スカートを履きたい僕とズボンを履きたい君

「なんで、ここに」

どうして、なんで。
隠さないととか、誤魔化さなきゃとかそんなの考えられない。
頭ん中は真っ白だ。

「ちょっと気になって」

姫野はじっと僕を見ている。
逃げる?グーパン喰らわせて忘れてもらう?
でも、体はピクリとも動かない。
ただ、その視線から逃れることができないままその場に立ち尽くす。

「……。」

姫野は何も言わず僕の方に近づいてくる。
変とかおかしいとかキモいとか、どうせならなんか言ってほしい。
その方がまだいい、言ってくれた方がやっぱり自分はみんなとは違うんだって認めるから。

近づいてくる足音がやけに大きく聞こえる。
スカートの裾を握る。
その手が震える。

姫野の影が僕の体を覆い隠す。
怖い、幻滅した顔を見るのが怖い。
たった一言、お前は変だって、言ってよ。

「……見ましたよね」

「見たよ」

クッ。
やっと出た言葉はあまりに素直で率直で、それが逆に心を傷つける。

「忘れて、ください」

「なんで?」

「なんでって……、わからないんですか!」

そのあまりにも無神経な答えに、腹の奥が煮えたぎるような怒りが込み上げた。
気づいたときにはもう、その胸ぐらを掴んでいた。

涙で滲んだ視界に映るのは拒絶でも哀れみでもない、至って普通の、いつもと変わらない顔だった。

グシャリと音を立てるように皺が寄る。

「だって、気持ち悪いでしょ」

弱々しく震えた声。

誰かにわかってほしい、心のどこかでずっとそう思ってた。
でも実際、それよりも嫌われるのが怖い。

「なんで?」

「……僕、男だよ」

「あぁ、男だな。それで?」

「は?だから、僕はっ……!」

「男がスカートを履いたら気持ち悪いのか?」

信じられない。

でもそこに嘘も偽りもないことが僕を見つめるその目が物語っていた。

「普通、そう思うでしょ」

「俺は思わないけど」

「……嘘だ」

「本当だよ」

姫野は僕の肩に手を置いた。

「似合ってるよ、それ」

「は?なに言って……」

顔が熱い。

だって、まさか、他の誰でもない姫野に言われるなんて思ってもいなかったし。

「お世辞が上手ですね」

「本音だよ」

「じゃあ、なんで」

「それは秘密」

ーーーーーードキンッ。

『特別大サービス』

そのいたずらに上げた口角がSORAの面影を浮かび上がらせる。

「ひとつ言えるとしたら、泉谷が楽しそうに笑っていたからかな」

「え?」

全然気付かなかった。
自分がどんな顔をしてるかなんて気にしてもいなかった。

「僕、変だよね」

「今の自分は好きか?」

「え?」

「今の自分は好きか?」

スカートを履いた自分。
それは締め付けられていた何かから自分を解放してくれて、どこへでも飛んで行けそうで、軽くて、嬉しくて、楽しくて、心地よくて。

「うん」

首を縦に振る。

「それならいい。自分が好きな自分でいられるなら。俺はそれを変だと思わないけど」

それはまるで魔法のようだ。
ずっと僕を悩ませていた違和感はいとも簡単に、姫野のたった一言で消えていくなんて。

「……ありがとう、ございます」

「うん」

初めて誰かに言えた。
あれ、なんでだろう。

ーーーーーーボフッ。

急に力が抜けて姫野の方に倒れ込む。

温かさに安心する、聴こえる鼓動に安心する。

「誰にも、言わないでください」

「あぁ、もちろん」

その返事を聴いて目を閉じた。

「誰にも教えるもんかよ」

その言葉は僕には届かなかった。
ただ、背中にまわった姫野の掌の力が強くなったのを感じた。

「泉谷」

「なんでしょうか」

数分の沈黙の後呼ばれた自分の名前は少しトーンが低かった。

「俺にも秘密があるんだ」

「……秘密ですか?」

「あぁ」

不思議に思って顔を上げるとそこには少し悲しそうな顔をした姫野がいた。

「それ僕なんかに教えていいんですか?戸部……くんとかじゃなくて」

