スカートを履きたい僕とズボンを履きたい君

「姫野、放課後遊びに行かね?」

「あぁ、悪い。今日用事あるんだわ」

「今日も用事かよ。最近付き合い悪くね?なにやってんの」

「んー、まぁバイトみたいなやつ。そろそろ時間だから行くわ。じゃあな」

「バイバイ、また明日ぁ」

訝しげな顔をした友人の戸部を置いて教室を後にする。

申し訳なさはあるが、誰にも知られるわけにはいかない。

俺には秘密がある。



×××



「おはようございます、田中さん」

「SORAさん、おはようございます。到着そうそうに申し訳ありませんが、鞄を置いてそちらに座ってください。カメラマンの方が急用で少々スケジュールが前倒しになってしまいまして。少し巻きでいきますよ。あ、もしもし、お世話になっております……」

「は、はい」

スマホを片手に持ちながら部屋中を言ったり来たりするマネジャーの田中さん。

メイクさんや衣装さんもなんだか慌ただしくしている。

「SORAくん、準備いい?とりあえずこれに着替えて。終わったらメイク始めるから!」

「わかりました」

そういって指で指された衣装の下着を持って更衣室に入る。

ズボンを脱いで用意されたスカートに履き替える。

その動作一つ一つが前の鏡に映る。

スカートに脚を通すとき、一瞬腰へと持ち上げる手が止まる。

「本当は、俺は……」

叶わない嘆きを途中で圧し殺して呑み込む。
今は世間の需要に応えなければ。
俺が今ここにいられてるのは見てくれている人達がいるから。
その人たちが求めること、それ以上を俺は返さなければ。

スカートのファスナーを上まであげる。
カチッとはまるホックに自分の心も引き締まる。
ここまで来てぐずぐず言ってられない。
俺はもう、プロなんだ。

「お待たせしました」

「あ、着替え終わった?そしたらこっち座ってもらえる?」

「はい」

言われるがまま席に座る。

「じゃあメイク、始めていくね」

「はい、よろしくお願いします」

自分の顔に筆が触れる度に目の前に映る自分が自分じゃなくなっていく。

ここに蒼空はいらない。

「今日はこの子のコスプレをしてもらうんだけど、知ってる?」

「はい、もちろん。アニメも履修済みです。獣人キャラなのでかっこいいんですけど、感情によって耳がピクッてなったり膨れる顔が可愛かったり。なによりふわふわのスカートが印象的ですよね」

「そうなの、そうなの!いつもはキリッとしてるのにさ、ご主人様にだけ見せるあのツンデレ顔、ギャップ萌えでほんと可愛い。私実はさ、この子最推しで!今日めちゃくちゃ気合い入ってるんだよね。ほら見て!このアクキー」

「うわぁ、このツンデレ顔は罪ですね」

「でしょでしょ!」

「メイクさん。手、止まってますよ」

「うわっ、田中さんごめんなさい。SORAくんがこの子の素晴らしさをわかってくれたのが嬉しくてつい。というわけで今日は思う存分やらせてもらうからね」

「いえいえ、こちらこそ。期待に応えられるよう頑張ります。あ、やってほしいポーズとかありますか?」

「えぇ!それは職権乱用になっちゃうよ」

「やっぱりそのキャラが好きで理解してる人にアドバイスをもらった方がこのキャラのことをもっと知れるかなって」

「SORAくん……。これからもメイク担当させてね!」

「はい、よろしくお願いします」

コスプレの心得として、キャラを理解することは重要なことだ。
それぞれのキャラはキャラとしての個性があって、そのキャラを好きな人がいる。
生半端な気持ちでやってたら尊厳を傷つけてしまい兼ねない。
演じさせてもらうキャラを一番理解して、自分なりの愛をこの身体で表現する。

