地球の果ての島の物語(白兎事件編)

 地球の島国、日本から少し離れた正円形の島。
 現世から隔絶されたその島は、一風変わった者たちが住んでいる。
 
 背中から翼の生えた者。
 異形の形をとった者。
 肌の色が色彩豊かな者。
 魔法が使える者。
 様々なスキルを持つ者。
 そして、何の能力も持たない人間。

 人と人外が共存する島。地球上、地球外、異世界、異星人、何でも混在しているとても賑やかな島だ。
 この島は、島の中央に位置する警察庁によって管理されている。異星人、異界人同士の衝突を防いだり、島の住民の安全管理や、ごく稀に島へ迷い込んで来た者を帰したり、永住を希望するなら住むところを与える役割を担っている。
 警察庁から指示を受けて運営されているのは、病院や学校などの教育機関だ。
 それぞれ連携しながら島を運営している。トラブルも多いが、まぁトラブルだらけだが、それはまたそれぞれの人生のお話。


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(夏椎)
 
「志賀夏椎です。よろしくお願いします」

 白髪の老婆先生に促されて、おれは黒板の前で頭を下げる。
 教壇から見るクラスメイトは色彩豊かで、アメリカで見る光景とはまた一風違っていた。今日から俺もこのクラスの一員として、学校に通うことになる。
 中学3年生と手書きで書かれた表示札、何かの案内なのか壁にプリントやポスターがそこかしこに貼られてある賑やかな教室の中で、はーい!と翔真がぴんと手を伸ばした。

「夏椎!よろしくね!」

 朝も一緒にいたんだけどなぁ。

 ここからでもよく見えるくらい尻尾を左右に揺らす翔真を見て、俺はつい微笑んだ。隣の老婆先生がこほんと咳払いをする。

「志賀くんや、わたしゃ西田だ。中途半端な時期の転校生だが、みんな仲良くしておやり」
 
 西田先生、は俺の顔を見て、にやりと意地悪そうに口角を上げた。

「人間の匂いがするけど、食べられんように。じゃあ志賀くん、席に戻りんさい」

 物騒な挨拶をする。

 俺は何とも言えずこくりと頷くと、自分の席に戻った。与えられた席は1番後ろの席で、翔真が前に座っている。

「夏椎、頑張ったね!」

 翔真が振り返ってニコニコ笑う。その姿を見て、西田先生は大げさにため息をついた。

「翔真、前を向きんさい」
「えー、だって夏椎がここにいるのに」
「席反対にしたら?」

 誰かが隣から声をかけてきた。翔真と同じような犬耳を持った、大柄な少年だ。

「それもそう!」

 翔真はガタンと音を立てて立ち上がった。いそいそと机を俺の後ろへ移動する。必然的に俺も前へ動かざるをえなくて、机を前へ動かすと西田先生は呆れ顔で腕を組んだ。

「全く、翔真は困った子だねぇ」
「えへへ」

 呆れたように言われても翔真は悪びれた様子がない。朝から嬉しそうにしてくれていたから、俺からも翔真には何も言えなかった。

「えー、これでクラスは13人だね。13という数字は忌み数とも呼ばれているがねぇ。お前達、きちんと毎日学校に来るんだよ」
「はーい」

 翔真が後ろの席から元気よく返事をした。
 元気な翔真に教室中がほっこりする。さすが癒しのポメラニアン。それは西田先生も同じようで、にやけ顔を誤魔化すようにゴホンと咳払いをした。

「じゃあ、各々自己紹介でもしてなさい。わたしゃ次の授業の用意でもしてくるよ」
「西田先生、自習ってこと?」
「まぁそういうことさね」

 いえーい!と教室がどっと沸いた。俺は呆気に取られてしまう。
 西田先生は何も言わず教室から出て行った。すぐにクラスメイト達がガタガタと席を動かしてテーブルで円の形を作る。
 クラスメイトに習って、俺もガタガタと鳴る勉強机を動かした。

「夏椎はおれの隣!」

 翔真に促されて、翔真の隣へ机を設置する。その隣に当たり前のように晃がやって来た。晃は前の方だったはずなんだけど、いつの間に。
 そうして、クラスメイト達は教室の中でぐるりと円を作った。
 なんの儀式だろうか。一体何が始まるのか。ソワソワしていると、クラスメイトの一人、熊のような⋯⋯と言うか、熊そのものにしか見えないひとが口火を切った。

