恋が始まるちょっと前

「いけいけ!こい!」

目の前には僕の最推し、アリスちゃんのちびぬいがいる。

「……っ!くそっ!後少しなのに」

今週登場の新プライズ。
発表されてから約2ヶ月、この時を待ちに待っていた。

奇しくもアリスちゃんが置かれた場所はめちゃくちゃアームの弱い台。
そんなの取れる確率の方が低いってかほぼゼロ確なんだけど、今ようやく出口の出っ張りにアリスちゃんの頭が乗っかった。

後一回で取れそう。
急いで財布に手を突っ込んで100円玉を探す。
しかし。

「100円が、ない……」

さっき両替したばっかだというのに。
もう1000円が消えたのか。

両替しに行かなければ。
でも、ここを離れるわけにはいかない。
だってもしその間に誰かにお迎えされたら、店員が初期位置に戻してしてしまったら。
僕の今までの努力と金が水の泡だ。

せっかくここまで来たというのに。
どうしよう、どうすればいい、アリスちゃん。
そのキラキラ輝いた瞳は可愛さだけで今の僕にはなにも与えてくれなかった。

「これを逃したらもう、きっともう出会えないのに」

僕は台の前で頭を抱えて悶えた。
近くにいる幼稚園児くらいの子が僕をじっと見ている気がしたけど、そんなことは気にならないくらい心中は不安と焦りで心臓バックバク。
まだ僕が高校生でよかった、とは思ったけども。

両替機からもちょっと遠い位置に置かれてるのももよくない。
すぐ横にあればささっと両替できるのに。
1歩踏み出しては1歩下がる。
それをひたすら繰り返していると。

「あの、俺守っときましょうか」

「……え?」

さまざまな音が飛び交うゲーセンの中で突然耳元から聞こえる低い声。

「両替だよね。俺ここ守っとくんで行ってきてくださいよ」

「……。」

「安心して、その間に僕がお迎えするなんてことしないから」

にこっと笑う顔。
その顔には確かに人を安心させる力があって。

「ぜ、絶対お迎え、しないでよ」

「はいはい、わかってるって。いってらっしゃい」

「すぐ、戻るから」

ーーーーー数秒後。

「戻りました」

「速っ!?」

右手に100円玉10枚を握りしめて君の前に立つ。

「一秒も無駄にできないからね」

あんたの中ではたった数秒でも僕の中では大きな数秒なんだから。

「っふふ。その気持ちわかるな」

「その顔はわかってるようには見えないけど。あ、守ってくれてありがとう。ということでそこどいてもらっていいですか」

「……。」

君は驚いた表情を浮かべるとそのままきょとんとして1、2歩後ろに下がった。
そりゃ驚くよな。
さすがに守ってくれた相手にこの言い方は失礼すぎる。
けどこの時を俺はそれどころではなかった。

台の投入口に100円玉を入れる。
小さなモニターでは30秒のカウントダウンが開始する。
30秒の勝負、全身全霊を指先に、目に集中させる。

「頑張れぇ」

またしても耳元で聞こえる声。
そんな僕を君は後ろから見ているらしい。

よし、ここだ。
ボタンを押す。
アームは変な音のBGMに乗ってゆっくり下へと降下する。

ガシッと掴まれたアリスちゃんの顔。
その姿は見るに耐えないものだけど。

アームが上昇する。
あからさまにわかる緩さ。
今回も確定演出は逃したか。

後は揺れたり跳ねたりして奇跡が起こるのを願うしかない。

アームが完全に上がりきったとき、アームはガクンと揺れその拍子にアリスちゃんが離れる。

落下するこの先、めっちゃ際どいところ。

ーーーーードクンッドクンッ。

高校受験の合格発表のときと同じような感覚。
胸が張り詰めて息が少し苦しい。
ゴクリと固唾を呑む。

アリスちゃんは出っ張りで跳ねるとその重心が傾くままに……出口へと。

「やっっっったぁぁぁぁぁ!!!やったよ!取れた!くっっっそ嬉しい!イエーイッ!」

ーーーーーパチンッ。

耳に残るハイタッチの音の余韻。
はっとして君の顔を見る。
めっちゃ虚無ってるじゃないですか。

「え、あ、ごめん。俺、つい盛り上がっちゃって」

「っははは!」

今度は急に笑いだした。
しかも腹を抱えて。

「そんなに俺可笑しかった?」

「っはは、ううんごめんごめん。お迎えできて良かったね」

ーーーーードキンッ

不意に向けられた笑顔に胸が弾む。
この人めっちゃいい人じゃん。

ジーンと心に滲みる思いにアリスちゃんを握る手が強くなっていた。

「じゃあ俺はこの辺で、バイバイ」

「あ、ありがとう」

振られた手に戸惑いながらも振り返す。

今会ったばかりの人なのに「またね」がないのが少し悲しいなんて思ってしまったのはなぜだろう。

「名前だけでも聞いておけばよかったな。ね、アリスちゃん」

アリスちゃんはなんの言葉も返してはくれなかった。



×××



一週間後、僕はまたゲーセンにきた。

今回は別に目的がある訳じゃない。
なんとなくゲーセンの騒がしさが好きだから。
性に合ってる、みたいか感じ。

とりあえずぐるりと一周して音ゲーやりたくなったら1、2回やろうかな。
そんな軽い気持ちで普段はここにやってくる。

店の配置は入り口付近にクレーンゲームが並べられ奥の方に音ゲーやらアーケードゲームやらが置かれている。

あちこちからアームを操作する音が聞こえてくる中を歩いていると目の前には見覚えのある姿があった。
目の前の台を見つめてどこか悩んでいる様子。

「ど、どうも」

考えるよりに先に身体が動いてしまった。
そもそもあのときの人だって確定してる訳じゃないのに。
しかも考えなしに突っ込んだせいでめっちゃぎこちない挨拶になっちゃったし。

