2番ホーム向かい側、午前7時30分。
今日も君はそこにいる。
×××
高校に入学して一週間。
不規則な日程もようやく落ち着いてきて今週から8時半から15時半までの通常授業がスタートする。
家から学校までは電車と徒歩あわせて約40分。
電車に揺られる時間はそこまでなのに駅から学校まで遠いのが難点。
そこでどの時間に乗るのがベストなのかをこの一週間で検証した結果、午前7時38分発の電車だということになった。
そしたら学校に着くのは大体10分前、暇を持て余し過ぎず一息つけるちょうどいい時間。
だからこれから変える気はない。
それに……。
まだ少し肌寒い朝の空気を腹いっぱいに吸い込んで、家を出る。
朝の空はまだ寝ているみたいだ。
少し小走りで駅の改札を通り抜け、2番ホームのいつもの場所へと向かう。
2番線、増結4号車の4番目のドア。
そこが俺の定位置。
降りたら目の前が階段なのだ。
発車時刻から少し前、少し息をあげて一番前に並ぶ。
ネクタイを緩め短い息をふっと吐き、向かい側、1番ホームに目線を向ける。
1番線、4号車の1番目のドア。
「……いた」
それが俺がこの電車に乗るもう一つの理由だった。
×××
毎日、同じ時間、同じ場所に、同じ目的を持ってそこにいる人がいたら赤の他人でも見知った人って感じがする。
自然とその人が目に入っていて、ちょっとしたその人の性格とか趣味とか生活の一部を覚えてしまっているなんてことがあるかもしれない。
「今日は何聴いてるのかな」
君はいつも今時珍しい有線のイヤホンをしてスマホを眺めている。
音楽が好きらしい。
スクロールしている指を止め画面をタップするとしばらくの間目を閉じて、目を開けると再び画面の上で親指を上下に動かしている。
気づかないうちにやってるその癖は俺と同じだった。
好きな曲を聴いてるとき無意識に体が少し揺れてしまうところも、小さく口を動かしてしまうところも、めちゃくちゃ共感しかない。
ーーーーー話してみたい。
いつしかそう、思っていた。
「今日もいる」
「同じ電車なんだ」
「なんか眠そう」
「不機嫌そうだけどイヤホン忘れたからかな」
高校に入学してから一ヶ月。
進行方向は反対方向、当然制服は違い見た感じこの辺で有名な進学校。
完璧な君と凡人な俺。
すべてが反対で、交わることのない二人が、週5日の平日、毎日、午前7時30分、この向かい合った場所で、この電車に乗るためにここに来る。
交わらない二人が交わる、電車の発車ベルが二人を別つまでの8分間。
長いようで短い、短いようで長い8分。
言葉を交わしたことがなければ名前を知らない。
『『まもなく2(1)番線に電車が参ります。黄色い点字ブロックまでお下がりください』』
同時になるアナウンス。
同時に到着する電車。
同時に開くドア。
電車に乗ったらまっすぐ進んで右側の背もたれが俺の定位置。
そして君も右側の背もたれにいつも寄りかかる。
1日で一番近づく斜め前正面、それがちょうどいい気がするけどなんだかもどかしく感じる距離。
君の横顔を俺はまだ見たことがない。
『扉が閉まります。ご注意ください』
扉が閉まる。
プシューと発車の合図が鳴る。
やっぱり短いかも。
電車と電車の間に差し込む朝日にほんのりと片側を照らされ艶やかな黒髪がキラリと光る姿を眺める。
勝手にまた明日、なんて思っていたとき、
ーーーーー...…っ!
