隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

奥の神社へと続く、ほとんど明かりのないキャンプ場うらの小道。
昼間は木漏れ日の輝く林道も、日が落ちると心細い暗闇に変わる。
オレは鬱々とした気持ちで肝試しの列に並んでいた。

怖いからじゃない。
目の前までは、男女ペア。
目の前のペアは、キャッキャッとはしゃいで、二人で一つの懐中電灯を取り合っている。
その前のペアは、なんと手をつないでいる。もうカップルが成立しそうだ。

オレの隣にいるのはーー

「レンが悪い。肝試しあるっつーのに全然起きねーし。しかも何期待してんだか必死こいて歯磨きしてるし」

「うるせえ! 遅れたのは広川がスマホ取りに戻ったからだろうが!」

はああー。

オレと広川はくじ引きに遅れて、余り物の男男ペアになってしまった。マジで最悪。
キャンプのハイライト、女の子とキャッキャッできるかもしれない肝試しなのに!

『真野くん、こわーい』
『大丈夫だよ。ほら……ギュッ』

なんて妄想膨らませていたのに。
それは広川も同じだったらしく、あからさまにがっかりしていた。それもそれで腹が立つ。いや、お互い様だけど。

「まーまー、モメんなよ」

吸血鬼のお面を被った桐山がドウドウと割って入った。

「こういうのは楽しんだもの勝ち! さ、お二人さん行ってらっしゃーい」

明るく送り出してくれて、とりあえず気を取り直したんだけど……。


※  ※  ※


道は想像より暗い。
足元が怪しくて、肝試し入口で借りた一つの懐中電灯で地面を照らしながら進む。
はるか前方に、前のペアの懐中電灯が揺れているのが見える。
キャーーーッという悲鳴に心拍があがる。

影の揺れる森。
背後を振り返っても、まだ次の組は来ていない。

パキ、と乾いた枝の折れる音にギクリとする。

「そういやさあ……」

広川の静かな声が暗闇にぽつりと聞こえる。

「あのあとさ、神社について調べたんだよ。レンのお母さんが声聞いたってやつ」

「うん……」

懐中電灯を持っているのはオレ。
広川の声をそぞろに聞きながら、急に変なものが飛び出してきやしないか、どきどきしながら周りを照らす。
木々、コンクリートブロック。人が隠れるような場所は今のところないが……。

ひゅっと、何か冷たいものが頬を掠めた。

ゾワッとした瞬間。

ん?

オレのライトが、それを捉えた。
木の上からぶら下がる、大きな布切れ。かかしのような、口から長い舌をベロンと出したーー

「ぎゃああああああっーーーっ!!」

で、でた、出たーーっ!
しかも、さっきは通りすぎた冷たいものが、ぺと、と頬にくっついた。

「いやーーーっ! ひっ、ひろか、ひろかっ、広川ーーっ」

ゴンッ

「イテッ」

広川のうめき声が聞こえたけど、知ったこっちゃない!
必死に広川にしがみついた。懐中電灯を落としたせいで、真っ暗。
やだやだやだやだ。

変なもんが出たっ!!

あああ、広川と一緒で良かった。ひろかわ、ひろかわ、広川!……ん?

はっ。

オレは気がついた。
何やってんだ? 今は肝試し中じゃないか。
びっくりしすぎて広川に飛びついちまった。はは、は……。

暗くてよかった。
つか広川、めちゃくちゃがっちりしてんな。胸に顔突っ込むとか、オレ。

「はは、び、びびった。いや、なんでもね」

オレはごまかしながら、地面に転がった懐中電灯を拾った。
しくった。恥ずかしすぎる。

広川がどんな顔しているのか見えなくて助かった。頼むから忘れてほしーー

ペと。

また、頬に冷たいものがあたった。

「ぎゃああああっ!」

思わず悲鳴を上げて広川に飛びつくと、広川のニヤニヤした顔が懐中電灯の光に浮かんだ。

「反応いーね」

広川の手には、ドンキで買った釣りコンニャク。
広川、……許さん。



「そんで、レン、さっきの話の続きだけどさ……」

「もういい!」

前の組のライトがちらちらと揺れている。振り返ると後ろの組のライトも見えてきたが遠い。
道は石ころや木の枝が多くて、思ったより進むのに時間がかかる。
オレは広川の一歩前をライトを照らしながら歩く。

さっきは、予想してなかったから驚いただけ。ドンキで買ったものを思い出すんだ!

