僕には憧れてる人がいる。
×××
「髪の毛、よし。顔、まぁ外には浮きはしないだろう。財布、よし。カメラ、よし。アルコールシート、よし。後は……」
逸る気持ちに必死にブレーキをするも止めきれずに徐行する身体。
何度確認したかわからなくなるほど鞄の中を確認して、髪の毛も前髪の位置が少しずれただけで鏡を見て整える。
男子でメイクって思われるかもしれないけど人の多い場所やイベントなんかではファンデーションを塗るくらいは男女関係なくした方がいいというのが最近の風潮らしい。
高校3年にもなって初々しさに需要を求めるのも違う気がして少しずつ大人になっていることを自覚する。
それにいつか、あの人に追い付くためにも練習していかないと。
そう言いながら下手すぎて目の周りにアイシャドウを少しつけたぐらいのレベルだけど。
そして、最後は……。
「これなら蒸れないかな」
接触冷感機能がついたチェックのスラックス。
プライベートであっても他人の目は気になるし、スカートを履くのはこの家の中だけ。
そうやって欲張らずに分けた方が自分にとっても周りにとっても都合がいい。
欲張った結果そこに不満を持ってしまったら、なにも楽しめなくなってしまいそうだから。
「服も……ヨシ。準備完了」
最後にもう一度鏡をみて深呼吸。
肩にかけた鞄のショルダーベルトを握りしめ、家の鍵を閉めた。
運良く座れた端っこの席。
背もたれに寄っ掛かりスマホの画面をまじまじと見つめる。
画面の先にいるその人の姿に思わず頬が緩む。
念のためマスクをしといてよかった。
スマホの画面を誰にも見られてはないといえ、1人ニヤついていたら不審者確定だ。
でも、
「これから、会えるんだ」
この気持ちに急ブレーキなんてかけられない。
加速度を上げて進行していく。
×××
コスプレイヤーSORA。
それが僕の憧れてる人。
SORAは僕と同じ高3で、活動開始からたった2年ほどでSNS総フォロワー数50万人の有名コスプレイヤー。
もちろんそれだけでも尊敬できるレベルだけど僕がSORAが好き、んー、いや憧れてる理由はもっと別のところにある。
初めてSORAの写真を見たのは高2のときだった。
元々アニメが好きだったことと着たい服を自由に着れる場所を探してコスプレという世界を見つけた。
まだ本当に初心者で、この界隈なら知らない人はいないだろうというコスプレイヤーの名前も知らないレベルだった。
[コスプレイヤー かっこいい]とか[コスプレイヤー かわいい]とか検索エンジンにかけて、出てきた画像をひたすらスクロールするような日々が続いていた。
出てくる人出てくる人みんな顔が綺麗でスタイルが良くて煌びやか衣装を身に纏い、美しかった。
アニメのキャラがそのまま3次元に現れたというのとはまた違う感じはするけど、この人たちの本気はまた違う形でアニメへの愛を伝え、人の心を掴んでいる。
でも、何十回、何百回もスクロールをしてわかった。
女性レイヤーは男装をしている人も多くいた。
その一方で、男性レイヤーはほぼ100%で男性もののコスプレだった。
自分が見落としているだけかもしれないけど少なくとも僕の見た中ではそうだった。
その中、見つけた。
すらりと長い脚を露にし、ふわりと揺れるスカートを履いた美少女、いや、美男子を。
こんなにもスカートが似合う男がいるのか。
自分にはできなかったことを、世間の目を気にせず、堂々と。
そして、それが認められているという事実。
まるで自分の一部かのように自由自在にはためかせるスカート。
心の中にできたほつれがどんどんほどかれていく。
なんて可愛くて、かっこいいんだろう。
自分もこの人みたいになれたら。
これがすべての始まりだったのかもしれない。
この人を見ているときは今の自分を好きでいられる気がするんだ。
ーーーーーブーブブ。
バイブオンで届く通知。
SORAの新着ツイだ。
[今日はこちらのイベントに参加させていただきます!このような大イベント初参加なので緊張しますが、皆さんと会えるの楽しみにしてます( ´ー`)よろしくお願いします!]
