夏と冬が重なれば。


中学時代の三年間を振り返ってみて、咲夏が真っ先に抱く感想は「終わってたな」の一言に尽きる。 

いじめられていたわけではない。
友達だって、それなりにはいた。 
けれど、はっきり言ってどこまでも『地味』だったのだ。

 鏡を見るたびにため息が出る、毎朝言うことを聞かない頑固な前髪。
黒髪で肩のあたりまで伸びた髪の毛は、縮毛矯正をかけるお金もないため、あちこちがピンピンと跳ねていた。

 おまけに視力だけは無駄に良かったせいが、眼鏡からコンタクトレンズに変えて劇的ビジュアルチェンジ、なんていう少女漫画のような「デビューイベント」とも無縁だった。 

クラスで浮いているわけでもないが、世間でいう人種分けなら、間違いなく『陰キャ』と呼ばれるグループに属している。 
性格だって、周囲をパッと明るくさせるような華やかさからは程遠い。
ただただ、目立たないように、波風を立てないように、学校生活という名の日常をそれなりに勤しんでいただけだった。

(私の青春、このままなんとなく終わっていくのかな……)

 そんな咲夏の退屈な日常に、突然、巨大な隕石が降ってきた。


 高校入学を控えたある日のこと。

スマホでたまたま開いた動画配信アプリ『ImNEXT』で、一本のオリジナルドラマを再生したのがすべての始まりだった。
 それは、派手な見た目の『白ギャル』が、一念発起して東都大合格を目指すというストーリー。
おまけに、周囲を固めるのは眩しすぎるほどの陽キャ男子たち。

彼らが織りなす、ハラハラドキドキの甘酸っぱい恋愛模様が、これでもかと画面いっぱいに描かれていた。

 画面の向こうの彼女たちは、自分の『好き』を貫いて、泥臭く、けれど最高に輝きながら青春を全力疾走している。
 気がつけば、咲夏はスマホをリビングのテレビに接続し、大画面でそのドラマに釘付けになっていた。

最終回のエンディングが流れ終えたとき、胸の奥がドクドクと激しく波打っているのが分かった。

「……私、かなり暗い青春してるかも」 

ぽつり、と呟いた声は、静かなリビングに妙にリアルに響いた。 
手にしたリモコンが、咲夏の指先からポトリと頼りなくソファの上へと落ちる。

「あらあらー。咲夏、大丈夫?」

 ソファの向こう側で洗濯物を畳んでいた母親が、呆れ果てたような、生温かい視線を送ってくる。

 だが、今の咲夏の耳には、母親のそんな小言すら届いていなかった。

(変わりたい。一度きりの高校生活、私もあんな風に、キラキラした世界で生きてみたい……!)

 胸の中に灯った小さな、けれど強烈な炎。

 これが、安達咲夏が「ギャルになる」と固く決意した、すべてのきっかけだった。


「――で、今に至るわけだけど」


 再び意識は現代、ベッドの上へと戻ってくる。
 咲夏はゼラピケのクッションに顎を乗せ、もう一度、手元のスマホ画面を睨みつけた。

 画面には、先ほどAIが弾き出したギャル語の数々が冷徹に表示されている。

(……やっぱり、住む世界(ポジション)を変えるのって、想像以上に無理ゲじゃない!?)

 理想のキラキラ高校生活と、目の前にある「アゲ~」「ま?」という謎の言語の壁。

 咲夏の壮大なギャルデビュー計画は、そうして始まりを迎えたのだ。