「この学年に転校生が来るのは初めてだな」

 熊の外見に沿った、重く低い声が聞こえる。右目に深い傷がある熊のひとは、体格もとても大きい。厳つい顔立ちは獣そのもので、学ランの下は黒い体毛で覆われている。

「夏椎は元々この島に住んでたんだよ!」
「そうか」

 翔真は強面のクラスメイトにも物怖じしないな。同級生だから当然と言えば当然だけど。
 次に、水色のおかっぱ頭のクラスメイトが口を開いた。

「翔真とその子は幼なじみってこと?」
「ううん、飼い主」

 ザワッ。

 クラスメイトがどよめいた。確かに人間バージョンで飼い主と言われると色々語弊が生じる。
 
「犬、犬の!犬の翔真の元飼い主です!」
「元⋯⋯?」

 翔真がショックを受けている。三角の耳が下がって泣きそうになっている翔真を見て、俺は慌てて付け足した。

「元だろ!今は友達!」
「友達⋯⋯!」

 ぱあっと翔真の表情が明るくなった。
 体当たりするように飛びつかれて、椅子ごとひっくり返る。痛い。結構な音がしたから耳も痛い。

「翔真」
「ごめん!でも嬉しい!」

 晃が咎めるような声で呼んでも、翔真の尻尾は止まらない。ちぎれてしまいそうだ。
 俺は諦めて翔真の頭を撫でた。喜びを全身で表現するのは翔真の良いところだ。えへへと翔真ははにかんだ。

「そうか、見つかったのか⋯⋯」
「良かったねぇ、翔ちゃん、晃くん⋯⋯」

 見えないけれど、クラスメイトの何人かのすすり泣く声が聴こえる。
 翔真をまだくっつけたままの俺を、晃が腕を掴んで起こしてくれた。ぼんと煙の音がして翔真がポメラニアンに変わる。
 やっぱりどう見たって可愛い。笑ったようなキュートなお口、どこが尻尾か分からないくらいモフモフのポメラニアンをちょこんと膝に乗せて俺は席に戻った。

「夏椎、ちょっと前に戻って来たばっかりだからあんまりびっくりさせないでね!」

 翔真が言うと、うんうんとクラスメイトは頷く。
 
「まだこの島に不慣れな事も多いだろう。困ったことがあればいつでも聞いてくれ」

 熊さん、すごくいい人だ。

「美味しいご飯屋さんなら俺に任せて!」

 大きな犬耳の人もすごくいい人だ。

「距離感考えなさいよ。あんたらいっつも距離感近いんだから」

 呆れがちに水色おかっぱ頭の人が言った。
 熊さんと大型犬さんはわははと笑っている。

 ―――いや、このクラスいい人ばっかか!?

 俺は呆然としていた。なんか想像していた学校生活と違う。襲ってくる人外をちぎっては投げちぎっては投げの学校生活を覚悟していたのに。
 こんな和やかな雰囲気のクラスだとは思わなかった。ぽかんとしたままの俺を置いて、クラスメイトは話を進めていく。

「とりあえず、自己紹介しませんこと?」

 長い耳の綺麗な人が小さく手を挙げた。あの長い耳はファンタジー映画で見たことがある。エルフという種族だ。
 熊さんと大型犬さんはおぉ、と手を打つ。さすが獣。大きな音がした。

「じゃあ志賀くんから時計回りに行こうか」

 熊さんに言われて、俺は少し慌てた。自己紹介、さっきもしたけど今度は名前だけってわけにはいかないよな。

「あ、えっと⋯⋯志賀夏椎です。小さい頃この島に住んでて、ついこの間までアメリカ暮らしでした」
「アメリカ!」

 エルフさんが声を上げた。

「ステーキ、1ポンドのステーキ⋯⋯!」
「アイツは放っておいていい。じゃあ次、翔真」
「はぁい!翔真です!夏椎の友達です!」

 よだれを垂らしてはぁはぁと息の荒いエルフさんをスルーして、熊さんは進行を進める。
 ポメラニアン翔真が俺の膝からぴょこんと跳ねた。一気にクラスメイトの雰囲気が和む。
 続いて、翔真の隣に座っていた水色おかっぱ頭のクラスメイトが穏やかな表情のまま立ち上がった。

「私は(じょう)雪絵よ。雪女の末裔。一族の血を絶やさないため婚活中よ」

 なんかさらりととんでもない事を言い出した。

「好みは年上の長身男性。年収1000万以上、婿養子希望よ」

 大真面目な顔で雪絵さんはつらつらと述べている。
 クラスメイトはいつものが始まった⋯⋯と呆れ顔だ。まだ止まらない雪絵さんの婚活への熱さを遮って、隣のクラスメイトがはぁいと手を上げる。

江福(えふく)さくらです。桜の妖精です。春になるとしばらくお休みして日本に移住します」

 さくらさんは雪絵さんを座らせながら、柔らかな笑顔を見せる。
 ふわふわの長い桃色髪に、頭には赤く染まった葉っぱの髪飾りを付けている。瞳は薄緑色。実物は見たことはないけど、前に父さんが見せてくれた桜の木の雰囲気によく似ていた。
 