一緒に載せられていたのは多分今日の衣装の一部であろうリボンと可愛いくまのうさぎのぬいぐるみ。
ーーーーードクンッドクンッ。
やばい、自分も緊張してきた。
前髪大丈夫かな、メイク崩れてないかな。
SORAの視界に変なものを写り込ませないために、少しでもSORAに見合った姿でSORAに会うために。
黒色に反射する自分を認め髪の毛を整える。
「まもなく池袋、池袋です。お出口は左側です……」
もうすぐなんだ。
電車のドアが開く。
緊張と不安とわくわくを胸いっぱいに抱えて、駅のホームに1歩を踏み出した。
×××
僕もSORAもこんなに大きなイベントに参加するのは初めてだ。
僕に関してはイベントに参加することも初めてに近い。
一度、原田と糸部と一緒にコミケに行ったことがあるけど暑すぎて軽い熱中症になって会場入りする前に帰宅した。
それ以前に人の多さに目が回りそうになったこともあってしばらくイベントには参加していなかった。
じゃあなぜ今日、イベントに参加するのか。
それは……。
アニメ関連のショップやゲームセンター、メイドカフェや飲食店が立ち並ぶメイン通りを進んで行き、高速道路下の大きな交差点を渡った少し先。
目の前には空へと伸びる高くてでかい建物が現れた。
「す、すごい」
存在感というか威圧感というか、とにかくその凄さに息を呑み足を止めた。
驚きの中に滲む安心感。
変な冷や汗が出る体とは反対に、感じる胸の高鳴りに思わず口が緩む。
「楽しみだね!」
「握手できるとか、死んじゃう……。自分の手で汚染したくない」
「じゃあしなきゃいいじゃん」
「でもっ!こんなチャンス二度とないじゃないですか。一生の運使い果たしちゃったんだから一生分ちゃんと使わないと。あぁ、でも!」
横を通りすぎる二人組の会話が耳に入る。
めちゃくちゃわかるんだよな。
鞄のなかを覗き込みアルコールシートが入っているのを確認する。
このために買った低刺激のアルコールシート(未開封)。
SORAが手袋をしていたとしても絶対アルコールシートで手を拭いてから。
そして手を拭くのは一番最初に取り出したやつ。
途中のだったら隙間からとか汚いものはいっちやてるかもしれないし。
怪しまれないように見失わないくらいの距離を保ち後ろからついていく。
ここにくるのは初めてなんだ。
こういうとき、同じキャラとか雰囲気の人についていくとつけるっていうでしょ。
慣れてる人からしたら簡単な道なりかもしれないけど、自分の頭の中はてんてこ舞いであの人たちを見失わないようにするのが精一杯。
まだ多分開店から間もないというのに店内は人に溢れていて何度も何度も人の壁にぶつかって。
エスカレーターとか間に何人も人が乗るからどこの階で降りたのかわからなくなりそうだったし。
やっぱり土日って人凄いんだな。
やっとの思いで最後のエスカレーターを登り切る。
サン○ャインシティ展示ホール。
目の前に広がるその景色に圧倒されてしまった。
「お写真いいですか?」
「一枚お願いします!」
「よろしくお願いします」
四方八方から聞こえてくる声とシャッター音。
カメラに向かって一直線に注ぐ視線にシャッターを切る事に違う雰囲気を漂わせる姿形。
画面でしか見たことない人達が今僕の目の前にいて、画面じゃなくて僕の瞳に映っている。
「す、すごい……」
なんか足の裏がそわそわする。
動かない体とは反対に、沸き立つ高揚感。
「こちらパンフレットになります!よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
勝手に場違い感みたいなのを感じていたけど普通に溶け込めているみたいで安心する。
もらったパンフレットに視線を落としパラパラと広げる。
午前10時から午後5時まで。
イベントや特設会場でのトークショーやランウェイ歩行をするみたいでスケジュールはびっしり埋まっていた。
また、これとは別に人気コスプレイヤーとの握手会がある。
僕の目的はこれだ。
2ヶ月前くらいに今回のイベントのSNSから握手会を開催するという告知がされた。
リストを見てみたらSORAがいてダメとで応募してみたら数日後、DMが届いた。
そのとき、嬉しすぎてあとちょっとずれていたらスマホが天国に行っていただろうってぐらい投げてしまった。
「SORAは……、14時からだからまだ時間あるな……って」
うわぁ、どうしよ。
さっきから繰り返してるのはわかってるけどやっぱりもうすぐだって思うとニヤニヤ止まんないし、手、震え止まんない。
ーーーーードキンッドキンッ。
あぁぁぁっ!心臓飛び出そう!
「あ、衣装販売とかもあるんだ。行ってみよ」
気、紛らわしてないと落ち着かないし。
×××
「うわぁぁぁぁぁ!」
こんな綺麗な生地初めて見た。
細部まで丁寧に縫われた布の継ぎ目に忠実に再現するされた刺繍、この装飾1個ずつ手でつけてんのかな。
「値段は……、た、高」
やっぱこんぐらいするのかな。
自分がするには金銭的にも精神的にもハードル高い。
やってみたい、とは思うけど。
ブースはまだ奥にも広がっていそうだった。
もう少し奥の方行ってみるか。
「こんなものまであるんだ」
