♡広川のひとりごと♡
調理実習の間に約束を取り付けて、その日の夕方。
駅前の、この夏オープンしたかき氷カフェ。
オレと水無瀬がウッドデッキのテラスから中に入ると、運よくテーブル席が1つだけ空いていた。
「広川くんが誘ってくるの、珍しいね?」
水無瀬がメニューに目を落としながら話しかけてくる。
水無瀬とは、入学式の帰り、しつこくナンパする男から水無瀬を庇ったのがきっかけで絡むようになった。
「いつも誘ってるよ、水無瀬ちゃんが聞いてないだけ! かき氷、水無瀬ちゃんにヒットしてよかった」
「こないだテレビで見て、フルーツ練乳の食べてみたいなあと思ってたから。あ、店員さーん」
オレと水無瀬はお店の看板メニューのイチゴ練乳のかき氷を注文する。
すぐに運ばれてくると、でかさに二人で目を丸くした。
店内の風鈴がチリンチリン、と涼しい音をたてる。
オレは、かき氷にスプーンを立てる水無瀬を見つめた。
水無瀬は可愛い。
大きな目も長い髪も、小柄で華奢な姿も問答無用で美少女だ。
中身は、見た目に反して竹を割ったような性格で、キャンプのときも、おとなしい男子に雑用を押し付けようとしていたリーダーに躊躇なく注意していた。
もし男だったら、すげーいい奴で、絶対にいつもつるんでいたと思う。
レンとつるむみたいに。
レンの笑顔が思い浮かんで、胸が締め付けられるように苦しくなった。
……レンのことは、諦めなくちゃいけないんだ。レンは男で、レンは望んでない。
水無瀬がこちらを見た。
「なあに?」
「うん……」
オレはテーブルの下でぐっとこぶしを握った。水無瀬を真っすぐに見つめる。
「水無瀬ちゃん、オレと付き合ってください。彼女になってほしい」
言ってしまった。もう、後戻りはできない。
これでいいんだ。オレは水無瀬ちゃんを大切にするし、レンのことも友だちとして大切に出来る。
だから、こうするのがいいんだ。
水無瀬は、突然空からヒョウでも降って来たかのように、ぽかんと口を開けてこちらを見た。
そりゃそうだ。
今まで、ふざけていちゃつくことはあっても、恋愛に関して本音で話したことはなかった。
だからーー
「それは、無理かな」
水無瀬は、口元に笑みを浮かべてさらりと言った。
オレは思わず固まった。受け入れてもらえると思っていた。
「だって、私、広川くんのこと友だちとしか思ってないし」
水無瀬はスプーンでさくさくとかき氷を潰している。
「広川くんも私のこと、友だちとしか思ってないでしょ。私、いーっぱい告白されてるから、わかるよ。私のこと、本気で好きな人、単に見た目を気に入ってくれてる人。ーー友だちとしか思ってないのに、なんだかわからないけど付き合おうとしちゃう人」
「そんなこと……」
そんなことない、と言おうとした。
けれど、見抜かれていると思ったら言葉が詰まった。
なんて勝手なことをしたんだ、オレ。
自分がレンを諦めるために、水無瀬を利用しようとしたなんて。
「ほら、やっぱり。彼女が必要な事情でもできたの?」
水無瀬は怒らない。ただ、落ち着いてこちらの事情を聞いてくれようとする。
「ごめん」
「友だちだから許したげるけど。困ってることあるなら、相談に乗るよ?」
「水無瀬ちゃんには敵わないな」
オレは、間をもたせるように溶けかけたかき氷をストローで吸った。
レンのことを話すか話さないか迷っているうちに、水無瀬は練乳シロップを追加している。
水無瀬なら……聞いてくれるかもしれない。
思い切って打ち明けてみた。
気になる人がいること、でもその人は絶対に振り向いてくれないこと。諦めるために水無瀬に告白してしまったこと。
水無瀬は少しの間黙っていた。
そして笑った。
「その人との関係が壊れるのが嫌なら、我慢してそばにいるしかないね。でも、その人は本当に振り向いてくれないの? 人の気持ちなんてわかんないよ。告白することで変わることもあるし」
「それは……」
レンの気持ちが変わったらどんなに嬉しいだろう。
可愛い笑顔がオレだけを見たら。オレを一番に思ってくれたら。
でも、悪い方に変わったら?