「お前に知ってほしいんだ」

そういうと姫野はズボンに視線を向けた。
僕もそれを追うように視線を向ける。

「俺は、ズボンが好きだ。ズボンを履きたい」

「……え?」

なに、言ってんだこの人。
ズボンを履きたいなんて、男なんだから当たり前じゃん。
でも、その顔は真剣で言葉が詰まる。

「ズボンを履いてるときが一番は自分らしくいられる」

「で、でも、それは当たり前なんじゃないですか?特に姫野くんみたいな人には。かっこいい、んだし」

刹那、姫野は目を大きく見開いた。
その後その目を細めてはにかんだ。

「不思議そうな顔してる」

「それは、だって」

「すぐわかるよ」



×××



「いいの撮れたな」

「え、えっと……」

なぜ、今僕は姫野と肩を並べてあるいているのだろう。

あの後、「俺も撮影手伝うよ」といって撮影会が行われた。
テキトーに何枚か撮影して終わりにしようと思ってたけど、自分以上になぜか姫野がやる気モードに入ったらしく次へ次へと指示されて本当の撮影会みたいになってしまった。

まぁいい写真が撮れたし、楽しかった、し。

「なぁ、連絡先、交換しないか」

「え、あ、はい」

言われるがままスマホを取り出してQRコードを読み取って新しい友達に「そら」とかかれたユーザーが追加される。

「今度、ビッ○サイトでコスプレイベントあるだろ。一緒行かないか?」

期末テストが終わった7月の下旬に行われる日本最大級のコスプレイベントだ。

あのトラウマがあるから夏はあまり行きたくなかったけどSORAがでるっていうしさっと行ってさっと帰ろうかなと思っていた今日この頃だった。

一直線に注がれる視線。

「いいですよ。ただ、暑さ対策はしっかりしないと」

「やった」

ーーーーーードキンッ。

まただ。
また思い出して、重なって。
胸が、熱い。

「顔、赤いけど大丈夫」

「ふぇ!?」

急に覗かれたものだからびっくりして変な声がでてしまった。

「日焼けしたか。日差し強かったし、跡残らないといいけど。これ、いつも俺が使ってるやつなんだけど良かったら」

そう言って手渡されたのは使いきりの化粧水と乳液だった。
姫野ってこういうとこにも気を遣ってると少し意外に感じつつ確かにこの肌の綺麗さなら当然かと納得もした。

「ありがとう、ございます」

「やっぱ緊張する?」

「え、えっと」

「俺、学校ではまぁ、一軍だろ。そんなやつが急に自分のテリトリーの中入ってきて、秘密までバレて。原田とか糸部じゃなくて、俺で」

緊張は、してる。
けど、それより。

誰かに聞いてもらえてよかった、わかってもらえてよかった。
そしてそれが。

「姫野でよかった。ありがとう」

そこはちょうど駅の改札間近だった。
「それじゃあ」とお辞儀をして手を振る姫野を背に改札へと入っていく。

満員電車は嫌いだけど、今日はそんなにイライラしなかった。



×××



[スタンプ(よろしくお願いします)]

最初に送られてきたスタンプはSNSで人気のキャラクターのスタンプだった。
てっきり公式のスタンプしか持ってないと思ってたけど。
こういうのも偏見か。

「よろしくお願いします、と」

[今日の写真一枚ほしいんだけど、いい?]

ーーーーーー……は?

「僕の写真なんて誰トクなんだよ」

[撮影代]

「わかりました」

渋々送った一枚の写真。
いい感じに写ってるけど、これが自分なんだって思うとやっぱり恥ずかしい。

「写真撮るのうまかったな」

カメラの位置とかポーズとか視線とか細かく指示されまるでその世界を知っている人のようだった。
実は小さいころモデルやったことあります、とか。

たった2回の接点があっただけでここまで距離って近づくものなんだろうか。

イベント行く約束もしちゃったし……。

って、なんでイベントあること知ってんの、なんで僕のこと誘ったの、なんで僕がコスプレイヤー好きなの知ってんの!?