次に足を踏み入れたブースは装飾品や小道具がたくさん置かれていた。
いろんな種類のピンバッチやボタン、ネクタイや髪飾り、組み立て式の杖なんかも置いてあった。
「あ、これよく見るやつかも。あ、これSORAの衣装にも使われてたやつじゃないか」
みんなこうやって素材を集めて作ってるのか。
なんて思うとますます好きになったっていうか尊敬っていうか。
胸の中が温かいものでいっぱいになる。
自然と口角が上がる。
隣のブースにはウィッグがズラリと並んでいる。
いろんな色、いろんな長さのものがズラリと並びその下にはカタログが掲載されていた。
所々にはセット済みのウィッグも置いてあって。
「あ、これ。セットめっちゃ大変そう……」
有名なアニメ作品の主人公。
毛量が多いのとウェーブのかかった髪。
ウィッグだけで何㎏あるんだろって感じ。
「本日限定で、セット承ります。ご希望の方はスタッフまでお声がけください」
へぇ、セットまでやってくれるんだ。
至れり尽くせりだな。
「あ、このキャラ。SORAに似合いそうだな」
ーーーーードキンッ。
胸元をぐっと掴む。
くっ、せっかく気紛らわせられてたのに。
ざっくりと一周回って再び衣装ブースへとやって来た。
大体は見たと思ったけどこっちは制服系が多いな。
さっきはプロのコスプレイヤーが着るような衣装につい見とれてしまっていたみたいだ。
初心者ならこの辺りから挑戦したほうが入りやすいよな。
「あ、これ……」
目に入ったのは女子高生の日常を描いた作品のキャラの衣装だった。
そのほのぼのとしたストーリーに不動の人気を誇る作品。
アニメ好きなら誰でも知ってる作品でもちろん僕も履修済み。
その中で高身長のキャラが1人いて...…。
「なにかお困りごとですか」
「うえ!?あ、いや」
衣装の前で立ち尽くしていると1人のスタッフが声をかけてきた。
「このキャラ、お似合いだと思いますよ」
「え?」
「高身長ですし、男性の方でも挑戦しやすいと思います。それにお兄さん、なんか雰囲気似てるし」
「え、えっと……」
「もしかしてコスプレやったことないけどやってみたいって感じですか?それならとてもおすすめです。基本衣装は制服ですし、装飾品もあまりありません。ウィッグもここでセットまでできますのでよかったら。ここで販売されているものは公式なのでそこは安心してください!今なら全身セット、ウィッグセットもついて15000円です。で、なんとイベント中に買うとコスプレデビュー歓迎フェアで30%OFFの10500円です!」
男がスカート見てるのに、なんの抵抗も躊躇もなく声を、かけてくれた。
この界隈ではそう、なのかな。
ど、どうしよう。
安くなるとは言っても1万円越えるしな。
『お似合いだと思いますよ』
ーーーーー……。
「買います」
×××
買っちゃった。
セットの最終調整があるからって荷物預かってくれたし良かったけど。
ーーーーードキンッ。
なんかいけないものを買ったときみたいな感覚。
でもそれが罪悪感って訳じゃなくて。
ニヤニヤが止まらない。
それに。
『お兄さんめっちゃ可愛い顔してるよね!特別にメイクしてあげる。ってかメイクさせて!』
その圧に断り切れなくて、メイクまでしてもらってしまった。
「浮いてないかな」
スマホの黒い画面じゃうまく見えなくてトイレの化粧室で鏡とにらめっこをする。
ナチュラルメイクにしたからと言われたけど鏡に映る自分に違和感しかなくて鏡を凝視する。
せっかくしてくれたから落とすわけにもいかず、顔だけが浮かないように髪の毛を整えて化粧室を出る。
時計を見ると13時45分。
そろそろ並んでおこうかな。
後、15分。
×××
「SORAさんとの握手会参加チケットをお持ちの方はこちらにお並びください」
500人って少ないように見えて実際こうやって集まると多いんだな。
列にはもう結構の人が並んでいて僕は後ろの方になってしまった。
抽選で選ばれたのは500人。
アイドルとかの握手会にどれだけの人がくるかはわからないけど人気コスプレイヤーが勢揃いするなかで肩を並べ、こんなに集めるなんてすごい。
50万人の中の500人単純計算で1%の中の1人に選ばれたなんて。
今さらその事実を実感して足の裏がゾワッとする。
「まって、生SORAに会えるってこと」
「きゃー!生SORA。その場で尊死しそう」
周りの人の声が耳に入ってくる。
そっか、ここに並んでいる人達はみんなSORAのファンなんだ。
元は男だし、想定はしてたけど女性が大半で、可愛い人ばっかりだな。
嬉しい反面、なんだかもやもやする心中。
「むず、痒い」
ショルダーベルトを胸の前でぐっと掴む。
ファンが多いことだってSORAに憧れてる理由の一つだっていうのに。
「それでは今からSORAさん握手会スタートです!列が少しずつ動きますのでご注意ください」
「「きゃー!!!」」
スタートの合図と共に黄色い歓声があがる。
ゆっくりとそれはもうゆっくりと列が前へと進んでいく。
1人あたり10秒として500人いるから5000秒、分に直すと大体1時間20分超くらい。