それが俺の役目だ。

「完成っと。きゃー!SORAくんかっわいぃ!」

ーーーーー……かわいい。

「さすがですね!ありがとうございます」

「えっへん!じゃメイクもできたし衣装室に移動しようか」

「はい」

衣装室につくとその衣装の凄さに息を呑んだ。
これを今から着るのか。

「じゃあ、腕伸ばして」

袖を通し、何重にも重なるスカートに脚を通す。
その度に増える衣装の重さが自分が置かれた立場故の重さ、重圧と共に身体にのし掛かる。

だいぶ慣れてきたものの、脚が布に囲まれず冷たいような生温かいような空気が肌に触れると自分の心は静かに波を打つ。

「……むず痒い」

「ん?どっか合わないところとか痒いところとかある?」

「あ、いえ。大丈夫です」

なにせこの痒みは直せない場所にあるのだから。

「よし、じゃあ次はウィッグつけるね」

藍色のストレートロング。
特徴的に尖った触覚はキャラの性格を象徴する。
アニメの中ではこの触覚がご主人様の前だけ柔らかく垂れる。

今日はどっちの表情も撮影する予定でウィッグは2パターン用意されている。

「ウィッグもよし。じゃあ撮影始めようか」

「よろしくお願いします」

グリーンバックの前に立ち、自分に向けられた一台のカメラに視線を向ける。

「じゃあ、撮影スタートするよ」

ーーーーーバチンッ

カメラマンの合図と共に複数の照明が自分を照らす。

ここにいるのはSORAだ。



×××



「オッケー!SORAくんお疲れ!いやぁ、最高だったよ。超絶可愛い」

「ありがとうございます」

「SORAくん、ありがとね。もう感動しすぎて涙が止まらないよ。可愛すぎ」

「いえいえ、アドバイスをもらったお陰です。こちらこそありがとうございました」

「SORAさんお疲れ様でした。今日の撮影はこれで以上となりますのでご帰宅の準備が整いましたらお声がけください」

「わかりました。田中さんいつもありがとうございます」

ウィッグを取り、衣装を脱ぎ、メイクを落とす。
自分に戻っていく。

一番下のスカートを脱いで、制服のスラックスに履き替える。

鏡に映るスラックスを履いた自分の姿。

守られている安心感。
心が落ち着くこの姿こそ、俺の居場所なんだ。

帰り、車の中。

「こちら、今日の写真のデータです」

「ありがとうございます。田中さん」

メールに送られてきたデータファイル。
それをタップすると今日の撮影写真がズラリと並んでいた。
とりあえず下まで一気にスクロールすると最後の写真の名前はデータ503とあった。

確かに今までで一番スクロールしたかもしれない。
思った以上に人差し指は疲れていた。

「申し訳ございません。編集や選別などは後日ということで出来ていないのですが、とりあえずどのような写真だったのかをお見せした方がよいと思いまして。後、その中からご自身のSNSアカウントで載せる写真を1、2枚ほど選んでください。そちらに関しましてはそのままこの写真をお使いになって大丈夫です。後日使用する写真につきましては追ってご連絡いたします」

画面に映る自分の姿。

長く伸びた艶やかな髪に何重にも重なったふりふりのスカート。
強がり意地を張って引き締まる表情。
ご主人様に褒められて頬を赤らめ恥ずかしがる仕草。

俺だけど俺じゃない。

視線を履いているスラックスに向ける。

『超絶可愛い』

『可愛すぎ』

力を込めた指の下で、生地がくしゃりと音を立てるように皺を寄せた。



×××



高校に入り羽を伸ばせるようになったことで前から興味があったコスプレを始めた。

中学の時に出会った漫画の男キャラに憧れ、見よう見まねでメイクをして、ネットで売ってるカット済みのウィッグをかってコテとワックスでなんとか形にして、衣装はポチった。

