モテる幼馴染に恋人のフリを頼まれた

廊下に出る。誰もいない。

オレはカバンを手に昇降口に向かって走る。
息が苦しい。
走っているせいじゃない。胸がいっぱいすぎて。

山瀬!

心の中で呼ぶ。

山瀬はオレのことが好きなんだ!
いつから?
どうして?
恋人のフリしてって言った時から好きだったのか?
いつも「モモが好き」って言っていたのも。

オレ、嫌じゃなかったんだ。
嬉しいんだよ。ドキドキして死にそうなんだ。
だから……それが好きってことなのか、お前に教えてほしくて。

食堂の角を曲がって昇降口。

いた!

山瀬が、靴を履いているところだった。
オレは肩で息をする。

「山瀬!」

オレが呼び止めると、驚いたように振り返った。

ずっと隣りにいた幼馴染。
小さな頃はちょっと人見知り。中学くらいからモテまくって彼女も時々できたけど、すぐ別れてた。そんな山瀬の好みは「ショートカットの元気な子」。

だからまさか、オレのことが好きだなんて思いもしなかった。
でも、山瀬に好きだと言われて……オレは……

山瀬がはあはあと膝に手を当てて息をしているオレを見る。
オレは、顔を上げて山瀬を見た。

少し目を見開いてこちらを見てくる山瀬は、信じられないくらいキラキラしていて魅力的に見えた。
心をひねり潰されるくらい、欲しいと思った。

人のいない昇降口。ガラス扉のむこうから夕日が差している。

幼馴染の親友、その関係は心地よくて。それを壊すことなんて考えられなかったのに。

「オレ、山瀬が好き」

やっと言えた。

言って気づいたんだ。

山瀬も、同じ気持ちだったんだ。


*  *  *


山瀬は、しばらく動かなかった。

オレの声が、うまく届いていないんじゃないかと不安になる。
夕日の光が山瀬の髪を照らしてる。
瞬きもしない。

……あれ? 山瀬? 

不安になって首をかしげると、山瀬が自分の肩掛けカバンのひもをぐっと握りしめた。

「……マジで?」

絞り出すみたいな声だった。
いつもの軽口を叩く山瀬の声じゃない。

「マジ」

即答したら逆に恥ずかしくなった。
顔が熱くなる。

山瀬はゆっくりと背筋を伸ばした。
一歩、こちらに近づく。

近い。

近いけれど、触れてはこない。
ドキドキする。
山瀬は強張った顔でこちらを見下ろしながら、じっと見つめてくる。

「……オレさ」

山瀬が口を開く。
途中で一度、言葉を切った。

「ずっと考えてた。モモに……モモを困らせてるんじゃないかって」

オレは何も言わずに、ただ聞く。

「だから、なかったことにできないかとか、親友に戻れないかもとか……悩んで……でも、諦められなくて」

山瀬が切なそうに目を細めた。

「モモ、無理してねぇ? オレ、友達のままだっていいんだ。もし、モモが」

そんなこと言うなよ。
こっちだって必死なんだ。

「山瀬。合わせてるんじゃない。オレが好きなんだ」

山瀬の目が潤んだ。真っ直ぐにオレを見る。

「知ってるだろ。オレ、お前に嘘はつかない」

そう言ったら、山瀬の肩から力が抜けた。
はあ、と長い息をつく。

「……良かった」

山瀬の目元が涙で光っている。

どれだけ緊張してたんだよ。
どれだけ怖かったんだよ。

オレは一歩前に出た。
少し高い位置にある山瀬の顔を見つめる。

オレがちゃんと山瀬のことが好きだってこと、伝えたい。
山瀬を安心させてあげたい。
山瀬がずっと笑っていられるように。

だからーー

「山瀬、帰ろ」

オレは手を差し出した。
山瀬が戸惑ったのを見て、山瀬の手をこちらから握る。

あたたかい手の感触。体温が心地よくてーー絡めた指から全身に甘いしびれが回っていく。

昇降口をでるまでのほんの数メートルだけ、手をつないで歩いた。

「夢みたいだ」

山瀬の呟いた言葉が胸に落ちてゆく。
幸せな気持ちが溢れていく。

いつものように家の前で別れる時、山瀬が言った。

「今日さ、人生で一番幸せな日だった」

オレは照れくさくて必死に言った。

「はあ? まあ、オレがもっと幸せにしてやるから覚悟しとけよ」

「うん」

山瀬が優しく笑う。その笑顔が眩しすぎて見られない。

その日は絡んだ指の感触が、夜まで残っていた。
早く明日になれ。

山瀬に会いたいなあ。