僕たちにとっては一瞬のことだけど、SORAにとってはこの長い時間休憩なしにずっと立ってファンサービスをしなければならない。
どんなに大変なことだろう。
そう思うと申し訳ない気持ちにもなるけどせっかくのチャンスは逃せないし、だからと言って会うのやめたらSORAが可哀想だよな。
少しでも休憩できるようにパッと入ってパッと出よう。
緊張で手が震える。
長いようで短くて、短いようで長いこの時間。
さっきまであんなに早く会いたいと思っていたのにいざそのときを目の前にするとまだ会いたくないと思ってしまう。
ずっと楽しみにしていたライブなのに当日急に行きたくないなってなるのと同じ感覚。
「はぁ」
今、自分から幸せが一つ逃げた気がする、そんなため息だった。
「まって、もうすぐだよ!」
「やばいやばい!心の準備が」
少し前の方からそんな話し声が聞こえてくる。
人の頭の隙間から前を覗いて見ると入り口まで後5mほどの距離まで迫っていた。
アルコールシートを取り出して手を拭く。
これ以降、SORAに触れるまではどこも触らない。
手持ちぶさたになった掌をずっと眺めていると心の底から込み上げてくる感情に落ち着かなくなって手を開いたり閉じたりを繰り返した。
後5人、4人、3人、2人、1人。
どんな話をしよう。
顔、変じゃないかな。
不安とワクワク、対極な感情が混ざり合う心中は心臓の鼓動をより強く脳に響かせた。
「次の方、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ついに来てしまった。
深呼吸、深呼吸、落ち着け。
「……失礼します」
「こんにちは!今日は来てくれてありがとうございます」
「こんにち……」
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
顔ちっさ、脚なっが、スカート丈短っ。
フリフリのミニスカートにアミアミタイツってなに、反則だろって似合ってるのなんで、男だよ。
ちょっと肩だししてるだけでエロい雰囲気でてるのなに。
ウィッグも固めてる感じなくてめちゃくちゃ自然なのなんで。
可愛い、かっこいい、尊い、神。
生SORAだ、目の前に生SORAがいる。
くっ、眩しすぎて直視できない。
「大丈夫です……か」
「ふぇっ!?」
SORAは下を向く僕の肩に優しく触れそう問いかけてくれた。
その思わぬ出来事に変な声がでてしまった。
咄嗟に上げた顔。
その瞳に映っていたのは優しい笑顔で僕を見て、ぎゅっと両手を僕の手を包むように握ってくれているSORAだった。
「あ、ごめんなさい。ぼ、僕、ずっとSORAさんに憧れてて。嫌いなところがあるんです、自分の。人とは違うなって部分、日々生活するなかで生まれる違和感が苦しくて。でもSORAさんに出会って、そんな自分を肯定できるような、SORAさんを見ているときだけは自分を好きになれる気がするんです。SORAさん大好きです。これからも応援しています!」
「……。」
「そろそろお時間です」
あ、一方的に話ちゃった。
やっぱり10秒って短いな。
なに話そうってあれだけ考えてたのに結局そのときになったらなんにもうまくいかなくて。
「ごめんなさい、一方的になっちゃって。ありがとうございました」
握られた両手が離れていく。
重なっていた視線が静かに離れていく。
距離が、離れていく。
まだ姿は見えているのに、また会いたいと思ってしまう。
また、話したいと思ってしまう。
次はいつ会えるのかな。
スタッフ誘導のもとカーテンの目の前まで足を進める。
一歩を踏み出せば今日はもうさようならだ。
最後にもう一度顔、見ていいかな。
「……待って!」
「えっ」
その声に足が止まる。
そこにいたスタッフ全員も動きを止める。
「スタッフさんちょっとだけ時間いいですか?」
「しかし、まだ次の方もいらっしゃいますので」
「お願い、少しだけ。田中さん、ちょっと休憩ってことで」
「……。まぁ、確かに1時間近く立ったままですしね、いいでしょう。申し訳ございません、少々休憩をいただいてもよろしいですか」
「わ、わかりました。調整いたします」
慌ただしく動くスタッフの中ポツリと立つ僕。
待てと言われてどうすることもできず、てかなんでそう言われたかに動揺しすぎて頭が思考停止中。
「お並びのお客様にご案内致します。ただいま……」
外からは後ろに並んでいる人達に向けてのアナウンスが聞こえてくる。
「ねぇ」
「はいっ!?」
再び肩に優しく触れた手。
振り向くと目の前にSORAの姿があった。
え、仕切りからでてきちゃっていいんですか。
「良かったら一緒に写真撮らない?」
「は?」
「SORAさん、なに言ってるんですか!」
そういったのは多分マネジャーの田中さん?だ。
そうだ、握手はいいけど写真撮影の許可はでていなかったはず。
「俺が撮りたいの、いいでしょ。俺のスマホ取ってきて」
「な、なんで僕となんて……」
「ほら、君もスマホ持ってるでしょ。貸して」
「は、はい」
言われるがままにスマホを取り出すと流れるようにSORAの手に渡る。
「ほら、ポーズとって。はい、ちーず」
ーーーーーカシャ。
