梅雨の季節に入った。
下校時。
昇降口から外を見ると雨が降り始めていた。コンクリートの色が変わっていく。
オレは自分自身にがっかりしていた。
朝、迎えに来た山瀬に傘を持ったか聞かれたのに『今日は降らない!いらね!』と豪語してしまった。
頼みの綱の山瀬は委員会であと1時間は帰らない。
駅まで誰かに入れてもらうか……と周りをみまわしたとき、
「うぉい」
頭をばこんと叩かれた。柄を伸ばした折りたたみ傘。振り向くと山瀬。
「あ、山瀬ッ」
「だから言ったろ」
山瀬はフフンと笑った。傘を広げる。
「入れて!」
と言いつつ、委員会はと聞くと
「サボった。2回に1回出りゃ上出来だろ?」
「いや、毎回出ろよ。今日はいいけど」
オレは茶化しながら山瀬が開いた傘に入り込む。
二人で歩き始めると、雨足が強まってきた。足元が濡れる。
駅までの歩道はつるつる滑るブロックとコンクリートブロックの2列になっていて、山瀬はつるつる滑るブロックの上を歩いていた。
傘も、オレ側に傾けて持っている。
「山瀬、濡れてる。もっとそっちやっていいよ。山瀬の傘なんだから」
言っても山瀬は譲らない。
「お前のが濡れてんだろ。これから電車乗るのに濡れてたらヒンシュク。オレは濡れバランス考えてんだよ」
山瀬は優しい。傘はオレに傾けるし、オレがつるつるのブロック側に近づいても押し戻してくる。
まあいいか…と並んで歩く。
最初は、二人で何か話していた気がする。
でも雨音のせいで聞こえにくくて、さらに横を走る車の音も混ざって、珍しく黙ったまま二人で歩いた。
山瀬は、オレと反対側の手に傘を持っている。だから、山瀬の空いた方の手が、たまにオレの手と触れる。
ーーっ。
そのたびに、ビクッとしてしまう。山瀬は気づいていないかもしれないけど。
……本当は、山瀬に聞きたい。
どうして、ジェットコースターに乗ったときに手を握ったのか。
指を絡めるのは恋人繋ぎ。オレでも知ってる。普通の友達同士ではしない。
ーーでも、だからなんだっていうんだ。
オレは山瀬じゃない。人の気持ちはその人にしか分からない。
考えても仕方ないのに……二人でいると意識してしまう。
「モモはさぁ」
車通りの少ない路地に入ったところで、山瀬が話しかけてきた。
一瞬身構えてしまう。
「好きな子とかいんの?」
「えっ、何? 急に……」
「いや、モモ、モテるだろ。告白とかされてんじゃないかなって……だから彼女とか…」
雨は相変わらず降り続いている。
少し風もでてきて、傘を差していても腰の近くまで濡れてしまう。
スニーカーはもう水でぐちゃぐちゃだ。
「え……」
オレはなぜか必死に言った。
「全然! こ、こないだ○組の女の子に告白されたけど、その、断った!」
「なんで?」
感情の読めない声で返される。歩きながら話しているから、山瀬がどんな顔をしているのかも分からない。
「な、なんでってそら、そういう風に見れなかったってか……あ、や、山瀬とつるんでたほうが楽しいかなーって」
ビシャンと水たまりに足がはまる。あ、と思い足元に目を落とす。
「そっか」
上の方から静かな声がした。
その声が震えているような気がして、傘を一歩出て山瀬の顔を見上げた。
ーーえ?
山瀬は、傘から少しはみ出して、濡れた制服の腕で、目の辺りを拭っていた。
雨で濡れたのか。
それとも……
山瀬はふふっと笑った。
「モモ、マジもったいねぇことしたな。一生彼女出来なかったらどうすんだよ」
そう言って前を向いた。
「はぁ!?うぜっ」
また並んで歩いていると、ちょうど目の前に水たまりが来た。
バシャン!!
踏みつけると山瀬がうおっと声を上げて飛び退く。が、遅い。
山瀬が文句を言っている。いつもの山瀬だ。
ーーでも、さっき、泣いてなかったか?