「あ!あのときの。奇遇だね」

よかった。やっぱりあのときの君だった。

「なに悩んでるの」

「いやぁ、実はさ……」

君が見つめていた先。
そこには超有名ボーカロイドの子のフィギュアがあった。
しかも後少しでゲットできそう。

「この子好きなの!?」

「そうなんだ、顔も声もかわいいって反則だよね」

「わかりみが深い……」

意外な共通点を見つけて1人盛り上がっていると。

「それで、さ。100円、なくなっちゃったんだよね。これを逃したらもう、きっともう出会えない」

ーーーーー……。

「僕、ここにいるから」

「……え?」

「両替でしょ」

「そう、だけど」

「僕ここいるから、行っておいで。あのときの借り」

「っはは、面白すぎ。ありがとう、行ってくる」

意味わからないデジャブにお互い笑いながら見つめ合う。

二人だけの二人にしかわからない空気感みたいなのができた感じがした。

「じゃあ、入れるよ」

「……うん」

投入口に100円玉が入るとボタンが点滅し始めた。
どこを狙うかはもう決めていたらしい。
その迷いのない手捌きはこいつプロじゃねと思うほど。

降下するアームは箱とつっかえ棒の小さな隙間に見事入り込み、上昇したとき引っ掛かる箱が少し浮いて全体が真っ直ぐになり、アームから箱の先端が離れたとき。

ーーーーーガタンッ

「うぉぉぉぉ!!!やったね!イエーイッ!」

ーーーーーパチンッ

耳に残るハイタッチの音の余韻。
はっとして君の顔を見る。
めっちゃ虚無ってるじゃないですか。

「え、あ、ごめん。俺、また」

「っははははは!俺より喜んでどうすんだよ。お陰で全部持ってかれちゃったじゃん」

「ごめんごめん。にしてもデジャブ過ぎておもろ」

「まじそれな」

ゲーセンの騒音に負けないくらい、男子高校生二人が腹を抱えて笑う。

君は一番大事なもの忘れるところだったとフィギュアを出口から取り出して近くにあった袋に入れた。

「良かったね、お迎えできて」

「あぁ、お陰様で。ありがとう、助かった」

二人の間に流れるほんわかとした空気。
やっぱこの人めっちゃいい人だな。

「じゃ、俺はこの辺で。他見てると欲でちゃいそうだから」

「あ……」

「ん?なに?」

「いや、なんでもない。じゃ」

「うん、じゃあ」

振られた手に戸惑いながらも振り返す。

これはただの偶然、欲張っちゃダメだ。

下ろした手を後ろに隠して強く握りしめた。



×××



「なんで、また……」

都合よく(悪いけど)100円玉が無くなるんだよ!

あれから1ヶ月くらい経った今日。

僕はまた、あと少しのところで財布の中から100円玉を無くしてしまった。

今日は新プライズでアリスちゃんのフィギュア登場する日だった。

しかも新衣装で、これは絶対にゲットしなければならない。

どうしよう、どうしよう。
都合また、君が表れてくれるなんてあり得な……。

「あの、俺守っときましょうか」

あり得た。

「え?」

「やぁ、奇遇だね。ほら、両替しといで」

「う、うん」

ーーーーー数秒後。

「相変わらず速いね」

「まぁ」

「どうしたの、なんが元気なさげ」

「いや、ここまできたけど。僕フィギュア系苦手で」

そう、僕はフィギュア系が大の苦手。
あと少しのところまではなんとか持っていけるけど、最後の一手でいつも失敗して、変なところに引っ掛かって一生抜け出せないループに突入してしまう。

「これを逃したらもう、きっともう出会えないから」

「お手伝い、なら大丈夫かな」

「……え?」

「ちょっと失礼」

その瞬間、君は後ろから僕には覆いかぶさり、手を重ねた。

さすがにこれ、ドキドキしない人いないでしょ。

頭の中はパニック状態で視界はぐるぐるして、全然焦点が定まらない。

「ほら、いくよ」

「あ、はい」

半ば無理やり意識をアームに集中させる。

「ここ」

「はい」

「ストップ」

「はい」

阿吽の呼吸ってこのことをいうのかな。

アームはゆっくりと降下していく。
位置はばっちり、そして……。

ーーーーーガタンッ。

「やったぁぁぁぁぁ!!やったよ!ありが……」

振り向いた、この先。

「ち、近!?」

いつも目の前のことに意識を持ってきすぎて全然気にして見てなかったけど、この人普通にドイケメンなんだよな。

どんどん赤面していく顔は隠しきることはできなかった。

「良かったね、お迎えできて」

「あ、ありがとう」

爽やかな笑顔、眩し。

「ということで俺は失礼しようかな」

「……まって!」

一度あることは二度あった、二度あることは三度あった。
でも三度あることが四度あるとは限らない。

これを逃したらもう、きっともう出会えないかもしれない。

偶然を必然と勘違いしてはいけない。

けど、あまりにも都合がよすぎやしないか。

必然を信じたくなるくらい。

「本当に奇遇なの?」

その質問に君は、薄笑いで返した。

嘘つくの下手すぎ。
ほんとこの人いい人だな。

「ねぇ、この後時間ある?」

「……あるよ」

「音ゲーやらない?」

「……もちろん」

僕たちの恋はここから始まる。