モテる幼馴染に恋人のフリを頼まれた

朝の教室。

「おはよー」
「おはよーう」
「桃田、バッシュ持ってきた?」
「もちろーん」

オレは、白地に鮮やかなブルーの紐のバスケ用シューズを、前の席から振り返った女子に見せた。

今日の体育の授業はバスケット。中学の頃に部活で使っていたシューズを持参。
山瀬は、前の方の席で女子グループに囲まれていた。バスケの話をしているようだが、内容までは聞こえてこない。

と、山瀬が席を立ってこちらにやってきた。オレと女子のすぐ横に立つ。突然頭を撫でられる。

「なんの話?」

オレの頭に手を置いて、その手に顎を乗せたまま女子に話しかける。
隣の女子が笑いだす。

「距離感ちかっ」
「もはや犬」
「桃田くん、ご主人様が来たよー」

ーーんだよ!

山瀬は女子たちとふざけて会話している。
オレは面白くない。

山瀬は、自然公園で二人でジェットコースターに乗ったときに、手を繋いできた。
単に怖くて繋いだのかと思ったら、指を絡められてーー変な気持ちになってしまった。

そのくせ、そのことには一切触れず、特別なことはなかったかのようにこれまでと変わらず話しかけてくる。 

それならそれでいい。その方がいい。
何かを変えたいわけじゃない。
でも、こちらは前と違って、頭を撫でられたり肩を抱かれたりしただけで、緊張するようになってしまった。
どうしてくれる!

山瀬はぽんぽんとオレの頭を叩いて、なぜかつむじの髪をくるっと指でいじってから離れていった。

でも山瀬、見てろ。知っているとは思うが、オレには特技があるんだ。


※  ※  ※


体育館。シューズが床をこする音と、ボールの弾む音が高い天井に響く。
オレはディフェンスをかわしながら、コートの中心をゴールポストに向かって一直線にドリブルしていた。

「すげええーーっ桃田!」

「桃田くん速い! かっこいい! ごぼー抜き!」

クラスメイトの声が飛ぶ。
相手ゴールはすぐそこだ。

いける!

オレはそのまま踏み切って、リングに向かってシュートを放った。

ボールは綺麗な弧を描いて
シュッ。

ゴールポストに吸い込まれる。

「す……」

一拍遅れて、大歓声が上がる。

「すげーーっ桃田!」
「なに今の!はや!」

思わず息を吐く。気分が高揚してとてつもなく気持ちがいい。
久しぶりだが、体はちゃんと覚えていたらしい。

その後も、オレは何本かシュートを決めた。
オレにボールが回ると相手が慌てるのが分かる。

ーーさいこーだ。

試合が終わるころには、ジャージが汗でぐっしょり濡れていた。

「桃田くん、やばいよ」
「めっちゃかっこよかったんだけど!」
「バスケ部だったの?」

気づけば、女子がわっと集まってきていた。
山瀬の視線がちらりと飛んでくる。フフンと顎をもちあげる。

「ね、これからは、桃田くんじゃなくてモモね!」
「モモって、もしやスポーツ全般得意とか?」

次々に声をかけられて、嬉しくて思わず笑ってしまう。

「いや、そんな……」

こんなに注目を浴びるのは久しぶりだ。
中学の頃はバスケ部のエースだった。身長がバスケをするには小さくて、高校で続けるのは諦めたのだけど。

「桃田、すげーな」
「今度教えてくれよ」

男子にも声をかけられる。

シャワールームを使ってから更衣室に戻ると、山瀬がワイシャツを着ているところだった。シャワーの順番が遅かったせいか、他は誰もいない。
オレも隣で着替えながら、ウキウキした気分で山瀬に話しかける。

「今日さぁ、すっげー久しぶりだったけど、結構イケて嬉しかったわ」

人の隙間を縫ってドリブルする感覚、ゴールポストの音。歓声。思い出して思わずうっとりしたときーー

「……中学んとき、小さい稲妻って言われてたもんな」

「え?」

冷水を浴びせられたような気がした。
小さくて足が速くてドリブルがうまいからと、つけられていたあだ名。少し揶揄が入ったあだ名は、好きじゃなかった。知ってたのに。

身長のせいでバスケを諦めたのに。170cmは、普通ではあるけどバスケには厳しくて……。

なにを言われたのか、分かったけれど分かりたくないくらいショックだった。

「……」

「あ、悪ぃ。オレ」  

山瀬がはっとしたように口をふさぎ、青ざめた。

「ごめん、モモ、オレが悪い。モモが活躍したから」

「……」

「嫉妬した、ごめん」

嫉妬したという山瀬の言葉が本当なのかは分からない。でも、謝罪しようとしているのは分かった。
オレは息を吸い込んだ。

「……そっか! ならオッケー! 山瀬に嫉妬されるなんて、レアじゃね?」

にっと笑って見せて、ロッカーをぱたんと閉じた。

正直、ついた傷は謝られてもすぐ消えるわけじゃないけど。山瀬も反省している。
忘れたふりをしていれば、すぐ忘れる。

山瀬が空のロッカーの中を見つめながら黙ってネクタイを結んでいる。
オレはスマホに目を落とし、時間割を確認する。

「次の授業、美術だ。急がないと。そういやオレ」

ふと思い出し、顔をあげて山瀬を見る。山瀬もこちらを見た。

「女子にモモって呼ばれたよ。定着すっかな?」

山瀬に笑いかける。普通の会話で気まずい空気を流すつもりだった。
知るかよ、と苦笑でもされるかと思っていた。
でも、山瀬の反応は違った。

山瀬はふと真顔になった。
手を留めて、じっとこちらの顔を見てくる。

「ん?」

なにを考えているのか。綺麗な目を少し歪めた。パタンとロッカーを閉める。

「……モモ呼びは、オレだけでいんじゃね」

ネクタイをきゅっと閉め、目をそらしてだるそうに言った。
山瀬はやけに神経質にネクタイの位置を整えている。

「へーっそれって独占よ…」

軽く言ったつもりだった。軽かった。
でも、山瀬はーー

バン!

ロッカーが音を立てた。山瀬がオレの顔の横に手を突く。

えっ? 

近いーー

驚いて山瀬を見上げた瞬間、山瀬は顔を背けて出ていってしまった。背の高い後ろ姿がドアから消える。

怒った?

……んだよな?

オレは床に落ちたタオルを拾った。

知らないうちに手が震えていた。