男同士なんだ。うまくいかないほうが普通だ。
「そんな深刻な顔しなくても」
ピンと額を軽く弾かれた。
「大丈夫! もし振られたら、一緒にかき氷でも松坂牛のすき焼きでも付き合ってあげるから」
「そっか。そうだな。……って、あれ? 松坂牛どっからでてきた?」
「広川くんの奢りね?」
「可愛い顔して図々しいな」
オレたちは、顔を見合わせて笑った。
ピロン、とテーブルに置いたスマホが鳴った。LINEを見ると、レンからでドキンとする。メッセージはなく、写真だけが一枚貼られている。
皿に乗ったトルティーヤの写真。
「……広川くん?」
水無瀬の声が急に遠くなった。
会いたい。
レンに会いたい。
めちゃくちゃ会いたいんだ。
「オレ、行くわ」
「え?」
「水無瀬ちゃん、ありがとう」
オレが伝票を掴むと、びっくりした水無瀬の顔が、納得したような表情に変わった。
水無瀬は、両手を持ち上げて、ファイトポーズを作った。
「頑張って!」
「頑張る」
好きなものは好き。お行儀よく我慢できるわけじゃないんだ、「待て!」をされた犬じゃあるまいし。
オレは、風鈴の音を聞きながら、かき氷カフェを飛び出した。
調理実習の間に約束を取り付けて、その日の夕方。
駅前の、この夏オープンしたかき氷カフェ。
オレと水無瀬がウッドデッキのテラスから中に入ると、運よくテーブル席が1つだけ空いていた。
「広川くんが誘ってくるの、珍しいね?」
水無瀬がメニューに目を落としながら話しかけてくる。
水無瀬とは、入学式の帰り、しつこくナンパする男から水無瀬を庇ったのがきっかけで絡むようになった。
「いつも誘ってるよ、水無瀬ちゃんが聞いてないだけ! かき氷、水無瀬ちゃんにヒットしてよかった」
「こないだテレビで見て、フルーツ練乳の食べてみたいなあと思ってたから。あ、店員さーん」
オレと水無瀬はお店の看板メニューのイチゴ練乳のかき氷を注文する。
すぐに運ばれてくると、でかさに二人で目を丸くした。
店内の風鈴がチリンチリン、と涼しい音をたてる。
オレは、かき氷にスプーンを立てる水無瀬を見つめた。
水無瀬は可愛い。
大きな目も長い髪も、小柄で華奢な姿も問答無用で美少女だ。
中身は、見た目に反して竹を割ったような性格で、キャンプのときも、おとなしい男子に雑用を押し付けようとしていたリーダーに躊躇なく注意していた。
もし男だったら、すげーいい奴で、絶対にいつもつるんでいたと思う。
レンとつるむみたいに。
レンの笑顔が思い浮かんで、胸が締め付けられるように苦しくなった。
……レンのことは、諦めなくちゃいけないんだ。レンは男で、レンは望んでない。
水無瀬がこちらを見た。
「なあに?」
「うん……」
オレはテーブルの下でぐっとこぶしを握った。水無瀬を真っすぐに見つめる。
「水無瀬ちゃん、オレと付き合ってください。彼女になってほしい」
言ってしまった。もう、後戻りはできない。
これでいいんだ。オレは水無瀬ちゃんを大切にするし、レンのことも友だちとして大切に出来る。
だから、こうするのがいいんだ。
水無瀬は、突然空からヒョウでも降って来たかのように、ぽかんと口を開けてこちらを見た。
そりゃそうだ。
今まで、ふざけていちゃつくことはあっても、恋愛に関して本音で話したことはなかった。
だからーー
「それは、無理かな」
水無瀬は、口元に笑みを浮かべてさらりと言った。
オレは思わず固まった。受け入れてもらえると思っていた。
「だって、私、広川くんのこと友だちとしか思ってないし」
水無瀬はスプーンでさくさくとかき氷を潰している。
「広川くんも私のこと、友だちとしか思ってないでしょ。私、いーっぱい告白されてるから、わかるよ。私のこと、本気で好きな人、単に見た目を気に入ってくれてる人。ーー友だちとしか思ってないのに、なんだかわからないけど付き合おうとしちゃう人」
「そんなこと……」
そんなことない、と言おうとした。
けれど、見抜かれていると思ったら言葉が詰まった。
なんて勝手なことをしたんだ、オレ。
自分がレンを諦めるために、水無瀬を利用しようとしたなんて。
「ほら、やっぱり。彼女が必要な事情でもできたの?」
水無瀬は怒らない。ただ、落ち着いてこちらの事情を聞いてくれようとする。
「ごめん」
「友だちだから許したげるけど。困ってることあるなら、相談に乗るよ?」
「水無瀬ちゃんには敵わないな」
オレは、間をもたせるように溶けかけたかき氷をストローで吸った。
レンのことを話すか話さないか迷っているうちに、水無瀬は練乳シロップを追加している。
水無瀬なら……聞いてくれるかもしれない。
思い切って打ち明けてみた。
気になる人がいること、でもその人は絶対に振り向いてくれないこと。諦めるために水無瀬に告白してしまったこと。
水無瀬は少しの間黙っていた。
そして笑った。
「その人との関係が壊れるのが嫌なら、我慢してそばにいるしかないね。でも、その人は本当に振り向いてくれないの? 人の気持ちなんてわかんないよ。告白することで変わることもあるし」
「それは……」
レンの気持ちが変わったらどんなに嬉しいだろう。
可愛い笑顔がオレだけを見たら。オレを一番に思ってくれたら。
でも、悪い方に変わったら?
男同士なんだ。うまくいかないほうが普通だ。
「そんな深刻な顔しなくても」
ピンと額を軽く弾かれた。
「大丈夫! もし振られたら、一緒にかき氷でも松坂牛のすき焼きでも付き合ってあげるから」
「そっか。そうだな。……って、あれ? 松坂牛どっからでてきた?」
「広川くんの奢りね?」
「可愛い顔して図々しいな」
オレたちは、顔を見合わせて笑った。
ピロン、とテーブルに置いたスマホが鳴った。LINEを見ると、レンからでドキンとする。メッセージはなく、写真だけが一枚貼られている。
皿に乗ったトルティーヤの写真。
「……広川くん?」
水無瀬の声が急に遠くなった。
会いたい。
レンに会いたい。
めちゃくちゃ会いたいんだ。
「オレ、行くわ」
「え?」
「水無瀬ちゃん、ありがとう」
オレが伝票を掴むと、びっくりした水無瀬の顔が、納得したような表情に変わった。
水無瀬は、両手を持ち上げて、ファイトポーズを作った。
「頑張って!」
「頑張る」
好きなものは好き。お行儀よく我慢できるわけじゃないんだ、「待て!」をされた犬じゃあるまいし。
オレは、風鈴の音を聞きながら、かき氷カフェを飛び出した。