最初からうまくいくはずない。
けど心の底から沸き出る熱を抑えることはできなかった。
最初に投稿したときの感覚は今でも覚えている。

小さなイベントに参加したり、SNSに写真をアップしたりしてみたものの、一つ光るものがないその写真は誰の目にも止まらなかった。

けど、楽しかった。
憧れているキャラに近づけることが嬉しかった。

そんなこんなで高2になるとメイクやセットの仕方がなんとなく形になってきた。

それでもプロには程遠く、足元にも及ばなかった。

どうして俺はあの人たちのようになれないのか。
自分に欠けているものはなんなのか。
あの人たちみたいになりたい、俺の努力を見てほしい。
気付けば嫉妬ばかりが頭の中を埋め尽くしていた。

そこで決定的な面でこのキャラになれないということを知る。

好青年で高身長、綺麗な輪郭にすらりとした高い鼻、切れ長の目で薄い唇。

この好青年もショタも似合わない微妙な身長と顔。
どんだけ上書きしても変えることはできなかった。

乱暴に落としたメイクが目に入って痛い。
1年着続けた衣装は縒れてきていた。

悔しい。
どうしたら人に見てもらえるようになるんだろう。

そんなある日。

「姫野、なんか行き詰まってそうな顔してるけど大丈夫か?」

「え、あ、あぁ。なんでもない」

「あ、そうだ。最近見てるアニメなんだけどさ、姫野も観てみなよ。なんも考えずに観てられるから勉強の合間とかBGM代わりにエンドレス再生したりしてんだよね」

「で、結局そのアニメ観て勉強進まないんだろ」

「ご名答」

アニメ好きの戸部はよくおすすめのアニメなんかを教えてくれる。

学校ではいわゆる一軍に属する俺たち。
戸部は見た目確かにチャラついているし性格も光属性。
よく女子たちと絡んでいるし遊びにだって行く、けど日常会話のなかで不意にでてくる言葉癖はそれを隠しきれていなかった。

最近じゃアニメも世間に浸透しつつありアニメが好きだと公言するやつも増えてきた。
でも戸部の場合はそんなあっさりとした好きではないらしい。

さっきの帰りの車の中での話。

ズラリと並ぶ写真を眺めていると一件の通知がきた。

[コラボカフェ行ってきたぜ。やっぱ男1人じゃ寂しいから今度は絶対来いよ]

