スカートを履きたい僕とズボンを履きたい君

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

「どうした、泉谷」

「……。」

「あ、止まった」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

「泉谷が壊れたぁぁぁぁ、痛っ」

「おまえまで騒ぐな」

相変わらずの一発を原田に喰らわせる糸部。
その二人の隣でもう叫びと言っていい唸り声をあげる。
胸から溢れ出すこの感情をどうして抑えていられるだろう。

「まぁでも、おまえがそこまで騒ぐなんて珍しいよな」

「もしかして、恋の悩みか?」

「は?ち、違うし……」

「そう、言われましても……」

説得力ありませんが、と言われても仕方ないと思う。
体の中で一番熱い場所を触る。
だって今、僕の耳は真っ赤なんだから。

「漫画の赤面する描写って大げさすぎって思ってたけど意外とまんまなんだな」

「やめて、糸部に言われると余計恥ずかしい」

「その顔で言わないでくれ。俺まで恥ずかしくなる、だろ」

「なんだこれ」

珍しくまともな原田。
カエルよりけろっとしてる原田と茹でダコのように真っ赤な僕、そしてポーカーフェイスを貫こうと必死な糸部。
ほんと、なに、この状況。
今、この3人のまとめ役が誰もいない。

どうしようかと3人、空をプカプカ浮遊していると。

「なんか涼しくね?」

「ほんとだ、ってあぁ」

「……姫野、ね」

姫野が僕らの横を通り過ぎた。
そこから放たれるマイナスイオンが僕の身体の火照りを段々と冷ましていく。

はっと短いため息をつき顔を上げる。
そのとき、

「え……?」

バチッと音を立てるような鋭い眼光に目の奥に衝撃が走る。
気のせいじゃなくて、絶対、確実に目があった。

その細く鋭く目蓋の裏から見える暗くも光る瞳に背筋が凍る。

これ、絶対変なやつだと思われたよな。
これ、絶対嫌われた確定演出だよな。

「終わった……」

「ほんとお前、今日どうした?情緒ジェットコースターってよく聞くけど遭遇したの初めてだわ」

「糸部、僕を野生動物みたいに言わないで……」

「よし!放課後、泉谷慰安会カラオケ行こうぜ」

「お前、そんな言葉知ってたのか」

「俺のこと馬鹿にしすぎじゃね!?」

ーーーーーーキーンコーンカーンコーン……。

「まぁ授業中は騒ぐなよ」

「だから僕はフクロテナガザルじゃないって...…」

心配してくれてるのかからかわれているのか相変わらずわからない。
はぁ、昨日のことで天にも昇りそうな気持ちだったのにあの一瞬ので地の底だ。
自分で自分がわからない。



×××



姫野蒼空。
普段喋ることないし、そもそも関わることないからただのクラスメイトで同じ教室だから目にするってだけのやつ。
それなのになんでこんなに気にしているのか。

別に嫌われたってどうってことないはずだというのに。
なのに、どうしてか後ろ姿を目で追っていて嫌われたくないと心のどこかで思ってしまっている。
そりゃ姫野はクラスの一軍でイジメの標的にされたら元も子もないっていうのもある。

後は多分、単純に。

「絶対コスプレ似合うじゃん……」

僕がそういう目で姫野を見てしまっているからだと思う。

「ガッチリ甲冑でもいいけど、細身なのを活かしたいし執事とか。クールな王子様もありだけど闇を含んだダークキャラもありだよな……」

「なにぶつぶつ言ってんだ」

これは自分がそうだからという個人的な偏見だけど、この世界の人間は顔立ちの整った人やスタイルがいい人を見ると勝手にコスプレした姿に変換されてしまう。

「まぁ、確かに姫野は誰から見てもイケメンだけど」

「あぁ、でもそこまでにはならないな」

「まさか……」

ーーーーーードキンッ。

「俺たちがいるのに姫野と友達になりたいってか!?」

「ただの職業病です」

あれ、なんで今、ドキッてしたんだ。

別に初めからそういう風に見てた訳じゃない。

美術の授業でペアを組んだときだ。
グッパーして余った僕に声をかけてきたのが姫野だった。

高3になって初めて同じクラスになったとはいえ高校入学したときからイケメンだって有名だったから名前は知っていたし何度か見たことだってある。

いつも周りにはメイクして髪を巻いた女子だったり耳につけたピアスをぎりぎりで隠す男子だったりがいて、あぁこいつとは一生関わることないんだろうなと思っていた。

「泉谷、組まないか?」

それがまさかこんなとこでって。
目だけを動かして周りを見るが僕と姫野以外みんな位置を決めて座っていた。
このクラスって意外とみんな仲いいんだなと多分今そこじゃないだろってところに感心した。

