「あ、えーと……どなたですか?」
ドアを半開きにしたまま数秒。オレはようやく話しかけた。
そこにいたのは、広川と、多分大学生くらいのおねえさま。ふんわりした薄いブルーのブラウスを着た清楚系。
広川は、と見ると、なぜか『しまった!』という顔をしている。右手には、おねえさまのものらしきボストンバッグ、左手にスーパーの袋。
それだけ見ると、デート後の仲良しカップル帰宅の雰囲気だけども……。
ここはオレんちですけどね?!
おねえさまの方もオレの反応に面食らっている。
ちらっと広川を見た。
「ねぇ、どういうこと? お兄さんに話してないの?」
「お兄さん?」と思わず口に出す。
お兄さんって、誰。
え、まさかオレ? そういう設定?
広川のほうを向いたタイミングで、オレのスマホが鳴った。ぴるぴるぴるぴる。この着信音は母親だ。
オレは『ちょっと』と断り、2人をいったん玄関に入れ、2人から見えないところで電話にでた。あーはいはい、ちゃんと登校しました。いじめられてません。
切った途端、広川から鬼のようにLINEが来ているのに気がついた。
20:30 今日、女の子連れてっていい?
20:35 必ずお礼するから、一緒に泊めてくんね?
20:45 一人暮らししてる兄貴って紹介するからあわせて。
20:46 苗字違うって言われたら、親の離婚匂わせて。
20:50 ホテル代相当は払う!!
20:55 協力してくれたらいい子紹介する! 頼む!
「……」
呆れ果てる。
オレの家をラブホ代わりに使おうってか?!?!
イケメンなのに、必死さを隠しもしないのが逆にすがすがしい。
玄関から声が聞こえてくる。
『彼、びっくりしてたよ。嘘ついたの?』
「う、そじゃない…かもしれない」
『お兄さんに紹介したいっていうから、ついてきたのに』
「ここじゃ駄目?」
『駄目ってなにが?』
「え、その、……セック」
パンッ!
突然、平手うちの音が聞こえた。あわてて玄関戻ると、広川の目に涙が滲んでいる。おねえさまがボストンバッグを広川の手からむしり取るところだった。
「急に来ちゃってごめんなさい! 帰ります。色々買ってきたものは食べて。じゃ」
おねえさまは、ボストンバッグのポケットから小さな箱を取り出した。
その箱を広川に投げつけ、玄関のドアを開ける。
「さよならっ!!」
バタンとドアが閉まる。
「……」
急に静かになった。
「いってー、マジでやられた」
広川が涙目で頬を押さえている。こちらをみて恨みがましく言う。
「ほんとにLINE読んでなかったんだ。未読だったけど、通知で見てるかもって思ってた……」
「知るか!」
玄関に置かれた買い物袋が目に入る。覗くと、ねぎ、牛肉、豆腐、たまご、はるさめ、すき焼きのもと。牛肉はめちゃくちゃサシが入っていて美味しそう。ん?松阪牛A5等級?!
じゅるり。
「あ、食う? お詫び。オレが作るよ。上がっていい?」
広川は玄関に立ち、にこっと笑った。人んちをラブホ代わりにしようとしたヤツだが、妙に人好きするのが悔しい。
腹が鳴った。コンビニ弁当は食べたけど、量が少なかったんだよな……。
「どーぞ」
オレはあきれてため息をついたーーフリをしつつ、頭はすき焼きでいっぱい。玄関の鍵を閉める。
広川は「洗面所貸してね」と手を洗っている。
目を落とすと、広川のスニーカーの上に、おねえさまが投げつけた小さな箱が落ちていた。コンドームだった。手に取るけど直視できない。
オレ、キスも未経験ですけど?