「ほら、持ってきた……ってなにやってるの!その写真流出されたら」
「あ、ありがとう。じゃあもう一枚」
ーーーーーカシャ。
「これでよし。SNS投稿は禁止だからね、よろしく。田中さん、再開します。スタッフの皆さんよろしくお願いします!」
「あ、あの……」
「嬉しくてつい。特別大サービスってことで。付き合ってくれてありがとう、またね」
「大変ご迷惑をおかけしました。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
笑顔で振られる手にぎこちない笑顔で返す。
スタッフに連れられ出口を後にする。
急いでトイレに駆け込んで個室のドアを閉める。
スマホの画面を開き、ギャラリーのアイコンをタップする。
履歴の一番上、震える手で恐る恐る触れる。
肩を寄せ合い、互いの頬が触れそうな距離、僕の隣に憧れのSORAがいる。
ーーーーー……カタカタ、カタカタ。
[原田、糸部。僕ついに死ぬのかも]
ーーーーー……ピロンッ
[あー、ついにか。ご愁傷様です]
[葬式、呼んでくれよな]
×××
「髪の毛、よし。顔、まぁ外には浮きはしないだろう。財布、よし。カメラ、よし。アルコールシート、よし。後は……」
逸る気持ちに必死にブレーキをするも止めきれずに徐行する身体。
何度確認したかわからなくなるほど鞄の中を確認して、髪の毛も前髪の位置が少しずれただけで鏡を見て整える。
男子でメイクって思われるかもしれないけど人の多い場所やイベントなんかではファンデーションを塗るくらいは男女関係なくした方がいいというのが最近の風潮らしい。
高校3年にもなって初々しさに需要を求めるのも違う気がして少しずつ大人になっていることを自覚する。
それにいつか、あの人に追い付くためにも練習していかないと。
そう言いながら下手すぎて目の周りにアイシャドウを少しつけたぐらいのレベルだけど。
そして、最後は……。
「これなら蒸れないかな」
接触冷感機能がついたチェックのスラックス。
プライベートであっても他人の目は気になるし、スカートを履くのはこの家の中だけ。
そうやって欲張らずに分けた方が自分にとっても周りにとっても都合がいい。
欲張った結果そこに不満を持ってしまったら、なにも楽しめなくなってしまいそうだから。
「服も……ヨシ。準備完了」
最後にもう一度鏡をみて深呼吸。
肩にかけた鞄のショルダーベルトを握りしめ、家の鍵を閉めた。
運良く座れた端っこの席。
背もたれに寄っ掛かりスマホの画面をまじまじと見つめる。
画面の先にいるその人の姿に思わず頬が緩む。
念のためマスクをしといてよかった。
スマホの画面を誰にも見られてはないといえ、1人ニヤついていたら不審者確定だ。
でも、
「これから、会えるんだ」
この気持ちに急ブレーキなんてかけられない。
加速度を上げて進行していく。
×××
コスプレイヤーSORA。
それが僕の憧れてる人。
SORAは僕と同じ高3で、活動開始からたった2年ほどでSNS総フォロワー数50万人の有名コスプレイヤー。
もちろんそれだけでも尊敬できるレベルだけど僕がSORAが好き、んー、いや憧れてる理由はもっと別のところにある。
初めてSORAの写真を見たのは高2のときだった。
元々アニメが好きだったことと着たい服を自由に着れる場所を探してコスプレという世界を見つけた。
まだ本当に初心者で、この界隈なら知らない人はいないだろうというコスプレイヤーの名前も知らないレベルだった。
[コスプレイヤー かっこいい]とか[コスプレイヤー かわいい]とか検索エンジンにかけて、出てきた画像をひたすらスクロールするような日々が続いていた。
出てくる人出てくる人みんな顔が綺麗でスタイルが良くて煌びやか衣装を身に纏い、美しかった。
アニメのキャラがそのまま3次元に現れたというのとはまた違う感じはするけど、この人たちの本気はまた違う形でアニメへの愛を伝え、人の心を掴んでいる。
でも、何十回、何百回もスクロールをしてわかった。
女性レイヤーは男装をしている人も多くいた。
その一方で、男性レイヤーはほぼ100%で男性もののコスプレだった。
自分が見落としているだけかもしれないけど少なくとも僕の見た中ではそうだった。
その中、見つけた。
すらりと長い脚を露にし、ふわりと揺れるスカートを履いた美少女、いや、美男子を。
こんなにもスカートが似合う男がいるのか。
自分にはできなかったことを、世間の目を気にせず、堂々と。
そして、それが認められているという事実。
まるで自分の一部かのように自由自在にはためかせるスカート。
心の中にできたほつれがどんどんほどかれていく。
なんて可愛くて、かっこいいんだろう。
自分もこの人みたいになれたら。
これがすべての始まりだったのかもしれない。
この人を見ているときは今の自分を好きでいられる気がするんだ。
ーーーーーブーブブ。
バイブオンで届く通知。
SORAの新着ツイだ。
[今日はこちらのイベントに参加させていただきます!このような大イベント初参加なので緊張しますが、皆さんと会えるの楽しみにしてます( ´ー`)よろしくお願いします!]