目があった、ような気がした。
×××
「蒼空、なんか調子悪い?期末テストびびってる?」
「んー、そうかも」
半分嘘で半分本当。
季節は進み梅雨があけ夏がやってきた。
高校生は期末テストの時期がすぐ目の前に迫ってきている。
勉強は嫌いだし、得意な方でもないからいい点数を取れた試しもないわけで、テストがあるだけで学校に向かう足が重たくなるのは事実だった。
それでもこうして朝のホームルームにいる理由。
それは明白だった。
けど、
「いなかったな……」
机にだらりともたれかかりボソッと呟く。
最近、君はホームにいない。
7月に入って少したった頃から今日で大体5日。
平日でいったら一週間くらい姿を見ない。
はじめは進学校のやつでも休むことあるんだなと小さな共通点が見つかったと思ってそこまで深く考えることはなかった。
しかし、2日、3日、4日、5日。
日が積み重なる度に心の中にできた蟠りが気道に引っ掛かり胸が少し痛い。
気づけば集中力も途切れて授業中ずっと上の空。
昨日の数学のノートを見返してみたらシャーペンの先がついた後だけが無数にあるだけで一文字も書かれていなかった。
「数学のノートを見せて」
「やる気ゼロじゃん」
いや、やんなきゃとは思ってるんだけど。
そんな言い訳が通用するほどあまくないか。
もらったノートのページを開く。
「なんかの暗号か?」
まるでどこかの古代文字のような文字と数字の羅列に思考が停止した。
授業中、シャーペンは動いては止まり動いては止まりを繰り返す。
頭に浮かぶのは向かい側に立つ男子高校生。
制服に皺やヨレがなかったから多分同い年。
高校生になって初めて出会った同士は反対方面の電車に乗る違う学校の君だった。
新生活への不安に、不整脈に脳を支配された中で君の存在は俺にとって心強かった。
そこから勝手に感じている親近感が一人歩きして気づけば目で追っていた。
着なれない制服にぎこちなさそうにして、サブバックの中身が多いのか定期的に持ち替えて、眠そうなときは目をシャバシャバさせて、隣にあのサラリーマンがやってくると少し嫌そうな顔するし、音楽を聴いてるときはすごい楽しそうにしてるし。
君のことを知らないのに知っている。
なぜか半分だけ知ってる人。
その先を求めることはもう出来ないのだろうか。
×××
午前7時28分、改札を通る。
午前7時30分、いつもの場所に着く。
2番ホーム向かい側。
1番ホーム1番線、4号車1番目のドア。
そこに今日も君はいない。
明日からはもう少し遅く来てもいいかな。
先頭に並ぶ理由も、ないし。
まだ7時台だというのに蒸し暑いホーム。
背中から汗が溢れ出てくるのを感じる。
到着時刻が近づくにつれ人は増えていい、その場の温度も上昇していく。
8分が長い。
交わらない二人は本当に交わることなく終わった。
自分勝手に抱いた感情なのに、どこか寂しくてもどかしい。
君も同じ気持ちだったらなんて期待してたんだと気づいたとき、恥ずかしさと情けなさに線路に身を投げ出したくなった。
サブバックの取っ手を強く握りしめて深く息を吐く。
「おはよ」
耳元から聞いたことのない声がした。
低い、けど柔らかくてスッと心の中に入ってくる声。
体は考えるより先に動いて、声の聞こえる方向へ顔を向けていた。
「……おはよ」
振り返ったこの先に、君がいた。
「いつも、ここにいたよね」
不意に言われたその言葉に、息が止まる。
「……知ってたのか」
「そりゃ、毎日見てましたから」
君はふっと小さく笑う。
その笑顔に心臓が小さく弾む。
『まもなく電車が参ります…』
俺の身体のすべてが君に集中するなかで、アナウンスの音が俺をこの世界に引き戻す。
電車が耳を引き裂くような大きな音を立ててホームに入ってくる。
扉が開く。
動かない身体のせいで気づけば一番後ろになっていた。
「俺、これ乗らないと」
「うん」
車内足を踏み入れたとき、ちょうど発車ベルがなった。
「放課後、時間ある?」
「もちろん!」
ドアが閉まる。
窓越しにホームに立つ君を見つめる。
電車が動き出すと同時に動く君の口元。
声は聞こえない、けど、心には確かにはっきりと聞こえて……。
「また後で」
×××
「お疲れ様」
「どうも」
体が暑い。
帰りのホームルームが終わった後、俺は友人との挨拶も忘れて足早に教室をでた。