濡れた制服で顔を拭いていたから、よく分からなかったけど。でも、どうして……。
その先を考える勇気はなかった。
幼馴染で親友で、これからもずっとそうでありたい。ドキドキするなんて、おかしいんだ。
オレはなにも聞かず山瀬の隣を歩いた。
電車を下りて、家に着く頃にはバケツを引っくり返したような土砂降りになっていた。
「マジすげえ」
「だな」
桃田家と山瀬家。二軒並んだ玄関先で、じゃあ、と別れようとしたとき、山瀬が
「待って」
と声をかけてきた。傘をさしたまま、オレの家の前のひさしに入ってくる。辺りはもう暗い。
「どした?」
山瀬がオレのすぐ前に立つ。正面向きだと背の高い山瀬に圧倒されそうになる。
「いやーー」
傘のかげに包まれて、周りが見えなくなる。
「モモはさ……」
切ない声。目を細める。山瀬は傘を広げたまま、片手を伸ばしてきた。
ーーえ。
その手が、顔に向かってくる。
唇に、触れられる!
心臓が止まりそうになった。
思わず目を閉じて、身をすくめた。
でも、触れられたのは唇じゃなかった。
山瀬はその手を、投げるようにオレの肩に乗せてきた。
オレは恐る恐る目を開けた。近くに山瀬の顔がある。とても優しそうで、悲しそうな顔。
「……なんでもね。風邪ひくなよ。来週もバスケあるし」
そう言って、くるりと後ろを向いた。
ーーんだよ、近いんだよ!なんだよ!
心臓が大きく音を立てている。
オレは家の鍵を開けながら混乱していた。
そういうことをすると相手がどんな気持ちになるか分かってんのかよ。
分からせようと思って、山瀬の真似をして、教室で、山瀬の頭に手と顎を乗せて女子と会話してみたりしたのに。
こっちの気持ちだって考えろよ! 考えてないから出来るんだろうがな!
ーー山瀬。ずっと幼馴染の親友でいたいんだよ。
玄関を開けて家に入ってから、ふと唇に触れた。
山瀬に触れられそうになった、唇。
きゅっと胸が痛んだ。
触れられなくて良かった。
もし触れられたら、ーー後戻り出来なくなる、多分。
下校時。
昇降口から外を見ると雨が降り始めていた。コンクリートの色が変わっていく。
オレは自分自身にがっかりしていた。
朝、迎えに来た山瀬に傘を持ったか聞かれたのに『今日は降らない!いらね!』と豪語してしまった。
頼みの綱の山瀬は委員会であと1時間は帰らない。
駅まで誰かに入れてもらうか……と周りをみまわしたとき、
「うぉい」
頭をばこんと叩かれた。柄を伸ばした折りたたみ傘。振り向くと山瀬。
「あ、山瀬ッ」
「だから言ったろ」
山瀬はフフンと笑った。傘を広げる。
「入れて!」
と言いつつ、委員会はと聞くと
「サボった。2回に1回出りゃ上出来だろ?」
「いや、毎回出ろよ。今日はいいけど」
オレは茶化しながら山瀬が開いた傘に入り込む。
二人で歩き始めると、雨足が強まってきた。足元が濡れる。
駅までの歩道はつるつる滑るブロックとコンクリートブロックの2列になっていて、山瀬はつるつる滑るブロックの上を歩いていた。
傘も、オレ側に傾けて持っている。
「山瀬、濡れてる。もっとそっちやっていいよ。山瀬の傘なんだから」
言っても山瀬は譲らない。
「お前のが濡れてんだろ。これから電車乗るのに濡れてたらヒンシュク。オレは濡れバランス考えてんだよ」
山瀬は優しい。傘はオレに傾けるし、オレがつるつるのブロック側に近づいても押し戻してくる。
まあいいか…と並んで歩く。
最初は、二人で何か話していた気がする。
でも雨音のせいで聞こえにくくて、さらに横を走る車の音も混ざって、珍しく黙ったまま二人で歩いた。
山瀬は、オレと反対側の手に傘を持っている。だから、山瀬の空いた方の手が、たまにオレの手と触れる。
ーーっ。
そのたびに、ビクッとしてしまう。山瀬は気づいていないかもしれないけど。
……本当は、山瀬に聞きたい。
どうして、ジェットコースターに乗ったときに手を握ったのか。