やっぱり、悔しい。
※ ※ ※
「あーうまかったー!」
オレは満腹になってソファベッドに寝転がった。
キッチンから食洗機のうなる音が聞こえてくる。食洗機があることは知っていたけど、使ったことはなかった。鍋も食器も本日デビュー。広川のおかげだ。
「つーか真野ってマジで料理してねぇんだな」
キッチンから広川の声。リビングから反論する。
「コンビニ弁当だってうまいし、野菜も入ってる」
「でもすぐ飽きるだろ。ちっとはやった方がいいと思うなー。そのうちカップラーメン生活になって、デブまっしぐら」
「あーね」
そう言われれば、確かにそんな予感もする。いやな予感だな。
「広川は料理すんの? 手際良い!と思ったけど」
「うちさあ……」
広川が、麦茶を2つ手にリビングに戻ってきた。
「母親がいないんだよね。あ、離婚じゃなくて、単身赴任。カメラマンでアメリカ行ってる」
あ、もしやと思った。
広川が言ってた「ちょっと事情があって……」の話か。
オレは体を起こし、座り直す。
麦茶をもらい、一口飲んだ。
広川は、対面に置いていたクッションに座った。真面目な顔をしている。
「それでさ、親父も出張多くて、実質オレんち二人暮らしなわけ。兄貴と交代で料理してるから、それなりに慣れてはいる」
キッチンから食洗機の水音が聞こえる。
広川は静かに続ける。
「でも、兄貴、いま受験生でさ。意外かもしんねーけど、真面目な秀才で。オレも協力したいと思ってる。だからさ……」
広川は、両手を膝の上に組んで、真顔でオレを見た。
兄貴の受験に協力するために、自分が家事を一手に引き受けようと思ってるとか、そういう話か。
「だからさ」
広川が軽く目を伏せる。
「自宅に女の子を連れ込めないんだ。前、連れ込んだらガチでシバかれた。また彼女できたら、この家ラブホ代わりに使っちゃ駄目か?」
「……」
「……」
だ、だ……
「駄目に決まってんだろーが!」
いい話でもなんでもねー! まじめに聞いて損した!
広川はあはは、と明るく笑っている。
「じょーだんだって。もう懲りた」
麦茶をごくごく飲んで、ガラステーブルにコップを置く。
「風呂入ってゲームしようぜ。あ、でも、オレ一人ならまた来ていい? 一緒にメシ食おう」
「え」
なんせ一回ラブホ扱いされたからな。信用ならん。でも、悪いヤツじゃないしな。
「いーよ。今度は神戸牛よろしく」
「可愛い顔して図々しいな」
そのあとは、くだらないことを沢山話した。
二人でソファベッドに寝転がってスマホのオンラインゲームに夢中になってたら、いつの間にか寝ていた。
朝起きたら、すぐ隣に、広川の顔があった。
まつ毛ばさばさの寝顔。
シャワーを浴びて戻ってきてもまだ寝ていたから、
「起きろぉー。もう8時半!」
ガセを言ったら飛び起きた。
目が悪いのか「オレのコンタクト、カバンから取ってくれ!外についてるデカいポケット!」と騒いでいる。
あげく、テーブルの角に小指をぶつけてのた打ち回っていた。
クラスメイトに話してやろ。広川ネタでしばらくは稼げそう。笑える。
けどーー。
……綺麗な寝顔を1分くらい観察してしまったことは、なんとなく後ろめたくて、言えない。
そして、登校。
ドアを半開きにしたまま数秒。オレはようやく話しかけた。
そこにいたのは、広川と、多分大学生くらいのおねえさま。ふんわりした薄いブルーのブラウスを着た清楚系。
広川は、と見ると、なぜか『しまった!』という顔をしている。右手には、おねえさまのものらしきボストンバッグ、左手にスーパーの袋。
それだけ見ると、デート後の仲良しカップル帰宅の雰囲気だけども……。
ここはオレんちですけどね?!
おねえさまの方もオレの反応に面食らっている。
ちらっと広川を見た。
「ねぇ、どういうこと? お兄さんに話してないの?」
「お兄さん?」と思わず口に出す。
お兄さんって、誰。
え、まさかオレ? そういう設定?
広川のほうを向いたタイミングで、オレのスマホが鳴った。ぴるぴるぴるぴる。この着信音は母親だ。
オレは『ちょっと』と断り、2人をいったん玄関に入れ、2人から見えないところで電話にでた。あーはいはい、ちゃんと登校しました。いじめられてません。
切った途端、広川から鬼のようにLINEが来ているのに気がついた。
20:30 今日、女の子連れてっていい?
20:35 必ずお礼するから、一緒に泊めてくんね?
20:45 一人暮らししてる兄貴って紹介するからあわせて。
20:46 苗字違うって言われたら、親の離婚匂わせて。
20:50 ホテル代相当は払う!!
20:55 協力してくれたらいい子紹介する! 頼む!
「……」
呆れ果てる。
オレの家をラブホ代わりに使おうってか?!?!
イケメンなのに、必死さを隠しもしないのが逆にすがすがしい。
玄関から声が聞こえてくる。
『彼、びっくりしてたよ。嘘ついたの?』
「う、そじゃない…かもしれない」
『お兄さんに紹介したいっていうから、ついてきたのに』
「ここじゃ駄目?」
『駄目ってなにが?』
「え、その、……セック」
パンッ!
