あいはことばを選ばない


 日常を一緒に過ごしてみると、驚くほど最初に抱いたと印象とかけ離れた人だと知った。
「な、や」
 はじめは話しかけづらい孤高の人みたいな印象を持っていた。いつもどこか儚げな雰囲気だし、例えるのは難しいがファンタジーの世界にいそうな美しい見た目をしている。しかし実際は普通によくいる男子高校生と変わらなくて、ラーメンとかハンバーガーとか好んで食べる。活字の本以外にも漫画とか好きで、意外にも下ネタとか言う。
『な、や、すき』
 ──しかしながら、彼の『普通』とは違うと感じるところは、やはり人より積極的で、好きなものは手に入れるまで絶対に諦めない強い信念かもしれない。
 俺はそんな彼に終始翻弄されっぱなしだ。

 ジムでの一件の後、俺たちは今井さんを介さずに直接やりとりができるようにスマホの番号とアドレスを交換した。と言ってもスマホの操作に慣れない道重さんの代わりに俺が登録した。
『──こんなちわ。道重です、』
『──海馬っす。道重さん、ちゃんとメッセージ届いていますよ』
『──ヨカッタ』
 それからは毎日彼からテキストメッセージが届いた。ごくありふれた、取るに足らないけれどお互いの人となりを露(あら)わすような日常会話。時折触れられる『好き』の二文字はひときわ光るアクセントのようだ。

『──道重さんって、メッセ送る時、漢字よりひらがなの方がいいですか?』
『──おれ、漢字、の少し分かるよ』
『──そうなんすか? じゃあ俺、もっと勉強頑張りますね』
『──また一緒に、。い?』
『──はい』
 聞けば、彼は話すことよりも文字を書くことの方がまだ難しくなくて、その中でもスマートフォンでのタイピング操作は比較的易しいとメッセージの中で教えてくれた。その上、スマホだと読み上げ機能が使えるから便利なんだとも話していた。
 それでも数字は苦手で、計算とかお会計は今でも難しいらしい。漢字はそれ自体に意味がある分、まだ理解がしやすいとのことだった。
(なんか不思議な感じだな)
 そんなこともあるのかとあとで自分なりに調べたことだが、失語症というものは人によって症状や程度が異なり、道重さんのように言葉がそれなりに分かっても話したり読んだりできない人もいれば、その反対の人もいたり、全部が難しくなってしまったりする人もいるそうだ。つまるところは、何が苦手なのかは人それぞれなんだそうだ。
 
 とにかく、いつでも連絡する手段を手に入れたことで、彼にさまざまなことを『聞ける』ようになった。
『──そういえば、道重さんは何でジムに通い始めたんですか』
『──転ぶ、の嫌』
『──それって筋トレで改善するんですか?』
『──うん。歩くとこができる、から、体かなり安定する、』
『──そうなんですね』
『──もとに、戻りたいから』

 "元に戻りたい"──復学して勉強の続きをしたい。
 現状を変えるために、今やれることすべてに全力を傾けている。
 短期間のやり取りの中で何度も何度も綴られた言葉から、尊敬する先輩の固い信念が叫ぶみたいに胸へ飛び込んできて、何故か胸が軋むように痛んだ。

 程なくして、激務の今井さんに変わり、彼の仕事でもあった週二回のジム送迎は俺の担当になった。
 道重さんと会う日はバイトの時間をずらしてもらい、学校が終わったらすぐに家へ迎えにいく。洒落た植栽が施された、生芝を豊かに敷き詰めた広い庭。塀の外で待っていると、西洋風の赤いレンガに挟まれた門扉から道重さんがそっと出てくるんだ。洋館みたいな家から王子みたいな高潔な男子が現れる瞬間はいつ見ても慣れずにソワソワしてしまうけれど、ひとたび門の扉が閉まり、ただの男子高校生同士という関係性を再認識すると、不思議なことに身近に感じて嬉しくもあった。
「なーや、あり、ありあと」
「いーえ、とんでもないですよ」
 にっこりと微笑む道重さんに片方の肩を貸す。転ばないように掴まってもらったのを確認してから、バス停へめがけて閑静な住宅街をつき進む。
 特に会話はなかった。しかし、肩に置かれた形の良い手がじんわり熱くなっていく。
 それに気づくと、自分まで変な汗が噴き出しそうになった。