太陽が地上をジリジリと焼き尽くす中、遠くに見える陽炎に自ら身を投げ出すように走る。
電車の中に入っても体は冷めず、ゆでダコ状態で今、君の前に立つ。
「そんなに俺と会うの楽しみだった?」
「その言い方はずるくないか?」
君は声を出して笑う、その姿さえも爽やかだった。
「否定しないんだ」
「……まぁ」
嘘は通じなさそうだし、実際そうだから。
正直に答えた恥ずかしさに下を向く。
そのとき、スラックスのポケットから飛び出るケーブルが目に入った。
「なに、聞いてんの」
「え?」
「それ」
それを指差す。
「あぁ、ボーカロイド」
「えっ!まじで!」
まさかの同じ趣味に思わず前のめりになる身体。
気づいたときには鼻がくっつきそうなほど顔が近づいていた。
「あ、ごめん」
「全然」
どこが嬉しそうな顔をする君に高まる心臓の鼓動。
願っていたことが叶ったとき、人はこんなにも胸が高鳴るものなんだろうか。
「好きなんだな、ほんとに」
「うん、好きだよ。なんで?」
「いつも、ちょっと体揺らしてたり、口パクで歌ってたりしてたから」
「知ってたんだ、俺の癖」
「そりゃ……、毎日見てましたから」
「その言い方ずるいね」
恥ずかしがる俺と、余裕のある態度で笑う君。
そんな対照的な二人。
「ねぇ、チュウミズム今からやりに行かない?」
「のった。俺、勝てる自信ある」
「じゃあ、その腕のほど見せてもらいますか」
『まもなく電車が参ります……』
電車が到着したときに吹く列車風に髪の毛が大きく揺れる。
体が持っていかれそうなその風はなにかの訪れてを運んできたかのように、俺の心の中になにかを置いて去っていった。
電車に乗り込み、普段は座らない椅子に二人で腰を下ろす。
「俺、隼田颯(はやた そう)」
「俺、山岸蒼空(やまぎし そら)」
電車の発車する合図と同時にゆっくりと電車が動き出す。
「最近、朝、いなかったよな」
「あぁ、テスト期間でいつもより朝遅かったんだ」
「……そっか」
前髪で顔を隠す。
すると、その整える手を颯は掴んで俺の前髪をあげる。
「その顔。俺がいなくて寂しかった?」
「……っ」
「毎日見てるって言ったでしょ。舐めないでもらっていいかな」
脳が、顔が、心が、全身が熱くなる。
まだ素直になれなくて、抗おうとする思春期の俺の心中。
まだまだ子供で未熟な俺と成熟した大人の余裕を醸し出す颯。
まだまだ対照的な二人。
だけど今、二人はここで交差する。
電車に揺られながら笑い合う。
これからもっと知っていけたら。
「改めてよろしく、蒼空」
「よろしく、颯」
二人は今、同じ方向を向いて進んでいる。
今日も君はそこにいる。
×××
高校に入学して一週間。
不規則な日程もようやく落ち着いてきて今週から8時半から15時半までの通常授業がスタートする。
家から学校までは電車と徒歩あわせて約40分。
電車に揺られる時間はそこまでなのに駅から学校まで遠いのが難点。
そこでどの時間に乗るのがベストなのかをこの一週間で検証した結果、午前7時38分発の電車だということになった。
そしたら学校に着くのは大体10分前、暇を持て余し過ぎず一息つけるちょうどいい時間。
だからこれから変える気はない。
それに……。
まだ少し肌寒い朝の空気を腹いっぱいに吸い込んで、家を出る。
朝の空はまだ寝ているみたいだ。
少し小走りで駅の改札を通り抜け、2番ホームのいつもの場所へと向かう。
2番線、増結4号車の4番目のドア。
そこが俺の定位置。
降りたら目の前が階段なのだ。
発車時刻から少し前、少し息をあげて一番前に並ぶ。
ネクタイを緩め短い息をふっと吐き、向かい側、1番ホームに目線を向ける。
1番線、4号車の1番目のドア。
「……いた」
それが俺がこの電車に乗るもう一つの理由だった。
×××
毎日、同じ時間、同じ場所に、同じ目的を持ってそこにいる人がいたら赤の他人でも見知った人って感じがする。
自然とその人が目に入っていて、ちょっとしたその人の性格とか趣味とか生活の一部を覚えてしまっているなんてことがあるかもしれない。
「今日は何聴いてるのかな」
君はいつも今時珍しい有線のイヤホンをしてスマホを眺めている。
音楽が好きらしい。
スクロールしている指を止め画面をタップするとしばらくの間目を閉じて、目を開けると再び画面の上で親指を上下に動かしている。
