モテる幼馴染に恋人のフリを頼まれた

朝7時の正門前。

オレと山瀬はリュックを背負い、校外学習に向かう大型バスの前に並んでいた。周りでクラスメイトたちが騒いでいる。

「あんた荷物多すぎじゃない?」
「晴れてよかったね!」

「モモ、案外荷物少ねぇな」

山瀬がオレの背負っているリュックを片手で持ち上げて、落とす。
ふわっと肩に落ちる軽さ。

「ペタンコじゃん。着替え忘れてね?」と山瀬。

え?と見あげる。

「着替え? なんで?」

「バーベキュー場の隣で川遊び出来るって先生が。いざとなったらオレの貸すけど」

「あ、ああ…」

一瞬口ごもる。
服が濡れたからといって、山瀬の服を借りるのはなんとなく気まずい。

先々週だったか。雨の日の山瀬の切なげな表情を思い出す。

ーーやっぱり唇に触れようとしてたよな?

あやうく赤面しかけるが、山瀬に見られるのは嫌で横を向く。

「はい、乗車開始ッ! 席決まってないから奥から詰めて」

教師の声でぞろぞろとバスに乗り込み始める。
すかさず、

「山瀬くんの隣がいい!」
「じゃんけんしよ」

いつもの山瀬争奪戦が始まった。
またかよ、と思って周りに目をやると、数人の男子が頷いたりため息をついたり。

ーーまた山瀬に『オレの隣はモモって決めてる』とか言われるんだろうな。

まあ別に気まずいわけじゃない。あの日以降も一緒に登校しているし、タイミングの合うときは帰りも一緒だ。

そう構えていたら、山瀬が口を開いた。

「最近✕ちゃんと話してなかったから。✕ちゃん一緒に乗ろ」

ーーえっ?

オレが驚くと同時に、✕ちゃんと周囲の女子がきゃっと声をあげた。

「✕ちゃん良かったねえ」
「じゃあ山瀬くん、帰りは私ねっ!」

「うん、ヨロシク」

山瀬は笑いながら返している。オレの方は見もしない。
オレは後ろからつつかれた。振り向くと、最近よく話しかけてくる女子が笑っていた。

「隣いい?」
「え?!いいよ」

どきっとした。山瀬には日常茶飯時なのかもしれないけど、オレは慣れてない。

「そこ!喋ってないで早く乗り込む!」

担任に急かされて止まりかけていた列が動き出す。
オレは女子と乗り込んだ。山瀬の視線を感じた気がしたけど…気のせいだろう。

バスの中は、女子と色々話せて楽しかった。でも

ーー山瀬、今日は『モモがいい』って言わなかったな。

胸に感じた小さな燻ぶりがなかなか消えなかった。




バーベキュー会場にモクモクと煙が上がっている。
オレと山瀬は同じ班で、一緒に火おこししたり野菜を切ったり協力しあった。

「自然の中で食べる肉はウマい!」

ステンレスの串に刺したマトンをほおばったら、誰かがかけたスパイスの刺激にむせこんだ。

焼ける肉の匂い、煙、笑い声。

トングを持って焼き肉の番をしていると、女子に「そろそろ代わるよ。川で遊んでくれば?」と言われた。

「あ、サンキュー!」

好意に甘えることにする。

「山……」

いつものように誘おうとしたら、山瀬は隣のテーブルで女子と喋っていた。こちらに気づいていない。ーー気づいていない?

「やませ! 川行くから、来いよ!!」

叫んだら振り向いた。
オレは山瀬に手を振り、ほかのクラスメイトを誘ってすぐ川に入った。

川といっても、キャンプ場内の川だ。幅は広いけれど、水はふくらはぎまでしかない。
転びさえしなければ、着替えを持ってくるほどのものない。
オレは調子に乗って飛び石を踏みながら、対岸まで渡ろうとした。

そのとき、

「桃田、こっち!」

後ろからクラスメイトの笑い声がした、と思ったら、パシャっと体が冷たくなった。
そいつは水鉄砲を持っていた。

「うおっ?!」

驚いて態勢を崩し、川の中に尻もちをつく。
クラスメイトはぎゃははは、と笑っている。そいつも全身ずぶ濡れだ。いやそいつはいいだろうが、オレは…

替えの服がねぇーー!!

心の中で青ざめた。
振り返ると、川のふちに、呆れた顔をした山瀬がポケットに手を突っ込んで立っていた。目が合う。

「……」
「……」

借りるしかない。



「山瀬ありがと。フラグ回収したな……」
オレは情けない顔で笑って礼を言った。

バーベキュー会場裏手の更衣室。今は人もいない。

ほら、と山瀬にタオルを手渡され、オレはTシャツを脱いでタオルで体を拭く。

「……」

山瀬は着替えを見ないように顔を反らしている。
べつにいいのにと思いながら、山瀬から借りたシャツを頭から被った。

山瀬サイズな上に、もともとオーバーサイズなデザインなのかかなりブカブカで、袖を折ってもゆるく戻ってしまう。

ーー大きいなぁ。

服を着ると山瀬に抱きしめられているような、変な気持ちになってしまう。肩のあたりが痺れるようにこそばゆい。

昔は山瀬のお下がりを貰ってよく着てたけどな。

オレは山瀬から借りたタオルをたたんで椅子に置いた。更衣室の外をがやがやと集団が通り過ぎる声がする。

ふと気づく。
二人きりだ。いけない、なにか会話しなくては。
バスケの試合の後の更衣室での出来事を思い出してしまう。

「山瀬!」

声をかけると、山瀬もこちらを見た。
山瀬は一瞬目を見開いてから、なにか言いたげに口を開けてーーまた閉じて、いつもの顔に戻って鼻で笑った。

「デカすぎじゃね? 彼シャツかよ」
「うるせ!」

山瀬は「ウーロン茶買って帰るか」と入り口のドアを開けた。

そのまま山瀬がドアをおさえて動かないので、オレが先に出ると、すれ違いざまに言われた。

「ーーでも、めちゃくちゃ可愛い」
「!!」

山瀬の顔を見ると、いつもの軽口を叩くモテる幼馴染の顔。
う、と詰まるが「黙れ」と返すので精一杯。


帰りのバス。
また山瀬の隣争奪戦が起きた。朝、山瀬の隣を予約した女子が体調を崩し、養護教諭のいる別のバスに移ったのだ。

「私、最近山瀬くんと話してないもん!」
「じゃんけんしよ!」

隣から男子が、やれやれという視線を向けてくる。オレは、いつものように肩をすくめた。
山瀬はこちらを見ない。

きっと、朝みたいに女子を選ぶんだろう。もう、オレじゃなくて。
さみしく思う自分と、モモが良いって言やいいだろ、と腹を立てている自分。

でも、待てよ。そうだ!

オレはいつもの山瀬のようにポケットに手を突っ込んだ。
素知らぬ顔で、山瀬と女子たちに言う。

「オレ、山瀬と一緒がいいー」

山瀬が驚いたようにこちらを見た。

ドキドキする。耐えろ。
山瀬、頼む。ここは、オレのジョークをうまくキャッチしてくれ!

山瀬がふわっと笑った。女子たちに向かって言った。

「……だってさ。だから、ゴメンネ」

女子たちの大ブーイングが飛んできたが、二人で笑ってスルーする。
オレと山瀬は隣同士に座った。

でもバスに乗ったら、1日遊んで疲れたせいか、すぐ寝てしまったんだ。

『モモ、めちゃくちゃ可愛い』

また山瀬に言われた気がしたけど、もう夢の中。