山瀬は昔から面倒見のいいヤツだった。
たまたま家が隣同士。小1のときに一緒のクラスになって、カードゲーム好きで意気投合した。
すぐに毎朝一緒に登校するようになって……オレが寝坊したときも、部屋まで起こしにきてくれた。
それから3年後。
小4のときは一緒にお料理クラブに入った。クッキーを焼いて、焼きたてを床に落としてしまったオレに自分の分を半分分けてくれた。
それからさらに3年後。
中学では同じバスケ部で時を過ごした。足を挫いたオレを担いで保健室まで連れていってくれた。
そしてまた3年後……今。
一緒の高校に通うことになった。
「モモ、お前ネクタイ結べねーの? ダッセェ」
入学式の朝。
山瀬はオレの家の玄関ドアに長身をもたれかけさせて、半笑いしている。オレは初めてのネクタイに悪戦苦闘。
モモ、と呼ばれているのはオレの苗字が桃田だから。
山瀬は面倒見はいいけど口は悪い。
「モモ、貸せよ。遅刻する」
ネクタイを奪われた。
「ほら」
山瀬はオレの首にくるっとネクタイを回す。体をかがめて、器用にくるくるとオレのネクタイを締める。
思わず見惚れる長い睫毛。
「できた。行くぞ」
なぜか、ネクタイをぐいっと引っ張られた。
犬かよ!と思うが、黙って従う。
口は悪いしやることもアレだが、面倒見はいい。そんなヤツだ。
駅までの桜並木。
郊外の朝の住宅街は、サラリーマンも学生もみんな駅に向かって急いでいる。
「あのさーあ」
山瀬がブラブラと学校指定のカバンを揺らしている。
「自意識過剰って言われるかもしんねーけどさ、またあると思うんだよね、洗礼みたいな」
「あー、だね」
オレは隣を歩く山瀬をちらっと見た。
すらっとした長身に、整った顔。
山瀬と一緒にいると、わかる。
新しい場所に行くと必ずある洗礼。女子に騒がれて告白されまくるターン。
オレから見れば羨ましいが、山瀬は常にだるそうだ。たまに付き合ってもすぐ別れてしまう。
歩道に小さな石ころが落ちていた。植え込みの方に足で転がす。
「そんでさあ、思ったんだけど……」
山瀬はポケットに手を入れた。歩く姿はモデルのようで、周りの視線を集めているのがわかる。
桜の花びらがちらちらと舞い降りる。
「またさあ、女子に絡まれたら、オレお前と付き合ってるって言っていい? 実害ある?」
「はっ?」
ーー付き合ってるっていうのは、そういう意味で?
でもなんで?
オレが顔を向けると、山瀬は平然と言った。
「なんかめんどくさくて。断るのも重いし、ネタで返せばいいかなって」
「いやでも、真剣な告白にネタ返しはさ」
「真剣だったらちゃんと断るよ。顔が好みです、みたいな適当な告白にさ……」
「うーん、別にいいけどさぁ」
気乗りはしない。
なにを言ってもモテる山瀬はいいだろうが。オレは今でもそんなにモテるほうではないのに、完全にモテなくなったら困る。
「そもそもさ、山瀬がちゃんと彼女つくればいいんじゃね? あー作ったけど別れたんだっけか。とにかく、あれだけ告白されたら好みの子もいるだろ」
「うん、いるよ…………モモ」
山瀬が少し速足になって、一歩前に出た。オレもすぐ追いつく。
「だから、ネタはいいって」
さらっと返せたものの、ドキンとした。汗ばんだ手を慌ててポケットに入れる。
ネタなのに山瀬の声が妙に真剣だったから、一瞬真に受けてしまった。
ただ、それだけ。
オレらは長い付き合いで、お互いになんでも知っている。
好みの女の子だって知っている。山瀬は、ショートカットの元気な子がタイプだ。
昔から変わらない。
駅のホームで電車を待っていると、
「あ、山瀬くんだっおはよっ。桃田くんも」
女子に声をかけられた。中3の時に同じクラスだった、山瀬に言い寄っていた子。
「一緒の高校に行けて良かったぁ。ね、山瀬くん、高校で彼女ほしくない? いい物件、空いてますよぉ。ほら、ここにっ!!」
小首を傾げて山瀬を見上げている。
……確かに、山瀬がこういうネタ告白じみたものを鬱陶しがるのは分からないでもない。
いや、オレだったらネタでも跳んで喜んでしまうかもしれないが!