「もう、何で邪魔するのよ」
「雪絵ちゃんのお話長いんだもん」

 雪と桜。対になる季節の2人でも、仲はいいらしい。
 しばらくこそこそ言い合いしていたふたりは、やがて同時にふふっと笑いあった。

「じゃあ次は俺!神宮寺(じんぐうじ)真生(まお)です!翔真と似てるけど俺は生粋の獣人だよ。『ラピート』って言う星から勉強に来てまーす」

 にかっと真生さんは爽やかに笑った。
 同じ犬でも翔真と全くタイプが違う。体躯も大きくてまさしく大型犬といった風貌だ。

「神宮寺くんも犬になるの?」

 どうしても気になってしまって、俺は手を挙げて尋ねた。動物好きとしてそこは聞いておきたい。
 真生さんはふふっと含み笑いをすると、煙も立てずにゴールデン・レトリーバーのような姿へ変化した。
 確かに、地球上の犬とはどこか違う。毛はもふもふしているのに脚が太い。戦闘向きの⋯⋯うん、可愛いわんちゃんだった。
 ダメだやっぱり見た目が暴力的に可愛い。

「俺のことは真生でいいよ!」
「ありがとう⋯⋯」

 大きいもふもふと小さいもふもふ。
 このクラスはまるで天国のようだ。俺は内心幸せを噛み締める。

「あの、僕、いいでしょうか⋯⋯」

 今度は、真生さんの隣のクラスメイトが遠慮がちに手を上げた。
 黒い髪をした、見た目は完全に人間に見えるひとだ。太い番傘を大事そうに持っており、前髪が長くて顔がよく見えない。

「僕、妖怪と人のハーフの、稲岡一心(いっしん)です⋯⋯」
「妖怪?」

 俺は首を傾げた。アメリカ育ちの長い俺にはイマイチピンとこない。
 目を見張る俺を見上げて、ポメラニアン翔真が短いもふもふの前脚をぽすっと手に乗せてきた。肉球が柔らかくて心臓がぎゅっと鷲掴まれる。

「妖怪って言うのはね、日本に昔から住んでるおばけとか妖精みたいなものだよ!人を化かしたり食べたりするの!」
「食べ⋯⋯!?」
 
「「食べないよ!」」

 向こう側に座る水色の髪のクラスメイトと、白髪のクラスメイトが慌てて否定した。

「このクラスは中高合わせてトップレベルに平和な学年だから!」
「そうだよ!西田先生も冗談で言ってただけだから!」
「慌てて否定する方が怪しいんじゃねーの?」

 あわあわと立ち上がって弁明し始める2人を見て、頭に猫耳を生やした紺色の髪のクラスメイトが眼鏡の奥の瞳をニヤニヤと細める。
 細身の身体の向こうに見える猫の尻尾が二股に分かれている。俺と同じで学ランに着られている姿見に、俺は少し親近感を覚えた。

「あ、ちなみにオレも妖怪。猫又の猫塚(あずさ)。で、隣のうるさいのが寒田(かんだ)吹雪(ふぶき)(あずま)(きみ)

 梓さんは左右に親指を指して他者紹介をした。
 俺側の水色の髪のひとが吹雪さん、向こう側の白髪のひとが公さん。
 2人とも唇を尖らせて梓さんに詰め寄る。

「自分で自己紹介したかったのに」
「梓はいつもいいとこ取ってっちゃうんだから」
「ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるお前らが悪い」

「あの3人は幼なじみなんだよ」

 言い合いを始める3人組を眺めていると、ポメラニアン翔真がこちらを見上げて教えてくれた。

「おれたちと一緒だね!」

 可愛い。
 本当に犬の姿の翔真はとても可愛い。俺はぎゅっと抱きしめた。もふっとした。

「まぁまぁ、お前ら喧嘩するな。そして座れ」

 熊さんはどうやらクラスのリーダー的存在らしい。彼がそう言うと3人ともしぶしぶ席に着いた。

「俺はグルー。熊の姿をしているがれっきとした悪魔族だ」

 悪魔。―――初めて見た。

 それにしては何だか⋯悪魔らしくないような⋯⋯。

 と言うか⋯熊そのものなんだけど⋯⋯。

「グルーは性格良すぎて人に悪いことできないから修行に出されたんだって」
「人様に迷惑かけるような生き方してりゃあお天道様に顔向けできないからな」

 翔真が言うと、グルーさんは大きな腕を組んでうんうんと頷いた。
 お天道様に向いていいのか、悪魔が。とは俺は言わなかった。この島の住人は総じて変な人が多い。お天道様が好きな仁義に溢れた悪魔がいても不思議ではない。