それと同時に拒否権がないこの状況に。

「あー、うん。よろしくお願いします」

と、陰キャの鏡のような返事をした。

「日差し、眩しかったら言って」

「うん、ありがとうございます」

姫野は意外と優しかった。

あまり目も合わさないし、会話もほとんどないけどたまに開く口から出る言葉は冷たい雰囲気とは反対に温かみを含んでいた。

人気者だからって気取ってる様子もないし、どちらかといえば僕に気を使ってくれてるようにも感じる。

気付けば変な緊張感は消えていて四方八方から聞こえてくる鉛筆の音に心を寄せながらクロッキー帳に鉛筆を走らせた。

イケメンの横顔って描くの難しい。
イケメンだからテキトーに描くわけにもいかないし。
輪郭を描いては消して描いては消してを繰り返し、紙はくしゃくしゃで消ゴムの痕で黒鉛が広がってしまった。
新しいページをだして仕切り直そうともう一度姫野を見た時。

日差しに照らされて輝く横顔がとても綺麗だと思った。

「はーい、じゃあそこまで」

教員からの号令がかかると皆が一斉に立ち上がり片付けを始める。

「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました……」

僕と姫野も片付けをして姫野は戸部のところへ僕は原田と糸部のところへと向かう。

「おいおい、泉谷!お前姫野とペアだったんだろ。どんだけイケメンに描けたか見せろよ」

原田は一直線に手を伸ばして僕の手にあったクロッキー帳を奪った。

「ちょ、原田っ!」

「どれどれ……」

ペラペラとめくられていくページ、しかし描かれているであろうページは真っ白だった。

「サボりだ」

「いや、ここに消し痕があるだろ。きっと見とれてたんだ」

「ち、違っ……!」

違うけど、違わないかもしれない。

この人はこんなところに描き表すものではない。
この目に、頭に、心に描き留めておきたいと思ったんだ。



×××



「おーい、泉谷くーん」

「先生に呼ばれてるぞ」

ーーーーーードキンッ。

思い返すたびに心臓が不自然に跳ねる。

あの真っ直ぐに僕に向けられたSORAの瞳を見たとき、あのときのことを思い出した。

なぜ思い出したのか、それはわからないけどSORAの瞳があの日差しに照らされた蒼空の瞳と同じ色をしていたように思えた。

見た目も性格も雰囲気も正反対な人だというのに。
それに姫野コスプレとか興味なさそうだしアニメとかもふーんって感じで右から左に流しそうだし。

ペアを組んだあの日から同じ男としてその整った顔立ちに目を向けることが多くなってたけど姫野にSORAが重なるたびに今までとは違う知らない感情が表れる。

動いてないのになんだかすごく疲れるな。

「おいっ、千景」

「え?…った!?」

名前を呼ばれ、咄嗟に上げた顔。
額に軽いデコピンを喰らった。
糸部はどうしてものときだけ僕のことを名前で呼ぶ。
いわゆる糸部からのアラートだ。

「前。先生呼んでるって」

「あー、ごめん。ありがとう」

中間テストのテスト直しで出していたノートを返された。
すっかり忘れてて呼ばれたって言われて少しびくびくしたけど一安心。

返されたノートを手にとって2人の元へ戻ろうとしたときだった。

ーーーーーードンッ。

急に立ち上がった姫野の背中と僕の肩がぶつかった。

「すいません」

「わ、わる……い」

掠れた声があまり本調子じゃないことを伝える。
触れた背中はやっぱり男のもので感じる雰囲気はSORAとは違うと思った。
でも、ふと顔を上げたとき。

ーーーーーードキンッ。

言葉にするならきっとこれだ。
でも、この感情を認めていいんだろうか。



×××



そんなことよりというには大事(おおごと)すぎることだったけど、そんなことより僕は今日ずっと心臓が飛び出そうな思いで過ごしていた。

その原因はパンパンに膨らんだリュックとサブバックの中にある。

遡ること、昨日。