一緒に載せられていたのは多分今日の衣装の一部であろうリボンと可愛いくまのうさぎのぬいぐるみ。
ーーーーードクンッドクンッ。
やばい、自分も緊張してきた。
前髪大丈夫かな、メイク崩れてないかな。
SORAの視界に変なものを写り込ませないために、少しでもSORAに見合った姿でSORAに会うために。
黒色に反射する自分を認め髪の毛を整える。
「まもなく池袋、池袋です。お出口は左側です……」
もうすぐなんだ。
電車のドアが開く。
緊張と不安とわくわくを胸いっぱいに抱えて、駅のホームに1歩を踏み出した。
×××
僕もSORAもこんなに大きなイベントに参加するのは初めてだ。
僕に関してはイベントに参加することも初めてに近い。
一度、原田と糸部と一緒にコミケに行ったことがあるけど暑すぎて軽い熱中症になって会場入りする前に帰宅した。
それ以前に人の多さに目が回りそうになったこともあってしばらくイベントには参加していなかった。
じゃあなぜ今日、イベントに参加するのか。
それは……。
アニメ関連のショップやゲームセンター、メイドカフェや飲食店が立ち並ぶメイン通りを進んで行き、高速道路下の大きな交差点を渡った少し先。
目の前には空へと伸びる高くてでかい建物が現れた。
「す、すごい」
存在感というか威圧感というか、とにかくその凄さに息を呑み足を止めた。
驚きの中に滲む安心感。
変な冷や汗が出る体とは反対に、感じる胸の高鳴りに思わず口が緩む。
「楽しみだね!」
「握手できるとか、死んじゃう……。自分の手で汚染したくない」
「じゃあしなきゃいいじゃん」
「でもっ!こんなチャンス二度とないじゃないですか。一生の運使い果たしちゃったんだから一生分ちゃんと使わないと。あぁ、でも!」
横を通りすぎる二人組の会話が耳に入る。
めちゃくちゃわかるんだよな。
鞄のなかを覗き込みアルコールシートが入っているのを確認する。
このために買った低刺激のアルコールシート(未開封)。
SORAが手袋をしていたとしても絶対アルコールシートで手を拭いてから。
そして手を拭くのは一番最初に取り出したやつ。
途中のだったら隙間からとか汚いものはいっちやてるかもしれないし。
怪しまれないように見失わないくらいの距離を保ち後ろからついていく。
ここにくるのは初めてなんだ。
こういうとき、同じキャラとか雰囲気の人についていくとつけるっていうでしょ。
慣れてる人からしたら簡単な道なりかもしれないけど、自分の頭の中はてんてこ舞いであの人たちを見失わないようにするのが精一杯。
まだ多分開店から間もないというのに店内は人に溢れていて何度も何度も人の壁にぶつかって。
エスカレーターとか間に何人も人が乗るからどこの階で降りたのかわからなくなりそうだったし。
やっぱり土日って人凄いんだな。
やっとの思いで最後のエスカレーターを登り切る。
サン○ャインシティ展示ホール。
目の前に広がるその景色に圧倒されてしまった。
「お写真いいですか?」
「一枚お願いします!」
「よろしくお願いします」
四方八方から聞こえてくる声とシャッター音。
カメラに向かって一直線に注ぐ視線にシャッターを切る事に違う雰囲気を漂わせる姿形。
画面でしか見たことない人達が今僕の目の前にいて、画面じゃなくて僕の瞳に映っている。
「す、すごい……」
なんか足の裏がそわそわする。
動かない体とは反対に、沸き立つ高揚感。
「こちらパンフレットになります!よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
勝手に場違い感みたいなのを感じていたけど普通に溶け込めているみたいで安心する。
もらったパンフレットに視線を落としパラパラと広げる。
午前10時から午後5時まで。
イベントや特設会場でのトークショーやランウェイ歩行をするみたいでスケジュールはびっしり埋まっていた。
また、これとは別に人気コスプレイヤーとの握手会がある。
僕の目的はこれだ。
2ヶ月前くらいに今回のイベントのSNSから握手会を開催するという告知がされた。
リストを見てみたらSORAがいてダメとで応募してみたら数日後、DMが届いた。
そのとき、嬉しすぎてあとちょっとずれていたらスマホが天国に行っていただろうってぐらい投げてしまった。
「SORAは……、14時からだからまだ時間あるな……って」
うわぁ、どうしよ。
さっきから繰り返してるのはわかってるけどやっぱりもうすぐだって思うとニヤニヤ止まんないし、手、震え止まんない。
ーーーーードキンッドキンッ。
あぁぁぁっ!心臓飛び出そう!
「あ、衣装販売とかもあるんだ。行ってみよ」
気、紛らわしてないと落ち着かないし。
×××
「うわぁぁぁぁぁ!」
こんな綺麗な生地初めて見た。
細部まで丁寧に縫われた布の継ぎ目に忠実に再現するされた刺繍、この装飾1個ずつ手でつけてんのかな。
「値段は……、た、高」
やっぱこんぐらいするのかな。
自分がするには金銭的にも精神的にもハードル高い。
やってみたい、とは思うけど。
ブースはまだ奥にも広がっていそうだった。
もう少し奥の方行ってみるか。
「こんなものまであるんだ」
次に足を踏み入れたブースは装飾品や小道具がたくさん置かれていた。
いろんな種類のピンバッチやボタン、ネクタイや髪飾り、組み立て式の杖なんかも置いてあった。
「あ、これよく見るやつかも。あ、これSORAの衣装にも使われてたやつじゃないか」
みんなこうやって素材を集めて作ってるのか。
