隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

柔道でまんまと組み伏せられてしまったオレは、広川に手料理とプリンをふるまうことになった。

放課後。

オレはいつものスーパーに寄って食材を調達する。
広川も誘ってみたけど、

「ちょっと用あってさー。6時頃家に行かせて!」

と、断られた。
思わず白い目を向けると、ニコニコしながら慌てて顔の前で手を振った。

「あ、違う違う、ただの委員会だよ、デートじゃない。女の子連れこもうとかしてないから!」

そうですか。
前科あるからな。

そんなわけで、スーパーだ。
作るのは野菜炒め。
昨日は『野菜炒め用セット』を使ったけど、今日は本格的に野菜のカットから始める。

キャベツ、にんじん、玉ねぎ、肉。
長ネギもカゴにいれると、それっぽくてテンションがあがる!

帰宅してすぐ、エプロンをつける。

『真野くん可愛い!』

なーんて、女子の声が脳内再生される。思わず顔がにやける。かっこいい系が無理なら可愛い系で行くのもアリかな……。

キッチンに立ち、玉のキャベツを手にする。
しかし、このキャベツはなんだ。泥がついている。紫のビニールの帯には『有機栽培』。

一階のチャイムが鳴った。解錠してしばらくすると、今度は玄関のチャイム。

ピンポーン……

「はーい」

キャベツをメリッと一枚むきながら、玄関に向けて返事をする。手元に目を落とした。

ん? 剝いた中から、プリプリした小指くらいの、緑色の……

「ぎゃあああっ!」

オレは悲鳴をあげてキャベツを放り出した。
ドンッと床に落ちたキャベツから、いもむしが一匹飛び出す。キモすぎる!!

「ひ、ひいいいっ」

いもむしが床を歩き始める。だ、誰か、広川、広川ああアッ!!

オレは泥のついた手のまま玄関に走る。
ドアを開けると、頼りがいのあるデカい体が! 

「ひろか、広川、こ、あれ、虫、いもむし、キャベツにっ!!」

必死に訴えると、広川は不思議そうに首をかしげた。

「虫がいたの?」
「はっ?」

オレは、はっとした。
またバカにされる。ニヤニヤして見下される。柔道で組み伏せられたときみたいに。

やられてたまるか!

「いや、なんでも、こ、怖くねーよ。驚いただけ!」

「フーン」

広川は靴を揃えて上がってきた。オレはキッチンに戻り、床に落ちたキャベツを慌ててシンクに戻す。
床には緑のいもむし。

「ほっ、ほらそれ」

駄目だ、触れない。虫は嫌いなんだ。どうしよう。

広川がこちらを見た。
絶対笑って……あれ、笑って……ない?

広川は床のいもむしを指でつまんだ。
オレが散らかしていたスーパーの袋に放り込み、きゅっと口を結んだ。

「帰るとき、外で捨ててってやるよ。それでいい?」

こちらを見て普通に聞いてくる。

「う……うん」

絶対からかってくると思ったのに。
オレはなにも言えなかった。からかってきたら、なにか言い返してやるつもりだったのに。
普通に助けてくれた。

オレが思わず広川を見つめると、広川がニカッと笑った。

「惚れちゃった?」
「はあっ?!」 

く、悔しい。言い返してやりたい。なんでもいいから……!

オレはフライ返しを振りあげた。

「ほっ、惚れたのはお前の方だろーがああ! かわいー真野くんにっ!」

ぶははは! と、広川が大笑い。
オレは屈辱に震える。
くそっ、もっといい返しができたら良かったのに! 身を削りすぎた。

「いや、レンってマジおもしれー。ひー」

広川は床に転がって涙を流している。




「いただきまーすっ!」

青虫にびびらされながらも、格闘45分。
野菜炒めができましたー! キャベツだけは広川が処理してくれた。優しい。
広川が持ってきた謎の赤缶調味料「ウェイパー」がいい仕事をした。

「塩コショーと比べるとレベチだな」
「だろ? オレも初めて食ったとき感動した」

男二人、皿にてんこもりの野菜炒め。山盛りご飯。

「レン、そんなに食えるの?」

オレは少食に見られがちだが、わりと食べるほうなのだ。広川が驚いている。

「食後のプリンもいけるぜ」と、オレ。

オレは冷蔵庫から全プリンを出してダイニングテーブルに並べる。スーパーにあるだけの種類を買ってみた。
ホイップが載ってるやつ、昔ながらのプリン、なめらかプリン、クリームブリュレ……。
好きなのを持ってけドロボー。