気づかないうちにやってるその癖は俺と同じだった。
好きな曲を聴いてるとき無意識に体が少し揺れてしまうところも、小さく口を動かしてしまうところも、めちゃくちゃ共感しかない。
ーーーーー話してみたい。
いつしかそう、思っていた。
「今日もいる」
「同じ電車なんだ」
「なんか眠そう」
「不機嫌そうだけどイヤホン忘れたからかな」
高校に入学してから一ヶ月。
進行方向は反対方向、当然制服は違い見た感じこの辺で有名な進学校。
完璧な君と凡人な俺。
すべてが反対で、交わることのない二人が、週5日の平日、毎日、午前7時30分、この向かい合った場所で、この電車に乗るためにここに来る。
交わらない二人が交わる、電車の発車ベルが二人を別つまでの8分間。
長いようで短い、短いようで長い8分。
言葉を交わしたことがなければ名前を知らない。
『『まもなく2(1)番線に電車が参ります。黄色い点字ブロックまでお下がりください』』
同時になるアナウンス。
同時に到着する電車。
同時に開くドア。
電車に乗ったらまっすぐ進んで右側の背もたれが俺の定位置。
そして君も右側の背もたれにいつも寄りかかる。
1日で一番近づく斜め前正面、それがちょうどいい気がするけどなんだかもどかしく感じる距離。
君の横顔を俺はまだ見たことがない。
『扉が閉まります。ご注意ください』
扉が閉まる。
プシューと発車の合図が鳴る。
やっぱり短いかも。
電車と電車の間に差し込む朝日にほんのりと片側を照らされ艶やかな黒髪がキラリと光る姿を眺める。
勝手にまた明日、なんて思っていたとき、
ーーーーー...…っ!
目があった、ような気がした。
×××
「蒼空、なんか調子悪い?期末テストびびってる?」
「んー、そうかも」
半分嘘で半分本当。
季節は進み梅雨があけ夏がやってきた。
高校生は期末テストの時期がすぐ目の前に迫ってきている。
勉強は嫌いだし、得意な方でもないからいい点数を取れた試しもないわけで、テストがあるだけで学校に向かう足が重たくなるのは事実だった。
それでもこうして朝のホームルームにいる理由。
それは明白だった。
けど、
「いなかったな……」
机にだらりともたれかかりボソッと呟く。
最近、君はホームにいない。
7月に入って少したった頃から今日で大体5日。
平日でいったら一週間くらい姿を見ない。
はじめは進学校のやつでも休むことあるんだなと小さな共通点が見つかったと思ってそこまで深く考えることはなかった。
しかし、2日、3日、4日、5日。
日が積み重なる度に心の中にできた蟠りが気道に引っ掛かり胸が少し痛い。
気づけば集中力も途切れて授業中ずっと上の空。
昨日の数学のノートを見返してみたらシャーペンの先がついた後だけが無数にあるだけで一文字も書かれていなかった。
「数学のノートを見せて」
「やる気ゼロじゃん」
いや、やんなきゃとは思ってるんだけど。
そんな言い訳が通用するほどあまくないか。
もらったノートのページを開く。
「なんかの暗号か?」
まるでどこかの古代文字のような文字と数字の羅列に思考が停止した。
授業中、シャーペンは動いては止まり動いては止まりを繰り返す。
頭に浮かぶのは向かい側に立つ男子高校生。
制服に皺やヨレがなかったから多分同い年。
高校生になって初めて出会った同士は反対方面の電車に乗る違う学校の君だった。
新生活への不安に、不整脈に脳を支配された中で君の存在は俺にとって心強かった。
そこから勝手に感じている親近感が一人歩きして気づけば目で追っていた。
着なれない制服にぎこちなさそうにして、サブバックの中身が多いのか定期的に持ち替えて、眠そうなときは目をシャバシャバさせて、隣にあのサラリーマンがやってくると少し嫌そうな顔するし、音楽を聴いてるときはすごい楽しそうにしてるし。
君のことを知らないのに知っている。
なぜか半分だけ知ってる人。
その先を求めることはもう出来ないのだろうか。
×××
午前7時28分、改札を通る。
午前7時30分、いつもの場所に着く。
2番ホーム向かい側。
1番ホーム1番線、4号車1番目のドア。
そこに今日も君はいない。
明日からはもう少し遅く来てもいいかな。
先頭に並ぶ理由も、ないし。
まだ7時台だというのに蒸し暑いホーム。