×××



ずるずると。

「原田、今日からテストだよ」

「え、テストってなに?」

ずるずると。

「泉谷、どうだった?」

「まぁ、いつも通りかな」

ずるずると、時は過ぎていき。

[おはよう]

コスプレイベント当日の朝。
姫野からのメッセージで目を覚ます。

ちゃんと話したと言ったらまだ1回しかないのに初めて2人で出かける先がコスプレイベントって大丈夫なのか。
僕はSORAに会うって目的があるけど姫野は?
冷静に考えてみれば写真を撮ってくれたときからなんとなく僕がコスプレ好きなのは察しがついてたかも知れないけど。

もしかして姫野もアニメとかコスプレイヤー好きだったりするのか。

考えれば考えるほど謎は深まるばかりだけどとにかく今は支度しないと。
遅刻はしたくない主義なんで。

電車が最寄駅に近づくにつれ車内に人は増えていく。
吊り革を掴むことができなくて押し潰されそうな車内で肩身を縮めて立つ。
胸の前で腕を組み、首に下げたカメラを壊さないようにと抱える。

これからはイベントにも積極的に参加していこうって景気づけに自分で買ったカメラだ。
最初にシャッターを切るのはSORAだって決めている。
変な拍子に転んだり押し間違えたりしないようにしないと。

そういえば今日はまだSORAから通知来てないな。

そうスマホを取り出して通知を確認したけどSORAのはなかった。
今日のイベントに参加するってのかこの前の投稿で言ってたしな、きっと準備で忙しいんだ。

「まもなく……駅、……駅。お出口は……」

扉が開くと一斉に人が降りていき、早歩きで階段やエスカレーターを上がっていく。
走るのは止められているため近年はこの早歩きというか競歩が恒例になっている。

改札まで、いや抜けてからも途切れない人の波。
その中を掻き分けて待ち合わせ相手を探して合流するなんて至難の業だって。

[改札でて左にいる]

わかってたのになんでそうしちゃったかな。
隙間を見つけては左へと移動する。

「すいません、すいません」

おじぎ草の用に人にぶつかる度にペコペコと頭を下げ左から2番目の改札を抜ける。

あの一行だけじゃ全然情報足りないし、私服どんなとかプライベートオーラとか知らないから外に出ればどんなに学校で有名でイケメンでもわからないもので。
辺りを見回しても背伸びしてみても見つからない。
キョロキョロとしている間にどんどん流されていく。
とりあえず、この波からでないとな。

「す、すいませ……っ」

空いた隙間にとんと一歩を踏み出そうとしたとき、後ろから駆けてきた人にぶつかってバランスを崩す。
行き場を失った足に倒れるしかない体が自然に任せるように倒れかかったとき。

「っと。大丈夫か、泉谷」

「姫野!?」

前に突き出た手を掴んでくれた人がいた。

「ありがとう」

「こごですごいとはな。もう少し手前の駅で待ち合わせした方がよかったな、甘くみすぎてた。ごめん」

「僕も甘くみてました……。あははっ」

「……。」

苦笑いをした僕に、姫野は目を丸くする。
そんな変な顔してる?

「今度はちゃんと打ち合わせしよう」

「はい」

そういえばずっと右手が温かいような。
そっと右手に視線を落とすと手は握られたままで。

ーーーーーードキンッ。

なんでこんなときにまでSORAを思い出すんだよ。
あ、SORAに会いに行くんだから、当然といえば
当然か。

「あの、そろそろ手を……」

「あ、悪い。じゃ、行こうか」



×××



「うわぁ、すごい人」

「だな」

ニュースでみたり投稿でみたり実際に行って経験してみたりしたけど、何回来てもその人の多さに圧倒される。
目の前に聳え立つ建物は目にするだけでオタクにとって聖域のような聖母マリアのような神聖さと安心感を与えてくれるが、本物を目の前にするとその偉大さに息を呑む。

