいいだろ。今、俺の前にいる人だし」

「え?」

そういって向けられたスマホの画面に映っていたのはさっきの自分だった。

「泉谷。俺は、泉谷が好きだ」

「い、いつから……」

「美術の授業でペアを組んだときから」

あのとき感じた不思議な感覚。
それを姫野も感じてたんだ。

あれ、胸が熱い。

「でも今、お前をもっと好きになってる。俺は可愛いと言われるのが嫌だった。周りが俺のことを評価してくれるのはありがたいことだってわかってる。けど、それでも男だからかっこいいって言われたかった」

姫野の表情が険しくなっていく。

「自分とSORAとの間にできる在り方の違いがどんどん苦しくなっていた。そんなときに、お前がまっすぐ俺を見て、俺のお陰だって言ってくれた。そんな言葉なんてきっとありふれている。けどお前が言ってくれた言葉だから、お前だったからやってやろうじゃないかって思えた」

「コスプレショーのときのこと?」

「SORAが好きなお前にも一番のSORAを見せてやりたかったからな。でもその反面、悔しかった」

「悔しい?」

「だってお前。SORAしか見てないだろ」

「そ、そんな」

姫野と今日、こうやって一緒にまわれて楽しかったし、自分の好きな自分でいろって言ってくれたは姫野だ。

頭の中をぐるぐるしていると姫野は僕の手を握った。

ドキンッと心臓が大きく脈を打つ。

「きっと今、泉谷の心臓の音はうるさいと思う。けどそれは俺に握られているからじゃない、SORAに握られているからだ」

あの握手会のSORAが浮かぶ。
姫野に言い当てられてしまった。
でも、それのなにが……。

「俺はお前にドキドキしてる。泉谷千景の手を握っていることに胸が高鳴ってる。俺はどんなお前も好きなんだ。だから」

まっすぐに僕の目を見る。

「一人の男として俺を見てほしい」