背中から汗が溢れ出てくるのを感じる。
到着時刻が近づくにつれ人は増えていい、その場の温度も上昇していく。
8分が長い。
交わらない二人は本当に交わることなく終わった。
自分勝手に抱いた感情なのに、どこか寂しくてもどかしい。
君も同じ気持ちだったらなんて期待してたんだと気づいたとき、恥ずかしさと情けなさに線路に身を投げ出したくなった。
サブバックの取っ手を強く握りしめて深く息を吐く。
「おはよ」
耳元から聞いたことのない声がした。
低い、けど柔らかくてスッと心の中に入ってくる声。
体は考えるより先に動いて、声の聞こえる方向へ顔を向けていた。
「……おはよ」
振り返ったこの先に、君がいた。
「いつも、ここにいたよね」
不意に言われたその言葉に、息が止まる。
「……知ってたのか」
「そりゃ、毎日見てましたから」
君はふっと小さく笑う。
その笑顔に心臓が小さく弾む。
『まもなく電車が参ります…』
俺の身体のすべてが君に集中するなかで、アナウンスの音が俺をこの世界に引き戻す。
電車が耳を引き裂くような大きな音を立ててホームに入ってくる。
扉が開く。
動かない身体のせいで気づけば一番後ろになっていた。
「俺、これ乗らないと」
「うん」
車内足を踏み入れたとき、ちょうど発車ベルがなった。
「放課後、時間ある?」
「もちろん!」
ドアが閉まる。
窓越しにホームに立つ君を見つめる。
電車が動き出すと同時に動く君の口元。
声は聞こえない、けど、心には確かにはっきりと聞こえて……。
「また後で」
×××
「お疲れ様」
「どうも」
体が暑い。
帰りのホームルームが終わった後、俺は友人との挨拶も忘れて足早に教室をでた。
太陽が地上をジリジリと焼き尽くす中、遠くに見える陽炎に自ら身を投げ出すように走る。
電車の中に入っても体は冷めず、ゆでダコ状態で今、君の前に立つ。
「そんなに俺と会うの楽しみだった?」
「その言い方はずるくないか?」
君は声を出して笑う、その姿さえも爽やかだった。
「否定しないんだ」
「……まぁ」
嘘は通じなさそうだし、実際そうだから。
正直に答えた恥ずかしさに下を向く。
そのとき、スラックスのポケットから飛び出るケーブルが目に入った。
「なに、聞いてんの」
「え?」
「それ」
それを指差す。
「あぁ、ボーカロイド」
「えっ!まじで!」
まさかの同じ趣味に思わず前のめりになる身体。
気づいたときには鼻がくっつきそうなほど顔が近づいていた。
「あ、ごめん」
「全然」
どこが嬉しそうな顔をする君に高まる心臓の鼓動。
願っていたことが叶ったとき、人はこんなにも胸が高鳴るものなんだろうか。
「好きなんだな、ほんとに」
「うん、好きだよ。なんで?」
「いつも、ちょっと体揺らしてたり、口パクで歌ってたりしてたから」
「知ってたんだ、俺の癖」
「そりゃ……、毎日見てましたから」
「その言い方ずるいね」
恥ずかしがる俺と、余裕のある態度で笑う君。
そんな対照的な二人。
「ねぇ、チュウミズム今からやりに行かない?」
「のった。俺、勝てる自信ある」
「じゃあ、その腕のほど見せてもらいますか」
『まもなく電車が参ります……』
電車が到着したときに吹く列車風に髪の毛が大きく揺れる。
体が持っていかれそうなその風はなにかの訪れてを運んできたかのように、俺の心の中になにかを置いて去っていった。
電車に乗り込み、普段は座らない椅子に二人で腰を下ろす。
「俺、隼田颯(はやた そう)」
「俺、山岸蒼空(やまぎし そら)」
電車の発車する合図と同時にゆっくりと電車が動き出す。
「最近、朝、いなかったよな」
「あぁ、テスト期間でいつもより朝遅かったんだ」
「……そっか」
前髪で顔を隠す。
すると、その整える手を颯は掴んで俺の前髪をあげる。
「その顔。俺がいなくて寂しかった?」
「……っ」
「毎日見てるって言ったでしょ。舐めないでもらっていいかな」
脳が、顔が、心が、全身が熱くなる。
まだ素直になれなくて、抗おうとする思春期の俺の心中。
まだまだ子供で未熟な俺と成熟した大人の余裕を醸し出す颯。
まだまだ対照的な二人。
だけど今、二人はここで交差する。
電車に揺られながら笑い合う。
これからもっと知っていけたら。
「改めてよろしく、蒼空」
「よろしく、颯」
二人は今、同じ方向を向いて進んでいる。

