「──それで、そんな状態で、まだ付き合っていない、と?」
久々に本田洸に呼び出され、校庭で昼メシを食べながら尋問を受けていた。
初夏の湿った青空は高く遠く澄んでいる。
「まあ。でも友達以上……? だとは思う」
「え、何それエロすぎん」
「向こうからは毎日好きって言われてる」
道重さんは体調のこともあって返信がこまめというわけではないが、相も変わらず必ず日に一度は"好き"という言葉を送ってくる。初めて直接聞いた時は動揺して信じられなかったけれど、本当に毎日そう口説いてくるものだから、今となってはある種のふわふわした快感を覚えるほどになっていた。
「んだよ相手の子はゾッコンじゃねぇか、うらやましーな」
「……かもな」
「しかも会ったら手ぇ繋いでんだろ。それ、気づいてないだけでお前も好きじゃん。なんだよ、早くオッケー言ったれよ」
本田はいとも簡単そうに言った。確かに、それくらい不思議なほど親密になっているとは思う。
しかし今以上の関係に踏み込むとなった時に、妙に踏ん切りがつかない。道重さんが男だからだろうか? いや彼が女性だったらと考えたことは一度もない。でも男同士で付き合うイメージも湧かない。
そもそも何かを好きになるという感覚そのものが、昔から分厚い膜が張られたみたいにピンと来ていないんだ。それが、熱いのか冷たいのかさえ。
道重さんのことは尊敬している。俺にとって、あの人ほど魅力的な人間はいない。もっともっと知りたくて、いつも道重さんだったらどう思うだろうかと出会うものすべてに対して関連づけて考えてしまうようになった。
しかし、彼に対して締めつけられるような甘く切ない気持ちを抱いたことはない。大切な友人であって、かと言って、今までにはない、もう後戻りできない感情が日々膨らんでいるのも自覚している。
「まぁ、な」
「そういや、もうキスはした?」
「……してない。まだするわけないだろっ」
「まぁ、それもそっか。付き合ってねぇもんな」
それにしても『まだ』とかエロすぎ、と下世話な台詞を置いて、本田はニマニマしながら購買で手に入れた冷えた唐揚げをひょいとつまんで頬張った。俺も若干墓穴を掘らされたことに恥ずかしさを覚えながら、自分でこしらえた握り飯にかぶりついた。申し訳程度にふりかけたごま塩だが、なかなかいい味を出していると思う。本田には言わなかったが、正確に言えばこれまでにぐいぐいと来る道重さんに推されて何度かそういう雰囲気になったことはある。
しかし道重さんへの想いが大きくなるその一方で、どうしても自分の中で欠落して理解できない何かがある。
「なぁ、『好き』ってどんな感じ?」
「は?」
「いや、俺今まで何かを強烈に好きになったことがなくてさ。そもそも好きってなに」
至って大真面目に聞いたつもりだった。しかし本田は開いた口が塞がらない様子でたたみかけてきた。
「いやいやいや、どう見ても今のお前の状態は『好き』っしょ! 暇さえあれば漢字の勉強してるし、メシ時は図書室に行っちまって全然帰ってこねぇの。外から見てると、相当のめり込んでるように見えるぜ?」
「そうか?」
「はぁ、それで好きかどうか分からねぇってマジ意味不明だわー。今まで課題の一つも出さなかったお前が勉強なんてフツーありえねぇだろ? どーせ一日中その子のことで頭ン中いっぱいになってんだろーよ」
確かに、言われたそばから道重さんの黒曜石のような深みと鋭さを備えた瞳を想像した。前髪を下ろしているとかなり童顔に見えるのに、烏の濡れ羽色の髪をかき上げると、意外にも凛々しく精悍な青年の顔になる。
そんな魅力に溢れた人の執念とも言える泥臭さを近くで見ていたら、どんなシーンを切り取っても鮮明で忘れられない。
「好き、かぁ……」
「社長はかなりニブちんだからなぁ……。社長は顔もいいし狙ってた女の子も何人かいたのによー、淡白にあしらって殲滅させてたくらいだしなぁ」
「え、それマ?」
やっぱり気づいていなかったのかよ、と呆れ顔でため息を吐かれてしまった。もし事実だったとしたらその子たちには申し訳ない。だが残念ながらそちらに気を回せるほど器用ではない。
自分は、道重さんに何を望んでいるのだろう。会いたいとは割と思っている。
「……言われてみれば確かにそうかもな。俺その人のことしか考えてないわ」
「だろ? 最近のお前おかしーもん。早く新作プレイしたかったのによ」
「すまん」
「……ま、早めに返事してやれよ。あんまり待たせっとどっか行っちまうぜ」
本田はニヤニヤと不吉なことを言ってあんパンにかぶりついた。それは結構嫌だなと内心思う自分がいた。