「マジか、買いすぎだろ」

広川が手を叩いて笑っている。

「んで、レンはどれ食いたいの?」

「なんでもいいよ」

「じゃあ、オレ、このkissプリンにしようかなあ。名前がエロい」

「あほか」

オレはホイッププリンを選んだ。
リビングに移動してテレビをつけて、2人並んでソファに座りデザートタイム! ぺりぺりと蓋を剥がす。

広川が、プリンをすくいながら、ふと気になったようにこちらに視線をよこした。

「……レンって、キスしたことあんの?」

うぐっ!
経験者が、上から目線でぶっこんでくる話題かよ。ねえよ。見たまんまだよ、悪かったな!

「ない! 高1なら普通だろ。お前がおかしい」

「してみたいとか思わねぇの?」

オレはホイッププリンのホイップをぐちゃっと潰した。

「し、してみっ……したくて出来るなら誰も苦労しねえーーッッ」

広川、そのセリフ、彼女いない暦イコール年齢の人間に言ったらマジギレされるかんな。
ここにいるだろ。覚えとけ!

「ふーん。キスって気持ちいいよ? ……そういや、二の腕って、唇と同じ柔らかさらしい」

「へっ?」

そ、そうなのか? 
初耳だ。気持ちいいって……経験者の言葉は重い。ドキドキしてしまう。

オレはいそいそとホイッププリンをテーブルに置いた。
半袖の片手を上にあげ、二の腕の裏の柔らかいところにキスしてみた。
分からん。

「どう? 同じ?」 楽しそうな広川。

「オレ、キスしたことねーから比べられねぇじゃねーか!」

またブチ切れる。うっかり二の腕にキスしちまったが、情けなさすぎる。そんなにキスしてみたかったのか、オレ。

広川がいたずらっぽく笑った。

「じゃ、比べてみようか」

「はい?」

「本物と」

……本物?

広川が自分のプリンをテーブルに置いた。オレの方に体を向ける。笑ってはいない。
柔道のときに見たような、真剣な表情。

ーー広川?

長いまつげと…形のいい唇。
すぐ、息のかかるほど目の前に。

びっくりしすぎて動けない。

え、キ、キスしようって言ってるの? 
オレと広川が? 

オレ初めてだよ?

オレはこういう友達同士のおふざけじゃなくて、も、もっと、好きあってる同士で、真剣に!

至近距離で見つめ合う。
え、い、嫌……

「…………」

広川は、自分の腕を持ち上げて、裏側にちゅ、とキスをした。

「うん、本物のキスのほうが柔らかいな。二の腕説はガセだ」

ふっと金縛りが解けた。

「はあっ?! お前の二の腕なんかどこをどう見ても唇とは程遠いじゃねーか!」

確かに、と笑って広川がソファに寝転がる。

「今日泊めてくれる? 実はそのつもりで来ちゃった」

「へーへー」

いやそうなると思ってた。
そうじゃなきゃ寂しいなとも思ってた。一人暮らしだしな。

でも、……心臓のバクバクが止まらない。
勘違いしちまった、最悪だ。

オレがキス未経験だから。発想が貧困だから!!

驚きすぎて、ほっとしたら涙が。
オレは潤んだ目を広川に見られるのが嫌で、顔を背けた。


※  ※  ※


深夜。

キッチンの電気がふっとついた。
オレはリビングのソファベッドで寝ていて……差し込んできた光で少し起きたけど、そのまま目をつぶる。
冷蔵庫を開ける音。

オレの部屋のベッドで寝ていた広川が水でも飲みに起きたんだろう。

リビングに来る気配があった。

……なに? 

でも眠くて体が動かない。そのまま目を閉じていたら、ぎし、と、ベッドに手をついた気配があった。

え……?

オレの顔の近くに手をついてる。
なに? でも眠くて起きるのが面倒くさくて……

なにか言われた。
……ごめんね、って言った? 

またまどろみに引き込まれる。


リビングをでていく気配。

それが夢なのか、現実だったのか、次の日には分からなくなっていた。

広川はいつも通り明るくて、やっぱり夢だったんだろうと思う。