片手に衣装、片手にウィッグの入った袋を持って帰宅した僕は、溢れ出す興奮を抑えることができず部屋に入るや否や袋からそれらを取り出した。

その場のノリみたいな感じで買ってしまったものの後悔は、してない。
いずれやってみたいと思ってたし一から自分で揃えるよりは多分安く抑えられたと思う。

改めてその衣装とウィッグを見てニヤニヤが止まらない。

ずっと憧れてた世界に自分も一歩足を踏み入れるんだから。
誰かに見てほしいとか注目されたいとかそんな欲はない。
けど自分の可能性を信じたい。
ずっと心の中にあるこの違和感を解いてくれる場所がほしい。

SORAがくれた僕の居場所を自分自身でも作ってみたい、そしていつかSORAと同じ場所に立てたら。

姿見の前に立つ。
スラックスを脱いでプリーツスカートを履く。
上を脱いで制服を着る。
髪をまとめてウイッグを被る。
スマホを手に取ってシャッターをきる。

「やっば……」

こんなにも心が弾んだことがあっただろうか。

こうなったら人というものは歯止めが効かなくなる。
自分に酔いしれてるってほどではないけど背徳感にも似たこの感覚が妙に心地よくて姿見に色々なポーズを向けて写真を撮る。

初心者にしては十分なものは撮れたと思う。
けどやれるとこまでやってみたい。
そのとき思い付いた。

「いいとこあるじゃん」

そうして今に至る。

リュックには衣装が、サブバックにはメイク道具と固定された箱に入ったウィッグのがある。

広報委員である僕は文化祭に向けて写真を撮りたくてといって事務から屋上の鍵を借りた。

アニメの世界じゃよく屋上で昼飯を食べたり放課後遊んでたりするけど現実では危険だからと禁止され施錠されてることがほとんどだ。
許可を貰えるのは写真部だったり生徒会、後は僕のような広報委員だ。
まさか広報委員でよかったと思う日がくるとは思わなかったけど。

ーーーーーーキーンコーンカーンコーン……。

最後のチャイムが鳴り、ホームルームが終わると教室は騒がしくなる。
我先にと帰る帰宅部エースや部活へ向かう人、団らんを楽しむ人や放課後の予定を決める人。

「また明日ね」

途中原田に絡まれながらも糸部のフォローもあって別れをいい教室を出た。

怪しまれないよう家に眠っていたカメラを首からぶら下げて屋上へ続く階段へと向かう。

階段を踏むたびに響く足音が高鳴る鼓動を一段と大きくさせる。

大きな扉の前にたどり着き鍵穴に借りた鍵を差し込む。
ガチャリと鳴る音はまるで宝箱を開けるときみたいにわくわくした。

ドアノブを捻り開いた扉の先。
そこは聖域のように静かで美しくて輝いていた。
遠くから聞こえる運動部のかけ声が心地よく感じじんわりと滲む汗が生きてることを実感させる。
これが青春、高校生ってやつかって。

まさに今回の撮影のロケーションにぴったりじゃないか。

スタジオを確保したりカメラマンさんにお願いしたりするのもお金かかるし、こんな初心者は申し訳ないわけで。
SORAみたいなプロになればそんなことないんだろうけど。

リュックやサブバックの中から衣装たちを取り出し着替える。

こんなの人にバレたらきっと大変なことになるだろうな。
原田と糸部になんて言われるかな。
姫野なんかに見られたらもっと。
背中合わせのようにくっつく不安と恐怖。
それでも、それでも……。

スカートのチャックをカチッと留め、ネクタイを結ぶ。
後はウィッグを被るだけ。

そのとき。

一瞬強い風が吹き履いていたスカートが大きく靡いた。
それと同時に扉が開く音が聞こえ。

「…泉谷」

「…ひめ、の」

扉の方に目を開けるとそこには一番見られたくない存在だった姫野がいた。



×××



そのころ、原田と糸部は。

「あ、普通に泉谷のこと送っちゃったけどさ」

「慰安会……。忘れてたぁぁぁぁぁ!!!」

「だな」

「糸部、2人で行かないか?」

「本人不在の慰安会ってなんだよ」

「えぇ、行こうぜ行こうぜ!頼む」

「……。わかった」

「まじ!?よっしゃっ!」

なんだかんだ優しい糸部くんであった。