「ほら次、相良(あいら)
「⋯⋯相良えおの」

 薄緑色のふわふわした髪を持つ、柔らかな雰囲気のクラスメイトはぺこりと頭を下げた。
 手には袋に入ったクッキーの袋を持っている。そう言えばずっと食べてたな、この人。俺より随分小さく見えるのにひたすら口を動かすえおのさんは、「はい」とグルーさんにクッキーを手渡した。

「他者紹介よろしく」
「自分で言えばいいのに⋯⋯」

 グルーさんが咎めても、えおのさんはクッキーを差し出した手を引っ込めない。
 グルーさんはクッキーを受け取って、諦めたように肩を落とした。

「コイツは相良えおの。天使族だ」
「天使⋯と、悪魔?って仲良いの?」
「地上の誤解だが、天使と悪魔は基本的には対立はしていない。役割が違うからな。ただ、悪魔の中にやり過ぎる奴がいるのは事実で、そういう奴は天使に裁かれたりする時もある」

 凄みのある顔で言われてもあまり説得力はないとはいえ、2人の様子を見る限り確かに敵対はしていなさそうだ。

「さ、お次にわたくし。エフィネ・タラートですわ」

 最初にどこかへ飛んでいた銀髪のエルフさんが、自分の胸に手を当ててぺこりと頭を下げた。

「わたくしは別の世界線から来ましたの。こちらではエルフと言うのでしょう?日本のマンガで読みましたわ」

 ニコニコしながらエフィネさんはゆっくりと俺ににじり寄ってくる。
 翔真も晃も止めない。止めないということは危険はないと言うことだ。でも、ちょっと怖い。

「志賀くんと言いましたわね。アメリカの話を詳しく聞かせていただきたいですわぁ」

 怖い。何が怖いって、涎が!涎がすごい!

「エフィネ」

 いつの間にか立ち上がっていたグルーさんが、エフィネさんの首根っこを掴んだ。

「悪いな。コイツは無類の肉好きエルフなんだ」
「⋯⋯肉」
「肉好きすぎて里から追放されたらしい。うちのクラスは変なやつばかりなんだよ⋯」
「仁義の熊さんが何か言ってる」
 
 真生さんが茶々を入れるのを眺めながら、俺は何も言えず固まっていた。確かに、変なやつばかりと言う事は分かった。でも、恐らく自分もその変なやつの中に入ってしまう。
 聖の生き物、闇の生き物、全ての種類をあい混ぜにして詰められた人間の器が俺の肉体だ。
 そう、香流さんがかいつまんで教えてくれた。知っておいた方がいいと。能力の使い方もこれから学んでいくべきだと言っていたことを、俺がここで話すことは躊躇われた。
 天使、悪魔―――ふたつの種族は、聖のものと闇のもの筆頭の種族だ。
 同じではないけれど、同じ血が混ざっているかも知れない。そんな曖昧な事を言って困らせたくはなかった。
 困らせたくはないくらいには、いい人達に見えるから。

「最後は晃か」
「自己紹介なんかしなくても俺と夏椎は心で繋がっている。必要ない」
「大真面目に何言ってんの」

 唸っているポメラニアンも可愛い。俺は宥めるように顎の下をなでなでした。
 
「とりあえず自己紹介は終わったな?」

 グルーさんは腕を組んでクラス中を見渡した。クラスメイトは顔を見合せて頷き合う。
 そして、にっと笑って俺の方を見た。

「これで志賀くんも中3部の一員だな!」

 グルーがさん言って、クラスメイトが拍手をする。
 翔真まで短い前足をふにふに合わせていた。可愛い。隣を見ると晃が苦笑混じりに俺を見ていた。

「こういうノリなんだ、このクラスは」
「そうそう!どうせ高3まで一緒なんだから色んなこと楽しもうぜ!」
「重い」

 いつの間にかやって来た公さんが、晃の肩を抱いて笑いかけている。晃は鬱陶しそうだけど、邪険に扱うようなことはしない。
 晃が、他のひとと普通に話しているのがすごく、すごく不思議だ。
 いや、そりゃ10年も離れていたんだから。あの時は俺しか友達がいなかった晃が、俺が置いていった晃が、俺以外の友達がいたって何ら不思議はないわけで。
 隠れるように、目立たないように、ぼっち生活だった俺は、父さんのためにと勝手にしていた事であって。

 ―――でも。

「夏椎?」

 ポメラニアン翔真がきょとんと見上げてくる。
 俺は小さく「なんでもない」と零して、癒しを求めるようにぎゅっと柔らかな子犬を抱きしめた。