モテる幼馴染に恋人のフリを頼まれた

入学から一か月。オレはさっそく修羅場を迎えていた。

「桃田くんて、ホントに山瀬くんと付き合ってるの?」

放課後。課題が終わらず一人居残って勉強をしていたら、ドアから入ってきた女子数人に囲まれた。
うち一人は、確か何日か前に山瀬に告白した子だ。
山瀬が「モモと付き合ってるって言ったら、真剣に告白してるのにって泣かれた。まずった」と言っていた。

ーーそれみたことか。

オレはため息をついた。とばっちりがオレに来ている。

「ねぇ」

リーダー女子が座っているオレを腕組みをしながら見下ろしてくる。ぐるっと囲まれるとなかなか壮観だ。

「本当なら諦めるって、○子が言ってる」

「ああー」

○子は涙目でこちらを見てくる。
入学早々から「すっごく好み。デートしてよ!」と山瀬に絡んでいた女子。山瀬的には軽いお誘い程度に思っていたんだろう。それが、実は真剣だったということで、こんなトラブルになっている。

「う、うーん、山瀬がオレと付き合ってるって言ったの?」

オレはどう答えればいいのか分からず時間稼ぎをする。誰か教室に来てくれないだろうか……。願うときに限って、来ない。

ーー付き合ってない、と言えば山瀬が人の好意を軽く流す酷い男呼ばわりされるだろう。かといって、付き合っているというのも嘘だよな。

○子が涙目でじっとこちらを見てくる。

「ええと……その……」

「私たち、男同士だからどうこう言うつもりはないよ。でも、適当なこと言って○子を泣かすのは許さない」

女子の視線が集まる。
冷や汗。山瀬はもしかしたら、こういう修羅場を何度もくぐり抜けているのかもしれないけど、オレは初めてだ。

どう答えれば、女の子も山瀬も傷つかずに済むんだ?

がた、と教室入り口のドアが鳴った。すき間から山瀬が入ってくる。

「なにしてんの? モモ?」

山瀬ェ!! 助かった! 

女子の視線がすべて山瀬に向かう。

「山瀬くんが桃田くんと付き合ってるって言ってたから…ほんとかなと思って」

「それをモモに聞いてんの?」

山瀬の声は少し怒っている。
背の高い山瀬がポケットに手を入れて立つと、迫力がある。

女子たちがびくっとした。
オレは慌てた。

ーー女子たちは○子のことを思ってオレを問いただしにきたんだから。女子たちが悪いわけじゃない。悪いのはオレらで…

山瀬はちらりとオレをみた。オレも見返す。
それで、なにが起きているか察したんだろう。

突然○子に向かって頭を下げた。

「ごめん、○子ちゃん。オレ、モモと付き合ってない」

女子たちが呆れたようにため息をつく。やっぱり、という雰囲気だ。口々に文句を言い始める。

「やっぱりそうじゃん」
「これからは真剣に答えてよ」
「まあでも、謝ってくれたから、うちら納得はしたから」
「○子、諦めな。行こ」

オレも反省していた。山瀬もオレも、この展開は想定していなかったとはいえ…幼馴染のノリで、恋人ネタなんかしなければよかった。

「だけど、モモと付き合っているのは嘘だけど」

突然山瀬が顔をあげた。
そして、はっきりと言った。

「モモのことが好きなのは、本当」

いったい、この期に及んで何を言い訳してんだ?!

頭を下げるところまでは良かったのに。
オレはあきれた。

それは女子たちも同じだったようで

「なにを言いたいわけ?」
「もういいよ」

○子は悲しそうな顔でオレと山瀬を見比べてから、すっと顔をそむけた。

不平を言いながら教室を出ていく女子たち。
教室には、オレと山瀬の二人が残された。

「山瀬ぇ、最後のなんだよ。せっかくうまく纏まったのにさ」

「え?」

山瀬が近づいてきて、オレの前の席の机に腰掛けた。

オレは座ったまま山瀬を見あげて言う。

「オレも、お前がオレと付き合ってるって言うときの周りの反応面白くて、遊んじゃってたところあったけどさ。良くなかったなって。〇子ちゃんに悪いことした」

山瀬は黙ったままオレを見下ろしてくる。オレは言葉を継いだ。

「ま、これでおしまいってことで。お別れ記念にマック奢ってやるから。お前も実はショックなんじゃね?」

「……」

山瀬は何も言わない。

「行こ。課題はもういいや」

オレは広げていた課題をカバンにいれた。
立ち上がって、山瀬をみる。

「!」

ネクタイを掴まれた。
ぐいっと山瀬の方に引き寄せられる。

山瀬の真剣な顔が目の前にあった。近い、と思うが、ネクタイを掴まれていて顔を離せない。
山瀬の目がいつもと違う。

「な、なに?」

「……真剣な気持ちを流されるのは辛い、ってことは分かった」

低い声。耳に近い。
なんだか息が上手くできない。

「あ、そ、そう?」

オレは妙に動揺してしまう。その動揺の理由は自分でも分からない。

「……オレがモモを巻き込んだんだから。オレが奢る」

「マジ? ラッキー」

明るく返すと山瀬がネクタイから手を離した。ほっと息をつく。
ネクタイを引っ張られていたんだから、胸が苦しいのは当たり前だ。……ネクタイを引っ張られていたせいなんだ。

オレは、身をひるがえした山瀬の後を追いかけた。

——「モモのことを好きなのは本当」

頭の中によみがえる。
ネタなのはわかってる。でも、山瀬の真剣な目と、低い声が離れない。

そして何より。

オレ自身が、それを「ネタであってほしい」のか「本当であってほしい」のか、分からなくなっていた。