突然、平手うちの音が聞こえた。あわてて玄関戻ると、広川の目に涙が滲んでいる。おねえさまがボストンバッグを広川の手からむしり取るところだった。
「急に来ちゃってごめんなさい! 帰ります。色々買ってきたものは食べて。じゃ」
おねえさまは、ボストンバッグのポケットから小さな箱を取り出した。
その箱を広川に投げつけ、玄関のドアを開ける。
「さよならっ!!」
バタンとドアが閉まる。
「……」
急に静かになった。
「いってー、マジでやられた」
広川が涙目で頬を押さえている。こちらをみて恨みがましく言う。
「ほんとにLINE読んでなかったんだ。未読だったけど、通知で見てるかもって思ってた……」
「知るか!」
玄関に置かれた買い物袋が目に入る。覗くと、ねぎ、牛肉、豆腐、たまご、はるさめ、すき焼きのもと。牛肉はめちゃくちゃサシが入っていて美味しそう。ん?松阪牛A5等級?!
じゅるり。
「あ、食う? お詫び。オレが作るよ。上がっていい?」
広川は玄関に立ち、にこっと笑った。人んちをラブホ代わりにしようとしたヤツだが、妙に人好きするのが悔しい。
腹が鳴った。コンビニ弁当は食べたけど、量が少なかったんだよな……。
「どーぞ」
オレはあきれてため息をついたーーフリをしつつ、頭はすき焼きでいっぱい。玄関の鍵を閉める。
広川は「洗面所貸してね」と手を洗っている。
目を落とすと、広川のスニーカーの上に、おねえさまが投げつけた小さな箱が落ちていた。コンドームだった。手に取るけど直視できない。
オレ、キスも未経験ですけど?
やっぱり、悔しい。
※ ※ ※
「あーうまかったー!」
オレは満腹になってソファベッドに寝転がった。
キッチンから食洗機のうなる音が聞こえてくる。食洗機があることは知っていたけど、使ったことはなかった。鍋も食器も本日デビュー。広川のおかげだ。
「つーか真野ってマジで料理してねぇんだな」
キッチンから広川の声。リビングから反論する。
「コンビニ弁当だってうまいし、野菜も入ってる」
「でもすぐ飽きるだろ。ちっとはやった方がいいと思うなー。そのうちカップラーメン生活になって、デブまっしぐら」
「あーね」
そう言われれば、確かにそんな予感もする。いやな予感だな。
「広川は料理すんの? 手際良い!と思ったけど」
「うちさあ……」
広川が、麦茶を2つ手にリビングに戻ってきた。
「母親がいないんだよね。あ、離婚じゃなくて、単身赴任。カメラマンでアメリカ行ってる」
あ、もしやと思った。
広川が言ってた「ちょっと事情があって……」の話か。
オレは体を起こし、座り直す。
麦茶をもらい、一口飲んだ。
広川は、対面に置いていたクッションに座った。真面目な顔をしている。
「それでさ、親父も出張多くて、実質オレんち二人暮らしなわけ。兄貴と交代で料理してるから、それなりに慣れてはいる」
キッチンから食洗機の水音が聞こえる。
広川は静かに続ける。
「でも、兄貴、いま受験生でさ。意外かもしんねーけど、真面目な秀才で。オレも協力したいと思ってる。だからさ……」
広川は、両手を膝の上に組んで、真顔でオレを見た。
兄貴の受験に協力するために、自分が家事を一手に引き受けようと思ってるとか、そういう話か。
「だからさ」
広川が軽く目を伏せる。
「自宅に女の子を連れ込めないんだ。前、連れ込んだらガチでシバかれた。また彼女できたら、この家ラブホ代わりに使っちゃ駄目か?」
「……」
「……」
だ、だ……
「駄目に決まってんだろーが!」
いい話でもなんでもねー! まじめに聞いて損した!
広川はあはは、と明るく笑っている。
「じょーだんだって。もう懲りた」
麦茶をごくごく飲んで、ガラステーブルにコップを置く。
「風呂入ってゲームしようぜ。あ、でも、オレ一人ならまた来ていい? 一緒にメシ食おう」
「え」
なんせ一回ラブホ扱いされたからな。信用ならん。でも、悪いヤツじゃないしな。
「いーよ。今度は神戸牛よろしく」
「可愛い顔して図々しいな」
そのあとは、くだらないことを沢山話した。
二人でソファベッドに寝転がってスマホのオンラインゲームに夢中になってたら、いつの間にか寝ていた。
朝起きたら、すぐ隣に、広川の顔があった。
まつ毛ばさばさの寝顔。
シャワーを浴びて戻ってきてもまだ寝ていたから、
「起きろぉー。もう8時半!」
ガセを言ったら飛び起きた。
目が悪いのか「オレのコンタクト、カバンから取ってくれ!外についてるデカいポケット!」と騒いでいる。
あげく、テーブルの角に小指をぶつけてのた打ち回っていた。
クラスメイトに話してやろ。広川ネタでしばらくは稼げそう。笑える。
けどーー。
……綺麗な寝顔を1分くらい観察してしまったことは、なんとなく後ろめたくて、言えない。
そして、登校。