なんて思うとますます好きになったっていうか尊敬っていうか。
胸の中が温かいものでいっぱいになる。
自然と口角が上がる。
隣のブースにはウィッグがズラリと並んでいる。
いろんな色、いろんな長さのものがズラリと並びその下にはカタログが掲載されていた。
所々にはセット済みのウィッグも置いてあって。
「あ、これ。セットめっちゃ大変そう……」
有名なアニメ作品の主人公。
毛量が多いのとウェーブのかかった髪。
ウィッグだけで何㎏あるんだろって感じ。
「本日限定で、セット承ります。ご希望の方はスタッフまでお声がけください」
へぇ、セットまでやってくれるんだ。
至れり尽くせりだな。
「あ、このキャラ。SORAに似合いそうだな」
ーーーーードキンッ。
胸元をぐっと掴む。
くっ、せっかく気紛らわせられてたのに。
ざっくりと一周回って再び衣装ブースへとやって来た。
大体は見たと思ったけどこっちは制服系が多いな。
さっきはプロのコスプレイヤーが着るような衣装につい見とれてしまっていたみたいだ。
初心者ならこの辺りから挑戦したほうが入りやすいよな。
「あ、これ……」
目に入ったのは女子高生の日常を描いた作品のキャラの衣装だった。
そのほのぼのとしたストーリーに不動の人気を誇る作品。
アニメ好きなら誰でも知ってる作品でもちろん僕も履修済み。
その中で高身長のキャラが1人いて...…。
「なにかお困りごとですか」
「うえ!?あ、いや」
衣装の前で立ち尽くしていると1人のスタッフが声をかけてきた。
「このキャラ、お似合いだと思いますよ」
「え?」
「高身長ですし、男性の方でも挑戦しやすいと思います。それにお兄さん、なんか雰囲気似てるし」
「え、えっと……」
「もしかしてコスプレやったことないけどやってみたいって感じですか?それならとてもおすすめです。基本衣装は制服ですし、装飾品もあまりありません。ウィッグもここでセットまでできますのでよかったら。ここで販売されているものは公式なのでそこは安心してください!今なら全身セット、ウィッグセットもついて15000円です。で、なんとイベント中に買うとコスプレデビュー歓迎フェアで30%OFFの10500円です!」
男がスカート見てるのに、なんの抵抗も躊躇もなく声を、かけてくれた。
この界隈ではそう、なのかな。
ど、どうしよう。
安くなるとは言っても1万円越えるしな。
『お似合いだと思いますよ』
ーーーーー……。
「買います」
×××
買っちゃった。
セットの最終調整があるからって荷物預かってくれたし良かったけど。
ーーーーードキンッ。
なんかいけないものを買ったときみたいな感覚。
でもそれが罪悪感って訳じゃなくて。
ニヤニヤが止まらない。
それに。
『お兄さんめっちゃ可愛い顔してるよね!特別にメイクしてあげる。ってかメイクさせて!』
その圧に断り切れなくて、メイクまでしてもらってしまった。
「浮いてないかな」
スマホの黒い画面じゃうまく見えなくてトイレの化粧室で鏡とにらめっこをする。
ナチュラルメイクにしたからと言われたけど鏡に映る自分に違和感しかなくて鏡を凝視する。
せっかくしてくれたから落とすわけにもいかず、顔だけが浮かないように髪の毛を整えて化粧室を出る。
時計を見ると13時45分。
そろそろ並んでおこうかな。
後、15分。
×××
「SORAさんとの握手会参加チケットをお持ちの方はこちらにお並びください」
500人って少ないように見えて実際こうやって集まると多いんだな。
列にはもう結構の人が並んでいて僕は後ろの方になってしまった。
抽選で選ばれたのは500人。
アイドルとかの握手会にどれだけの人がくるかはわからないけど人気コスプレイヤーが勢揃いするなかで肩を並べ、こんなに集めるなんてすごい。
50万人の中の500人単純計算で1%の中の1人に選ばれたなんて。
今さらその事実を実感して足の裏がゾワッとする。
「まって、生SORAに会えるってこと」
「きゃー!生SORA。その場で尊死しそう」
周りの人の声が耳に入ってくる。
そっか、ここに並んでいる人達はみんなSORAのファンなんだ。
元は男だし、想定はしてたけど女性が大半で、可愛い人ばっかりだな。
嬉しい反面、なんだかもやもやする心中。
「むず、痒い」
ショルダーベルトを胸の前でぐっと掴む。
ファンが多いことだってSORAに憧れてる理由の一つだっていうのに。
「それでは今からSORAさん握手会スタートです!列が少しずつ動きますのでご注意ください」
「「きゃー!!!」」
スタートの合図と共に黄色い歓声があがる。
ゆっくりとそれはもうゆっくりと列が前へと進んでいく。
1人あたり10秒として500人いるから5000秒、分に直すと大体1時間20分超くらい。
僕たちにとっては一瞬のことだけど、SORAにとってはこの長い時間休憩なしにずっと立ってファンサービスをしなければならない。
どんなに大変なことだろう。
そう思うと申し訳ない気持ちにもなるけどせっかくのチャンスは逃せないし、だからと言って会うのやめたらSORAが可哀想だよな。
少しでも休憩できるようにパッと入ってパッと出よう。
緊張で手が震える。
長いようで短くて、短いようで長いこの時間。
さっきまであんなに早く会いたいと思っていたのにいざそのときを目の前にするとまだ会いたくないと思ってしまう。
ずっと楽しみにしていたライブなのに当日急に行きたくないなってなるのと同じ感覚。
「はぁ」
今、自分から幸せが一つ逃げた気がする、そんなため息だった。
