隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

ぴるぴるぴるぴる。

キャンプの日の朝。
校門をくぐったタイミングでスマホが鳴った。この着信音は母親。
ウィンドブレーカーのポケットからスマホを出す。

「はーい、なに?」

背負ったリュックがずっしりと肩にかかる。
校庭に大型バスが何台か止まっているのが見える。人の多い道を少し外れて歩きながら話す。

「今日キャンプでしょ! ちゃんと起きたかなと思って」

「もう向かってる。じゃー」

さっさと電話を切ろうとすると、

「あのね! みなみキャンプ場、ママも行ったことあるの、若いとき」

はぁ。暇なのか、しぶとく話しかけてくる。

「でね、夜中、神社の方から声…かなにかよく分からないけど、音がして……。心霊現象だって、騒ぎになって。レン、まだ神社あったら見てきて。ママ思い出したらゾッとして」

「まあ、あったらね。じゃ」

電話を切った。正直、心霊話に興味はない。
肝試しはするけど、それは女の子と公式にいちゃつくための行事だから。
心霊とか信じてないから!


 ※  ※  ※


バスがキャンプ場に着いた。
高速を下りてすぐの場所に広がるファミリー層も多いキャンプ場だ。
少し移動すると、三角屋根のコテージが並ぶエリアに入った。入口の看板を背景に班ごとに写真を撮る。

オレたちE班のコテージはというと……

「おおお」

ドアを開けたE班男子5人、感動。木目の内装に、コンロや大型冷蔵庫のあるキッチン。リビングダイニングの掃き出し窓からは、外の緑が見える。
ベッドルームは2つあり、一階の部屋にベッド3台、二階の部屋に2台。
シャワールームもあって、バスタオルも沢山積まれていた。

「とりあえず、バーベキューの肉、冷蔵庫入れよーぜ」
「部屋割りも決めよう。じゃーんけーん……」

「ポンッ!」

二階部屋は、オレと桐山に決定! 気心のしれた奴とで一安心だ。
とりあえず、二階にリュックを運ぶ。二階は斜めの天井屋根が迫る狭い部屋だった。ベッドの上で体を起こすと、天窓に頭をぶつけてしまいそうだ。
でも夜はきっと、そこから星が見える。

……広川は今頃なにしてんのかな。

さっき、A班が写真を撮っているのを見かけた。
美男美女ばかりのA班は写真慣れしているメンツが多いのか、動きのあるポーズをばしっと決めていた。

リュックの中からマシュマロを引っ張り出した。
隣のベッドに寝転んでいた桐山が「オレも食いてぇ」と言ってくる。

袋ごと渡そうとしたら、

「キャッチするから投げろ!」

と、ベッドの上に座って口を開けてスタンバイ。犬かよ。
せっかくなので、少し離れた場所から……

ぽいっ

桐山が俊敏に動いた。

ばくぅ! 取った!

「ナイス!」

おもしろ! もうひとついけるか?

ばくぅ!

「すげぇ!」

でも、こんなことしてたら、バーベキュー用のマシュマロがなくなってしまう。犬遊びはおしまい!

「はは、オレ動体視力と瞬発力に自信あんだよ。テニスプレーヤーだから」

桐山は自信満々に言って階下に下りていった。
ベッドに残されたオレ。マシュマロを1個食べて天窓から青い空を見る。

雲一つない。

広川だったらどうだろうか。
キャッチできるかは知らんけど、めちゃくちゃノリそうだな。花ちゃんもそうだった。

花ちゃん、テンションが上がりすぎると飛びついて顔をペロペロ舐めてくるのが、ちょっと困ったけど。

そういうときはベッドやソファみたいな押し倒されても大丈夫な場所に移動してたな。

「……」

んんん。一瞬脳裏をよぎったおかしな絵は、言葉にする前にスルーしよ。

いつもオレに飛びついてきてた花ちゃん、ほんと可愛かったよなあ。


※  ※  ※


焼きマシュマロは大好評だった。
炭火に向けて、棒に挿したマシュマロをクルクル。均等に色をつけようと回し続けるE班メンズに

「あんま回さず、ちょっと焦げ目ある部分を作るのがいいんだよ」

知ったかぶったオレ。広川の受け売りだけど。はは。

バーベキュー後、他班の奴らと余った炭を返しに行っていたら、コテージに戻るのが遅くなった。
7時。夜イベントの肝試しまで、あと1時間だ。

洗面所で歯磨きをして、一階でトランプ中の三人に断って二階に行く。
桐山はキャンプ係で、バーベキューのあとは肝試しの準備をすると言っていた。だから部屋にはいないはず。
もうすぐ日没。少し疲れたから、一人でのんびり天窓から空でも見よう。
ドアをガチャッとあけたら、

「広川?」

広川が桐山のベッドに座ってスマホを見ていた。
ふと顔をあげる。

「あ、今日オレこっち。桐山とチェンジ」

「へえ。なんで?」

「オレのいたコテージさあ、オレ以外キャンプ係だったの。で、肝試しの準備や片付けあるから部屋変わってって言われた」

ふうん。
オレは自分のベッドに寝転がる。隣のベッドに広川。

う、なんか近くて横を見づらい。
さっきおかしな想像しちまって気まず……いけど、まあ、オレ一人が意識しちまっただけだから、いいか。

天窓から見える空が茜色に染まっていく。

「キレーだなあ」

広川もベッドに寝転がった。それぞれのベッドから空を見る。

「そういやさ、肝試しさあ……」

オレは今朝の母親の話を思い出していた。

「母親が若い頃、このキャンプ場来たんだって。んで、心霊現象あったって……。夜、神社の方から声だか音だか聞こえてきたって……」

「へー。そりゃ羨ましいな」

「は?」

オレは広川の反応に体を起こした。羨ましいって、どういう意味?

広川がベッドからオレを見返してきた。なにを当たり前のことを聞くんだ、という顔をしてから、ニヤッと笑った。

「外で誰かヤッてたんじゃね? 激しめに」

「え?!」

し、しまった。顔が赤くなってしまった。
また広川に馬鹿にされる。
聞こえたのはそういう声ってこと?! こ、声のことなんか知るかよ! そんな出るん?

なにか言い返さないと。でも、思い浮かばない!

口を開けて固まっていると、広川がくるっとオレから顔をそむけて上をむいた。

「ま、肝試しんとき、確認してみよーぜ」

広川はスマホを天窓に向けた。カシャッと1枚。オレも真似して1枚撮る。

「……ヤッベ」

広川が、ベッドの上でスマホを顔の上にかざしながら呟いていた。夕日を受けて赤い顔。
夕日写真はとても綺麗だけど、どのあたりが『ヤッベ』なのか。
広川の感覚は、たまに不思議だ。