指を絡めるのは恋人繋ぎ。オレでも知ってる。普通の友達同士ではしない。
ーーでも、だからなんだっていうんだ。
オレは山瀬じゃない。人の気持ちはその人にしか分からない。
考えても仕方ないのに……二人でいると意識してしまう。
「モモはさぁ」
車通りの少ない路地に入ったところで、山瀬が話しかけてきた。
一瞬身構えてしまう。
「好きな子とかいんの?」
「えっ、何? 急に……」
「いや、モモ、モテるだろ。告白とかされてんじゃないかなって……だから彼女とか…」
雨は相変わらず降り続いている。
少し風もでてきて、傘を差していても腰の近くまで濡れてしまう。
スニーカーはもう水でぐちゃぐちゃだ。
「え……」
オレはなぜか必死に言った。
「全然! こ、こないだ○組の女の子に告白されたけど、その、断った!」
「なんで?」
感情の読めない声で返される。歩きながら話しているから、山瀬がどんな顔をしているのかも分からない。
「な、なんでってそら、そういう風に見れなかったってか……あ、や、山瀬とつるんでたほうが楽しいかなーって」
ビシャンと水たまりに足がはまる。あ、と思い足元に目を落とす。
「そっか」
上の方から静かな声がした。
その声が震えているような気がして、傘を一歩出て山瀬の顔を見上げた。
ーーえ?
山瀬は、傘から少しはみ出して、濡れた制服の腕で、目の辺りを拭っていた。
雨で濡れたのか。
それとも……
山瀬はふふっと笑った。
「モモ、マジもったいねぇことしたな。一生彼女出来なかったらどうすんだよ」
そう言って前を向いた。
「はぁ!?うぜっ」
また並んで歩いていると、ちょうど目の前に水たまりが来た。
バシャン!!
踏みつけると山瀬がうおっと声を上げて飛び退く。が、遅い。
山瀬が文句を言っている。いつもの山瀬だ。
ーーでも、さっき、泣いてなかったか?
濡れた制服で顔を拭いていたから、よく分からなかったけど。でも、どうして……。
その先を考える勇気はなかった。
幼馴染で親友で、これからもずっとそうでありたい。ドキドキするなんて、おかしいんだ。
オレはなにも聞かず山瀬の隣を歩いた。
電車を下りて、家に着く頃にはバケツを引っくり返したような土砂降りになっていた。
「マジすげえ」
「だな」
桃田家と山瀬家。二軒並んだ玄関先で、じゃあ、と別れようとしたとき、山瀬が
「待って」
と声をかけてきた。傘をさしたまま、オレの家の前のひさしに入ってくる。辺りはもう暗い。
「どした?」
山瀬がオレのすぐ前に立つ。正面向きだと背の高い山瀬に圧倒されそうになる。
「いやーー」
傘のかげに包まれて、周りが見えなくなる。
「モモはさ……」
切ない声。目を細める。山瀬は傘を広げたまま、片手を伸ばしてきた。
ーーえ。
その手が、顔に向かってくる。
唇に、触れられる!
心臓が止まりそうになった。
思わず目を閉じて、身をすくめた。
でも、触れられたのは唇じゃなかった。
山瀬はその手を、投げるようにオレの肩に乗せてきた。
オレは恐る恐る目を開けた。近くに山瀬の顔がある。とても優しそうで、悲しそうな顔。
「……なんでもね。風邪ひくなよ。来週もバスケあるし」
そう言って、くるりと後ろを向いた。
ーーんだよ、近いんだよ!なんだよ!
心臓が大きく音を立てている。
オレは家の鍵を開けながら混乱していた。
そういうことをすると相手がどんな気持ちになるか分かってんのかよ。
分からせようと思って、山瀬の真似をして、教室で、山瀬の頭に手と顎を乗せて女子と会話してみたりしたのに。
こっちの気持ちだって考えろよ! 考えてないから出来るんだろうがな!
ーー山瀬。ずっと幼馴染の親友でいたいんだよ。
玄関を開けて家に入ってから、ふと唇に触れた。
山瀬に触れられそうになった、唇。
きゅっと胸が痛んだ。
触れられなくて良かった。
もし触れられたら、ーー後戻り出来なくなる、多分。