「んーそれがさぁ」
山瀬はちらっとホームの奥に目をやった。電車が近づいてくる。音が大きくなる。
山瀬はにこっと笑って女子を見下ろした。相変わらずポケットに手を入れている。
「オレ、モモと付き合ってるんだ。だからゴメンネ」
「は?」
面食らっている女子を尻目に、山瀬はオレの肩を手で押した。電車のドアに滑り込む。
ーーなんだかな。
正直、悪い気がしない自分に驚いた。でもそれは、山瀬と付き合っている設定が嬉しいとかそういう話ではなくて。
ーー誰でも、誰かより優先されるというのは気持ちのよいものなんだろう。
そう思いながら、つり革に手を伸ばした。
オレが掴んだつり革を、山瀬がオレの手の上から掴んだ。
え?と思ったが、すぐに上のバーを掴み直していた。
そんな山瀬にイラッとしたのは秘密だ。
届くんだから最初からバーを掴めよ。一瞬どきっとしたじゃねぇか。長身め。
たまたま家が隣同士。小1のときに一緒のクラスになって、カードゲーム好きで意気投合した。
すぐに毎朝一緒に登校するようになって……オレが寝坊したときも、部屋まで起こしにきてくれた。
それから3年後。
小4のときは一緒にお料理クラブに入った。クッキーを焼いて、焼きたてを床に落としてしまったオレに自分の分を半分分けてくれた。
それからさらに3年後。
中学では同じバスケ部で時を過ごした。足を挫いたオレを担いで保健室まで連れていってくれた。
そしてまた3年後……今。
一緒の高校に通うことになった。
「モモ、お前ネクタイ結べねーの? ダッセェ」
入学式の朝。
山瀬はオレの家の玄関ドアに長身をもたれかけさせて、半笑いしている。オレは初めてのネクタイに悪戦苦闘。
モモ、と呼ばれているのはオレの苗字が桃田だから。
山瀬は面倒見はいいけど口は悪い。
「モモ、貸せよ。遅刻する」
ネクタイを奪われた。
「ほら」
山瀬はオレの首にくるっとネクタイを回す。体をかがめて、器用にくるくるとオレのネクタイを締める。
思わず見惚れる長い睫毛。
「できた。行くぞ」
なぜか、ネクタイをぐいっと引っ張られた。
犬かよ!と思うが、黙って従う。
口は悪いしやることもアレだが、面倒見はいい。そんなヤツだ。
駅までの桜並木。
郊外の朝の住宅街は、サラリーマンも学生もみんな駅に向かって急いでいる。
「あのさーあ」
山瀬がブラブラと学校指定のカバンを揺らしている。
「自意識過剰って言われるかもしんねーけどさ、またあると思うんだよね、洗礼みたいな」
「あー、だね」
オレは隣を歩く山瀬をちらっと見た。
すらっとした長身に、整った顔。
山瀬と一緒にいると、わかる。
新しい場所に行くと必ずある洗礼。女子に騒がれて告白されまくるターン。
オレから見れば羨ましいが、山瀬は常にだるそうだ。たまに付き合ってもすぐ別れてしまう。
歩道に小さな石ころが落ちていた。植え込みの方に足で転がす。
「そんでさあ、思ったんだけど……」
山瀬はポケットに手を入れた。歩く姿はモデルのようで、周りの視線を集めているのがわかる。
桜の花びらがちらちらと舞い降りる。
「またさあ、女子に絡まれたら、オレお前と付き合ってるって言っていい? 実害ある?」
「はっ?」
ーー付き合ってるっていうのは、そういう意味で?
でもなんで?
オレが顔を向けると、山瀬は平然と言った。
「なんかめんどくさくて。断るのも重いし、ネタで返せばいいかなって」
「いやでも、真剣な告白にネタ返しはさ」
「真剣だったらちゃんと断るよ。顔が好みです、みたいな適当な告白にさ……」
「うーん、別にいいけどさぁ」
気乗りはしない。
なにを言ってもモテる山瀬はいいだろうが。オレは今でもそんなにモテるほうではないのに、完全にモテなくなったら困る。
「そもそもさ、山瀬がちゃんと彼女つくればいいんじゃね? あー作ったけど別れたんだっけか。とにかく、あれだけ告白されたら好みの子もいるだろ」
「うん、いるよ…………モモ」
山瀬が少し速足になって、一歩前に出た。オレもすぐ追いつく。
「だから、ネタはいいって」
さらっと返せたものの、ドキンとした。汗ばんだ手を慌ててポケットに入れる。
ネタなのに山瀬の声が妙に真剣だったから、一瞬真に受けてしまった。
ただ、それだけ。
オレらは長い付き合いで、お互いになんでも知っている。
好みの女の子だって知っている。山瀬は、ショートカットの元気な子がタイプだ。
昔から変わらない。
駅のホームで電車を待っていると、
「あ、山瀬くんだっおはよっ。桃田くんも」
女子に声をかけられた。中3の時に同じクラスだった、山瀬に言い寄っていた子。
「一緒の高校に行けて良かったぁ。ね、山瀬くん、高校で彼女ほしくない? いい物件、空いてますよぉ。ほら、ここにっ!!」
小首を傾げて山瀬を見上げている。
……確かに、山瀬がこういうネタ告白じみたものを鬱陶しがるのは分からないでもない。
いや、オレだったらネタでも跳んで喜んでしまうかもしれないが!
「んーそれがさぁ」
山瀬はちらっとホームの奥に目をやった。電車が近づいてくる。音が大きくなる。
山瀬はにこっと笑って女子を見下ろした。相変わらずポケットに手を入れている。
「オレ、モモと付き合ってるんだ。だからゴメンネ」
「は?」
面食らっている女子を尻目に、山瀬はオレの肩を手で押した。電車のドアに滑り込む。
ーーなんだかな。
正直、悪い気がしない自分に驚いた。でもそれは、山瀬と付き合っている設定が嬉しいとかそういう話ではなくて。
ーー誰でも、誰かより優先されるというのは気持ちのよいものなんだろう。
そう思いながら、つり革に手を伸ばした。
オレが掴んだつり革を、山瀬がオレの手の上から掴んだ。
え?と思ったが、すぐに上のバーを掴み直していた。
そんな山瀬にイラッとしたのは秘密だ。
届くんだから最初からバーを掴めよ。一瞬どきっとしたじゃねぇか。長身め。