「まって、もうすぐだよ!」
「やばいやばい!心の準備が」
少し前の方からそんな話し声が聞こえてくる。
人の頭の隙間から前を覗いて見ると入り口まで後5mほどの距離まで迫っていた。
アルコールシートを取り出して手を拭く。
これ以降、SORAに触れるまではどこも触らない。
手持ちぶさたになった掌をずっと眺めていると心の底から込み上げてくる感情に落ち着かなくなって手を開いたり閉じたりを繰り返した。
後5人、4人、3人、2人、1人。
どんな話をしよう。
顔、変じゃないかな。
不安とワクワク、対極な感情が混ざり合う心中は心臓の鼓動をより強く脳に響かせた。
「次の方、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ついに来てしまった。
深呼吸、深呼吸、落ち着け。
「……失礼します」
「こんにちは!今日は来てくれてありがとうございます」
「こんにち……」
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
顔ちっさ、脚なっが、スカート丈短っ。
フリフリのミニスカートにアミアミタイツってなに、反則だろって似合ってるのなんで、男だよ。
ちょっと肩だししてるだけでエロい雰囲気でてるのなに。
ウィッグも固めてる感じなくてめちゃくちゃ自然なのなんで。
可愛い、かっこいい、尊い、神。
生SORAだ、目の前に生SORAがいる。
くっ、眩しすぎて直視できない。
「大丈夫です……か」
「ふぇっ!?」
SORAは下を向く僕の肩に優しく触れそう問いかけてくれた。
その思わぬ出来事に変な声がでてしまった。
咄嗟に上げた顔。
その瞳に映っていたのは優しい笑顔で僕を見て、ぎゅっと両手を僕の手を包むように握ってくれているSORAだった。
「あ、ごめんなさい。ぼ、僕、ずっとSORAさんに憧れてて。嫌いなところがあるんです、自分の。人とは違うなって部分、日々生活するなかで生まれる違和感が苦しくて。でもSORAさんに出会って、そんな自分を肯定できるような、SORAさんを見ているときだけは自分を好きになれる気がするんです。SORAさん大好きです。これからも応援しています!」
「……。」
「そろそろお時間です」
あ、一方的に話ちゃった。
やっぱり10秒って短いな。
なに話そうってあれだけ考えてたのに結局そのときになったらなんにもうまくいかなくて。
「ごめんなさい、一方的になっちゃって。ありがとうございました」
握られた両手が離れていく。
重なっていた視線が静かに離れていく。
距離が、離れていく。
まだ姿は見えているのに、また会いたいと思ってしまう。
また、話したいと思ってしまう。
次はいつ会えるのかな。
スタッフ誘導のもとカーテンの目の前まで足を進める。
一歩を踏み出せば今日はもうさようならだ。
最後にもう一度顔、見ていいかな。
「……待って!」
「えっ」
その声に足が止まる。
そこにいたスタッフ全員も動きを止める。
「スタッフさんちょっとだけ時間いいですか?」
「しかし、まだ次の方もいらっしゃいますので」
「お願い、少しだけ。田中さん、ちょっと休憩ってことで」
「……。まぁ、確かに1時間近く立ったままですしね、いいでしょう。申し訳ございません、少々休憩をいただいてもよろしいですか」
「わ、わかりました。調整いたします」
慌ただしく動くスタッフの中ポツリと立つ僕。
待てと言われてどうすることもできず、てかなんでそう言われたかに動揺しすぎて頭が思考停止中。
「お並びのお客様にご案内致します。ただいま……」
外からは後ろに並んでいる人達に向けてのアナウンスが聞こえてくる。
「ねぇ」
「はいっ!?」
再び肩に優しく触れた手。
振り向くと目の前にSORAの姿があった。
え、仕切りからでてきちゃっていいんですか。
「良かったら一緒に写真撮らない?」
「は?」
「SORAさん、なに言ってるんですか!」
そういったのは多分マネジャーの田中さん?だ。
そうだ、握手はいいけど写真撮影の許可はでていなかったはず。
「俺が撮りたいの、いいでしょ。俺のスマホ取ってきて」
「な、なんで僕となんて……」
「ほら、君もスマホ持ってるでしょ。貸して」
「は、はい」
言われるがままにスマホを取り出すと流れるようにSORAの手に渡る。
「ほら、ポーズとって。はい、ちーず」
ーーーーーカシャ。
「ほら、持ってきた……ってなにやってるの!その写真流出されたら」
「あ、ありがとう。じゃあもう一枚」
ーーーーーカシャ。
「これでよし。SNS投稿は禁止だからね、よろしく。田中さん、再開します。スタッフの皆さんよろしくお願いします!」
「あ、あの……」
「嬉しくてつい。特別大サービスってことで。付き合ってくれてありがとう、またね」
「大変ご迷惑をおかけしました。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
笑顔で振られる手にぎこちない笑顔で返す。
スタッフに連れられ出口を後にする。
急いでトイレに駆け込んで個室のドアを閉める。
スマホの画面を開き、ギャラリーのアイコンをタップする。
履歴の一番上、震える手で恐る恐る触れる。
肩を寄せ合い、互いの頬が触れそうな距離、僕の隣に憧れのSORAがいる。
ーーーーー……カタカタ、カタカタ。
[原田、糸部。僕ついに死ぬのかも]
ーーーーー……ピロンッ
[あー、ついにか。ご愁傷様です]
[葬式、呼んでくれよな]