こういうところだ。

まあ、そんな戸部に勧められたアニメ。
有名な作品であるから名前は知っていたがまだ観たことはなかった。

その日の放課後、家に帰り再生ボタンをタップした。

内容は女子高生のほのぼのとした日常を描いたもので確かに何も考えずに観てられるいい作品だった。
この絶妙なバランスが造り出すこの世界観は確かに万人受けする。

そのギミックにまんまと乗せられていると登場する1人の女子高校生に目が止まった。

ただの好奇心だったんだ。

人と違うことをすれば誰かに認められるんじゃないか。
そんな期待ばかりが膨らんで。

衝動に駆られるようにネットサーフィンをして素材を集める。

数日後段ボール箱がいくつか届くと階段を駆け上がり乱暴にガムテープを剥がす。

中に入っていた衣装を一つ手にとって広げる。

別に悪いことをしてる訳じゃないのに悪いことをしている気分だ。
夕日に燃える陽炎のようにゾクゾクとした感情が身体を支配する。

メイクをして、ウイッグをセットして、衣装を着て。

プリーツスカートに脚を通す。
股の間をすり抜ける空気が気持ち悪い。

ーーーーー……カシャッ。

キャラの口癖と共に撮った写真を載せ、投稿ボタンをタップする。
後戻りは、もう出来ない。

朝、目覚めるとSNSの通知が大変なことになっていた。

「1万いいね……だと」

今までで3桁いけばすごい方だったのに。
それがこのたった1枚の写真で。
そう、つまりバズったということだ。

ズボンを履いた俺は誰も見てくれやしなかったのに。
スカートを履けばみんなが見てくれる、スカートを履けばあの人たちと同じ板に足を置けるかもしれない。

一度知ってしまった承認の快感はまるで麻薬のように俺の心を麻痺させた。

それからというもの気付けば数字ばかりを追う毎日。
あの感覚が欲しくてスカートを履いては写真をあげた。

しばらく立つと今のマネジャーである田中さんからスカウトメールが届いた。

事務所に所属すると自分ですべてやるのとはなにもかもが違うことを知った。

投稿した写真は上げれば3000から5000は当たり前にいいねがつくようになりフォロワーもたった数ヶ月の間でうなぎ登りに増えた。

与えられた仕事をこなしていく日々。
現場につけばすべてが用意されていてすべて誰かがしてくれる。
俺はみんなが寄せる俺への期待に応えていくだけ。

反応が返ってくるのは嬉しかった。
けど、だんだんとあのときの気持ちは失われていった。

本当の自分を失っていた。



×××



[今日はこちらのイベントに参加させていただきます!このような大イベント初参加なので緊張しますが、皆さんと会えるの楽しみにしてます( ´ー`)よろしくお願いします!]

「投稿完了しました」

「ありがとうございます。いよいよですね、緊張などしていませんか?」

「全く、と言いたいところですが正直とても緊張してます」

「ファンの方々と直接交流するのは初めてですもんね。無理をなさらずなにかあれば私の方に」

「ありがとうございます、頑張ります」

今日はサン○ャイン展示ホールで行われるコスプレイベントに参加する。

様々なイベントが開催されるなかで俺が参加するのは握手会。
このイベントの主催者から話をもらい俺でよかったらお願いしますと返事をした。

ずらりと並べられた名前は超有名レイヤーばかりで足元が竦んだ。

SORAのキャラ設定は田中さんと相談した。

高3ではあるがまだ高校生であることや女性キャラをやっていること、ファンからみるSORAのイメージを考えた結果、あどけなさは残るがまっすぐな性格っていう設定になった。

田中さんではもちろん、メイクさんや衣装さん、カメラマンさんでも練習してコスプレイヤーSORAが誕生した。

「SORAさんそろそろ移動の方よろしくお願いします」

「わかりました」

胸に添えた手は震えていた。

仕切りになった机の前に立つ。

ーーーーー……はぁ。

「それでは今からSORAさん握手会スタートです!」

俺は、SORAだ。



×××



「SORAめちゃくちゃ可愛い!」

「えへへ、ありがとうございます!」

「いつも見てます!可愛いSORAくんが大好きです!」

「いつも見てくれてありがとうございます!頑張ります」

「私、今日死ぬのかも」

「俺もあなたに会えて嬉しくて死んじゃうかもしれません」

「そろそろお時間になります」

一人一人の一言一言に応えていく。

俺にとっては長い時間の中の10秒。
でも目の前にいるこの人たちにとっては大切な10秒なんだ。
せっかく足を運んでくれたファンの人に一瞬たりとも不完全な自分を見せてはいけない。
完璧なSORAを、みんなが望むSORAを届けなければ。

次々に変わる人々。
どのくらいたっただろうか。

俺を好きだと言ってくれるのは嬉しい。
その思いを俺が思ってる以上に目を輝かせてまっすぐに気持ちを伝えてくれることは嬉しかった。

けど。

『可愛い』

『可愛い』

『可愛い』

苦しい。

心の奥底でこの気持ちが消えないのは、きっと。

「次の方、どうぞ」

「……失礼します」

聞こえたその声に思わず顔を向けた。

男だ、珍しい。

下を向いていて顔はよく見えない。
ただ、清潔感のある髪の毛と爽やか系の服装、下がりきっていない声は多分俺と同じ高校生だ。

「こんにちは!今日は来てくれてありがとうございます」

「こんにち……」

髪の隙間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
緊張してんのかな。

「大丈夫です……か」

ーーーーー……は?

安心させようと顔を覗き込んだとき。

「ふぇっ!?」

ーーーーー……泉谷?