「道重さん……俺、」
 むず痒い。これは『ともだち』に抱く気持ちなのだろうか。
 しかし今以上に進む未来もよく見えない。

 気恥ずかしさに赤面してしまう俺を横目に、名前を呼ばれた道重さんは、返事の代わりに肩に置かれていた手をするすると下ろしてきて、そのまま中途半端に差し出していた俺の手を繋いだ。
 胸がカッと熱くなった。顔がどんどん火照っていくのを感じて、それからは彼と目を合わせられなくなった。


 彼の通うジムは一般的なフィットネスジムとは違って、リハビリの延長線上にある人を多く受け入れている。実際、道重さんのように何かしらの理由で身体を動かしにくくなった人たちが通っているのをたくさん見た。
 バスを降り、眼鏡をかけたパーソナルトレーナーに道重さんを預けると、俺はトレーニングが終わるまで小一時間ほど近くのカフェで時間を潰すことにしている。
 窓際に座れば、時折ガラス張りの建物の中で運動する彼が見えた。というよりも、その勇姿を見たくていつも窓側に吸い寄せられてしまうんだ。
(言葉も身体も満足にいかないのに、マジですげぇな……)
 真剣に取り組む様子を眺めながら、自分だったら同じことが出来るだろうかと考える。道重さんはどんな困難が立ちはだかっていても絶対に諦めず、毎日コツコツと努力を重ね一ミリでも前進しようとする。まるで少年漫画の主人公のようだ。
 俺ならきっと、投げやりになって引きこもってしまうだろう。言語が分からない知らない土地に一人置いていかれたら、無事に帰ってこられる自信がない。
「さて、と」
 闘志に似た気迫に圧されつつ、俺はノートを広げた。以前なら、暇な時間は適当にゲームやSNSで時が過ぎるのをぼーっと待っていたけれど、今は勉強や調べ物をすることで忙しい。
 漢字の練習や学校で出された課題はもとより、道重さんの抱える『失語』とはなんなのか、俺にできることはどんなことなのか。

 文字を書いて書いて、書きまくった。
 彼を知ろうとすることで、自分の世界もほんの少しずつ広がっていくような気がする。知らなかった漢字に出会い、意味を知る。今までとばし読みしていた熟語や慣用句が分かるようになったら、文章の解像度が上がって正確に読み解けるようになった。

 活字が好きだという道重さんは、普段この世界がどんなふうに見えているんだろう。俺が今まで浸っていた風景とはまるで別物の世界が広がっているのではないだろうか。
 今はしゃべることが困難になったって、道重さんの頭の中にはきっと、文脈や行間までも文字たちが生き生きと踊っている感覚がまだ存在しているはずだ。
 できればその感動を言葉で語りたいはずだ。

『──なおや、とれにんぐ、終わたよ』
『──分かりました。今行きますね』
『──有難う、すきだ』

 同じ次元に辿り着けたら、もっと深く理解できるだろうか。すべて同じとはいかなくても、彼が頭に描くイメージを共有するように思い浮かべることができたら、もっともっと、道重さんの言いたいことの本質を知ることが出来るだろうか。
(また『好き』──好きってどういう意味だ?)
 今以上に勉強すれば、これも分かるようになってくるのだろうか?
 道重さんが望む関係って、そもそも好きってどんなものなんだろう?

 文脈がある程度理解できるようになった今日でも、一番知りたいその二文字の意味だけはどうしても身近に感じられずにいた。