えーと、吸血鬼のお面と、釣りこんにゃくと、ビキニのエプロン……は買ってないな。記憶がおかしくなってる。

「おかーさんから神社のこと調べてこいって言われてんだろ」

「だからそれは、カップルがヤッてたってお前が言ったろ。オレもそう思う!」

くそっ!

上の方で風が木の葉を揺さぶる音がした。
時々、わっと現れる幽霊役にビビらされながら、神社の近くまできた。
足元が山道から小石に変わる。

砂利をふむオレと広川の足音だけが、夜にひびく。
神社というより、ほこらだ。
小さな、木の格子戸のある建物が暗闇の中に現れる。
さすがにぞっとする。

広川は、オレに構わず話し続ける。

「ヤッてた説もあながち外れじゃないんだよ」

じゃり、じゃり、と広川がオレの後ろからついてくる音がする。

「祭られているのは、振られた神様なんだってさ。カップルを見ると嫉妬して一人を襲うんだって。襲われたくなければ……決して振り向かないこと」

「じゃ、大丈夫だな。カップルじゃねぇし」

「だったら振り向けよ」

じゃり…と音が止まった。

広川?

くるっと振り向いたら……

「ぎゃあああーーっ!」

唇から血を流した広川が立っていた。
血が、血がーーっ!

えっ、で、でも、ひろかわ、だっだだだだ……大丈夫?!

「血がでてる!」

「へっ?」

オレはぐいっと両手で広川の顔を引き寄せた。引き寄せた途端、広川がつまずいて倒れこんできた。尻もちをついたオレとぶつかる。

「いたっ」

思わず声をあげる。広川と顔面がぶつかった。
懐中電灯が飛んだ。

「広川、大丈夫かよ。ケガ……」

はっ!!
……違う、思い出した。血糊だ。ドンキで買ったやつ。

「……なんでもね」

オレは転がった懐中電灯を拾った。
恥ずかしい。ひたすら恥ずかしい。
広川は、暗がりの中で「心配してくれたの? きゅんとしたわ」と笑っていたけど。

怖くないはずだった肝試しで、ギャーギャー騒いでしまった。広川も騒げよ!!

ゴールに着いてから、種明かしをされた。
コンニャクと血糊は各ペアの一人に渡されていたらしい。
つか、だったらオレが貰いたかった。
そしたら、オレが広川をビビらせることができたのに。屈辱。


「ふー、なんだかんだで楽しかったなー。レンがおもろすぎた」

「こういうのは騒いだもん勝ちなんだよ!」

二人で笑いながらぶらぶらとコテージに戻った。
女の子とイチャイチャは出来なかったけど、これはこれで楽しかったから、まぁいいか!
花火に誘われたけど、オレも広川も断った。疲れていたし、なんとなくまだこの雰囲気に浸っていたかったから。

コテージには、誰も戻っていなかった。
明るいところで見た広川の顔は、口のまわりに血糊。
ドンキクオリティな割によく出来ている。

広川がオレを見てーー変な顔をした。
変としか言えない。笑うでもないからかうでもない、変な顔。

「なに?」

「……あ、いやなんでも。先、シャワーどうぞ」と広川。

洗面所の鏡を見て、気がついた。
唇に血糊がついてる!

血糊だよな? オレ、唇切ってないよな? 痛くねぇし。

でも、なんで血糊……。

………え。え?