入場券は当日購入制のため、一般入場口を目指して歩く。

ふと思ったことだけど、姫野はイベントに来た割には持ち物が少ない。
持ってるのもスマホと財布が入る小さな鞄だけでカメラとかそういうものがない。

「誰か好きなレイヤーさんとかいるんですか?」

「reoさんとか、か。後は最近でてきた狼(ウルフ)さんとうさ丸さんも注目してる。あの人たちはすごいと思う」

意外だった。
reoさんは超人気コスプレイヤーでテレビでも取り上げられたりしているもう国民的なコスプレイヤーだ。
だからreoさんを知ってて好きっていうのはわかる。
けど狼さんとうさ丸さんはほんと最近デビューした新人レイヤーだ。
新人まで知ってるなんて、姫野って結構、いやかなりこっちの人間なのでは。

「なんか意外」

「なにが」

「いや、姫野くんってこういう系興味なさそうにみえてたので」

「好きだよ。俺と良くいる戸部、あいつもアニメとか好きだぞ。よく1人でコラボカフェ行ってる」

「一緒に行かないんですか?」

「たまに」

自分が見ていないだけで意外と回りには同士がいるんだな。
なんか胸が温かい。

「なに笑ってる?」

「なんか嬉しくて、つい。そういえば姫野くんはそらって知ってますか?」

「……っ。俺、蒼空だけど」

「あ、いや、違くて!コスプレイヤーのSORA!」

「っはは。冗談だって、もちろん知ってるよ」

「はぁ。まぁ確かに名前同じですもんね」

「で、SORAがどうしたって?」

「僕、SORAが一番好きなんですよ。初めて見たときこんなにもスカートが似合う人がいるんだって。ずっと憧れてるんです。いつかSORAに追い付けるようにって。で、あのとき勢いで買った衣装、試してみようって」

「試すにしては相当すごい博打してると思うけど」

「スタジオ代とか高いじゃないですか」

「っははは」

腹を抱えて笑う姿を初めて見た。
こんなにも顔をくしゃくしゃに笑う姫野を初めて見た。
あんなに遠くに思っていた存在がこんなひょんなことで近くに感じるなんて。
その人の温かさがわかるくらいに。

「……かわいい」

「はい?」

「いや、なんでも」

ボソリとでた言葉は僕の耳に届く前に消えた。

「まぁ、話を戻すと。僕はSORAに憧れていて今日もSORAに会うために来ました。そしてこれを見てください」

「それは?」

「新しく買ったカメラです。SORAを撮るために買いました」

「……。」

「このカメラが初めてシャッターを切るのはSORAにしたいんです。最高の最初の一枚を今日、撮りたいんです」

最後の母音が建物内に響き渡る。
話に夢中になりすぎて気付けば足が止まっていた。

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫。……これは頑張らなきゃな」

「なんか言いました?」

「幽霊じゃない?」

止まった足を再び動かす。
長い道を歩いて行くと当日券購入口が見えてきた。
そろそろ財布出しておこうかな。

「購入口こ……」

「俺たちはこっち」

突如姫野は僕の腕を掴み歩き出す。
購入口からはどんどん離れていき目の前にあるのは。

「関係者入り口!?」

「しー。喜んでくれたら嬉しい」

喜ぶもなにも、どういうこと!?

「ではここでお待ちください」

「少し待ってて」

「は、はい」

結局訳がわからずなにも状況を理解できないまま言われるがままに案内された椅子に座る。

実は仲良いレイヤーさんがいるとか主催者の関係者でお偉いさんの息子とか、姫野って苗字珍しい方だし。

そういえば蒼空とSORAって名前同じだし実はSORAって姫野だったり……、いやそれはない、ないと……。

ーーーーーードキンッ

思いたい。
重なるのは偶然だと、思いたい。

「田中さん、後よろしくお願いします」

ん?

「ちょっと、SORAさん!」

田中さん?

「泉谷」

呼ばれた自分の名前に顔をあげる。

「お待たせ」

そこにはウィッグを被ってメイクをしてキラキラでヒラヒラなスカートを履いたSORAがいた。

そんなわけがそんなわけになった。